源氏物語

源氏物語たより500

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     明石君の心境を映す二つの引歌  源氏物語たより500

  この秋、明石君は大井に移った。直接源氏の邸・二条院に行かなかったことにはいろいろの理由がある。それは
  光源氏とのあまりの身分差
  やんごとなき女性があまたいる中に交じることへの自信のなさ
  田舎の育ちの者が賑やかな町中に入って行っても臆するばかりという不安
  身分が知れてしまうことで、姫君の恥さらしになるかもしれないという恐れ
などである。そんな悩みを抱えながら、源氏の偶(たま)のお出でを待つ身のまま、冬になってしまった。明石君は、
  『冬になりゆくままに、河づらの住まひ、いとど心細さまさりて、うはの空なる心地のみしつゝ明かし暮らす』
生活を続けていた。源氏からは、
  「大井などという寂し処ではとても過ごすことはできまい。二条院の近くでもいいから移ってきなさい」
と促されてはいるのだが、なかなかその気になれない。
  町中に移って行っても、結局、源氏の「つらきところ(を)多く」経験することになるであろうし、「いかに言ひてか」などと言われるように、最後は声を出して泣く結果を招くのではなかろうか、そうなれば源氏に対する自分の情愛さえも薄れて行ってしまうのではなかろうか、などと煩悶はつきない。

  ここには、明石君の心境を表す二つの古歌が引かれている。
  一つは、「つらきところ多く」で、これは後撰和歌集の次の歌から引いたものである。
  『宿変へて待つにも見えずなりぬれば つらきところの多くもあるかな』
  意味は、「男が「ここの住まいはどうも好ましくない」と言うものだから、住まいを変えてみたのだけれども、結局いくら待っても男はやって来ない。宿を変えたがために、かえって男に辛い思いをさせられることが多くなってしまった」ということで、男の夜枯れを恨む歌である。
   二つ目は「いかに言ひてか」で、これは拾遺和歌集から引いたものである。
   『怨みての後さへ人のつらからば いかに言ひてか音をも泣かまし』
  「どんなに怨み言を言ってみても、なお、あの人が冷淡なままでいたのならば、それから後は、どういう泣き声を上げて泣いたらいいのでしょう。もう手段も何も尽きてしまいます」という意味である。

  それでは、今の明石君の心境はどうだろうか、ここでもう一度整理しておこう。 
  二条院に移りなさいと言われても、そこにはやんごとなき女性が大勢いらっしゃる。そんなところに移って行っても、源氏さまはそれらの女性に遠慮して、田舎生まれの田舎育ちである私の所へなどはまず通って来てはくれず、夜枯れの哀しみをなめさせられるだけだろう。大井のこの二カ月間を振り返ってみても、源氏さまは「嵯峨の御堂参り」を口実にして、ほんの稀に来てくださるだけ。だからあちらに移ったとしても、そういう処遇は少しも変わらないのではないだろうか。
  近くに行っても辛い思いをするようでは、私の屈辱は深くなるばかり。そんな状態では、源氏さまへの情愛だってついには薄れてしまうかもしれない・・、
  しかしこんな愚痴や怨み言をいくら言ってみても状況は少しも変わりはしない。そうなれば、もう声を出して泣くしかないだろう。

  紫式部の古歌の活用は、たぐいないものであることは今まで何度も述べてきているが、これもまさにその例で、明石君の心境を見事に表している。まるで古歌を下敷きにして物語を構想したのでは、と思われるほどで、はたしてどちらが卵で、どちらが鶏か。

  しかし、疑問に思うのは、ここに二つも古歌を引く必要があったのだろうかということである。というのは、二つの歌の主旨はほとんど同じなのではなか。それにいずれも愛情の薄れてしまった(あるいは薄れてしまうかもしれない)男に対しての怨みつらみを訴えているものである。ところが源氏の、明石君に対する愛情は薄れているどころかまだまだ深いものがあるのだ。
  確かに源氏には愛する女は多い。特に、正妻格の紫上に対する愛情は特別なものがある。紫上も、源氏が大井に初めてわたって行った時には、
  『斧の柄さへ、あらため給はんほどや。待ち遠に』
と皮肉っているのだ。「大井に行ったら、どうせ斧の柄が腐ってしまうほど長くいられるのでしょ。なかなか帰ってこられないのでは、何とも待ち遠しいことですわ」と嫉妬するのである。つまりそれほどに二人の仲は睦まじい。
  それに源氏のあの色好みもある。だから今後どうなるかは分からない。
  でも、明石君には「明石姫君」という決定的な人質がいるのだ。だから源氏の愛が一気に衰えていくとはとても考えられない。したがってここは「宿変えて」の歌だけで十分だったはずである。

  この後、その大切な「人質」は源氏に取り上げられて、紫上に預けられてしまう。そして何年もの間、実の娘に会えないという悲哀を味わうことになる。彼女が「音をあげて」泣いたのは、源氏の愛の薄れではなく、このことであった。事実、この後、源氏の明石君に対する愛が衰えるということはなかった。それは彼女の人柄が優れていたことにもよるが、なにしろ後の皇后の実の母なのである。源氏が大切に扱わないはずはないのである。
  明石君の心情をいくら適切に表している引歌であると言っても、二つ目の歌は余分である。彼女の杞憂を大仰に描写しすぎてしまった。
  源氏物語には、時に引歌過剰で、煩雑になることがないでもない。


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