源氏物語

源氏物語たより498

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    明石君に定まるまで   源氏物語たより498

  須磨に流れて来てからの光源氏の周辺には、一人の女の影もない。もちろん京に残してきた女性方との消息のやり取りなどはあるのだが、少なくとも須磨では源氏と関係を持つような女は皆無なのである。それどころか、何を話しているのかさっぱり分からないようなしゃべり方をして「さへづる」海士ばかりが、いるだけである。
  したがって、彼がすることと言えば、
  『釈迦牟尼仏の弟子と名のりて、ゆるるかに読み給へる』
くらいしかない。源氏が、経をゆっくり読みながら、涙をかき払っている手に黒い数珠が麗しく映えている。それが、故郷(京)に残してきた女を恋しく思っている供人たちの慰めになるに過ぎない。
  それ以外には、好きな絵を書きすさぶか、あるいは、たまに琴(きん)を取り出して弾きすさぶかくらいのもので、まさに禁欲生活そのものであった。こうして、華やかな色恋ごとに明かし暮らしていたかの源氏とは思えない奇跡の一年が過ぎて行く。

  翌年の三月朔日の巳の日に、浜に出て禊をしていると、猛烈な嵐がやって来た。その後、十余日にわたって、激しい雨、風に悩まされ続け、ついに建物に雷さえ落ちてきて、廊が焼けてしまう。怒涛の高波は陸地を飲み込むが如くである。
  困じ果てた源氏は、このあたりの守り神である住吉神社の神に祈るしかなかった。その神の導きと故桐壷院の
  『住吉の神の導き給ふままに、はや舟出して、この浦を去りね』
と言う夢のお告げに従って、逃げるように須磨を去り、明石に渡って行く。

  明石でも、源氏の謹慎・勤行の生活は続く。
  ところが、ここまで案内してきた明石入道が、源氏の心を騒がせ始めたのだ。と言うのは、入道には一人娘があって、この娘を「何とか京の貴公子にたてまつらん」と言う確固たる思いを以前から持っていたからである。
  彼は、源氏が須磨に流れてきているのを知って、千載一遇のチャンスと考えていた。入道がその妻に語る所を聞いてみよう。
『桐壷の更衣の御腹の、源氏の光君こそ、おほやけ(朝廷)の御かしこまり(咎め)にて、須磨の浦にものし給ふなれ。吾子の御宿世にて、覚えぬことのあるなり。いかで、かかるついでに、この君にたてまつらん』
  娘を源氏と一緒にするのは宿命であると頑なに信じているのだから、彼がいきり立つのも無理はない。しかし、いくらなんでも源氏に向かってあからさまに「娘の婿に・・」とは言い出せない。そこで、源氏の傍らに来ては、
  「娘をなんとか幸せにさせてあげたいもの」
と搦め手から、意中を憂え嘆き続けるのである。もちろん「源氏に娘をもらってもらえないか」とほのめかしているのである。源氏も、入道の嘆きを耳にしながら、この娘とは
  『さるべき契りあるにや』
と思わぬではないが、一方ではこうも自制する。
  『かう身を沈めたるほどは、行ひより他のことは思はじ。都の人もただなるよりは、言いしに違ふと思さんも心恥づかしう思さるれば』
娘に興味があるなどという様子は一切表に出さない。「行ひより他のことは思はじ」とは、仏道修行以外のことには心を煩わさないということである。配流の地で結婚などと言うことになれば、「言うこととやっていることに、整合性がないではないか」との非難を浴びること、必至である。そこで、須磨での勤行一筋を明石でも続けようというのである。これは光源氏とすればまことに奇特なことで、かつての彼を考えれば、信じられない行動である。
  おそらく「京に戻る」ことを最優先させたものであろう。何しろ弘徽殿大后は、源氏の一挙手一投足を監視していて、一点でも瑕疵(かし)あらばと鵜の目鷹の目で狙っている。人に非難されるようなことは是非にも避けなければならない立場に置かれているのだ。それに紫上の目もある。須磨に流れて来るにあたって「あなたとは永久に・・」と深く契って別れてきているのだ。
  それにしても、女を断ってから既に一年余に及ぶ。果してあの源氏がこの意志を貫き通せるものであろうか。

  四月になった。入道は、源氏の衣更えのための装束や御帳(寝台)の帷子(かたびら カーテン)まで、趣豊かに仕立てて、あれこれ面倒みを始める。
  淡路島がくっきりと見えるほど隈なく月の照る夜、源氏はしばらく手も触れなかった琴(きん)を袋から取り出し、「広陵」と言う曲をありったけの精を出して弾き始める。その音は岡辺に住む娘の家まで響いて行く。
  (雰囲気が怪しくなった。どうやら源氏の心が騒ぎ始めてしまったようである)
  源氏の名演奏に、感に堪えなくなった入道は、岡辺の家まで琵琶と筝の琴を取りにやる。ここから二人の合奏が始まる。とともに、入道の娘自慢も始まった。彼の自慢の中心は、娘の琵琶(と筝の琴)の腕前に関してである。
  『(娘の琵琶の腕は)をさをさ滞ることなう、なつかしき手などすじ殊になむ。・・荒き浪の声に(琵琶の音が)交じるは、悲しくも思う給へられながら、かきつむるもの嘆かしさ(が)、まぎるる折り折りも侍り』
  娘の琵琶を聞けば、積もりに積もった憂さ・悲しさが紛れてしまうというのである。ここまで言われれば、源氏としても動かざるを得ない。それに入道は、
  「ことがうまく運ばないようならば、波の中に混じって死んでしまえ」
とまで娘に言っていると言うのである。源氏はついに折れた。
  『(娘の琵琶は)いと興ありけることかな。いかでかは聞くべき』
  ついに光源氏の本性が戻ってきた。

  次の日、源氏は、「高麗の胡桃色の紙」を使って、これ以上はないというほどに念を入れた手紙を娘に贈る。

  配流同然の身の者が、現地の娘と恋愛沙汰などを起こせば、世間は許すはずはないのだが、この話は源氏自身が進んで決めたことではない。やむにやまれぬ事情がこういう結果を招いたのである。ひょっとすると「波に混じって」死んでしまうかもしれなかった娘を助けたのである。源氏の行為は、立派な慈善行為なのであって、これをもって正々堂々、誰に恥じることもなく、京の方を向くことができる。

  源氏は今でこそ臣籍に落ち、配流同然の身であるとはいえ、まぎれもない天皇の子なのである。それが、元受領の、今では一介の地方の豪族でしかない入道の娘と結婚するなどはありえないことなのである。しかし、明石君に決まって行く流れに滞りと言うものは見られない。
  作者は、誰にも「そんなありえないことが・・」と非難されることのないよう、そつなく事を運んできた。


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