源氏物語

源氏物語たより508

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     再々再度『夕顔』の巻を質す  源氏物語たより508

  『夕顔』は、確かに問題を含んでいる巻には違いないが、それにしても読むたびに国文学者は何をしているのだろうかという印象を深くするばかりである。彼らの分析、解釈が甘いのではないか、その意味で怠慢なのではなかろうかという思いさえ拭うことができなくなる。この問題についは既に何度も述べていることなのだが、巻の最後の所にきて、一層その思いは膨らむ。そのすべては、
  『心あてにそれかとぞ見る 白露の光そへたる夕顔の花』
の解釈の間違いからきており、みなそれに引きずられてしまった結果である。

  光源氏は、六条御息所の所に忍びに行く途中、乳母(惟光の母)の病気を見舞おうと、五条の惟光の邸を訪れる。しかし門に鍵がかかっていたために、しばし五条の大路で車を止める。その間に車の中から、ある家の切懸けだつ塀に咲く白い花に興味を持ち
  『をちかた人にもの申す』
と独り言を言う。これに対して、その家の女主が応えてきたのが、先の「心あてに」の歌である。ところがすべての国文学者が、源氏が独り言を言った「をちかた人に」を無視してしまっているのだ。そのために
  「女から男に歌を詠み掛けるはずはない。したがってこの夕顔という女は、娼婦である」
というようなあるまじき考えまで出てきてしまうのだ。あくまで、これは源氏の独り言に対して応じたものなのである。大路の「独り言」が屋敷の中まで聞えるはずはない、という疑問は残るが、ここで作者は「ひとりごち給ふ」と言っていて「つぶやいている」のではない。源氏の声の良さについてはすでに述べた通りである。

  そして、この歌の「それ」をほとんどの人が「光源氏」と解釈しているのである。例えば山岸徳平(岩波書店)の解釈を上げてみよう。
  「当て推量で、源氏の君かとどうも、私は見ます、白露が光沢を添えて居る夕顔の花の如き、夕方の顔の美しい方を」
他の学者もみな同じである。中には源氏と特定せず曖昧にしたままの人もいるが、いずれにしても、この解釈がいかに間違ったものであるか、そもそも夕方の薄明かりの大路の車の中にいる男を「光源氏」と分かるわけがないではないか。
  この最初の解釈のために、多くの学者が、最後の最後まで矛盾、誤解を引きずったままで通してしまったのだ。驚くべきことである。

 夕顔の死後、その女房の一人である右近(夕顔の乳母子)を、源氏は二条院に引き取り世話をするようになる。ある秋の夕暮れ、右近を呼んで、二人は夕顔についてしみじみと語り合う。この時初めて夕顔の人となりを聞き出す。夕顔は「下の品」の女ではなかった。父は三位中将であった。「三位中将」と言えば公卿で、立派な家柄である。その親も亡くなってしまった後、一時期、頭中将が通っていたのだが、頭中将の親・右大臣の圧迫にあって、別れざるを得なくなった。その後、乳母たちと西の京にこっそり隠れるように住んでいたのだが、たまたま方違えをしなければならない事情ができて、五条の例の「ほどもない」屋敷に移っていたのだと言う。そこに源氏が通い始めたというわけである。

  その五条の家では、突然、男(源氏)に連れられたまま姿を消してしまった夕顔を大騒ぎして探し回ったが、探し出すことができなかった。女房たちは男の気配から
  『さばかりにや』
とささめきあう。さてこの「さばかりにや」が問題である。すべての学者が
  「源氏の君くらいではなかろうか」(小学館)
と訳しているのだが、どこから「源氏」と言う見解が出て来るのだろうか。どこにも源氏とは書かれていないのに。これもすべて、最初の「心あてに」の歌の解釈の過ちからきているのだ。
  「さばかり」は、「(あの男の様子からすると)それなり立派な身分の者」と訳すのが順当だし、それで十分通じる。
  そういえば、かつて夕顔が誰とも分からない男(源氏)と閨を共にした時に
  『人の御けはひ、はた、手さぐりにもしるきわざなりければ』
と言っていたことがあった。もし源氏と分かっているのなら絶対出てこない言葉である。また、女房たちも、夕顔失跡の後、男が誰ともわからないから、探しようがなかったのだ。源氏と分かっているのなら、まずは源氏の邸に行くはずだ。しかしその形跡は文
章には一言もない。分かっていない証拠である。
  それに、行方の分からなくなった夕顔について、女房たちはこんな噂もしているのだ。
  『もし(や)、受領の子どもの、すきずきしきが、頭の君(頭中将)におぢ聞こえて、やがて(任国に)ゐて下りたるにや』
  「頭の君におぢ」とは、右大臣の圧迫がまたありはしないか、それに怖じて、ということを言っている。それにしても、「光源氏」ともあろう者が「受領の子」レベルに格下げされてしまった。源氏と分かっている者がこんな噂をするはずがないし、これでは平安時代の源氏物語愛読者が怒り出す。

  学者は、こんな単純な過ちにどうして気が付かないのだろうか、不思議でならない。しかも自分の過ちを棚に上げて、玉上琢哉(角川書房)などは、夕顔の巻には
  「矛盾がある、無理がある、作者の記憶違いがある、失策がある、作者の不注意、作者が(矛盾に目を覆って)結末を急いでいる、(読者の非難の)波の広がらないように」
など、独断と偏見と曲解に充ちた意見を付け加えているのだから呆れる。
 
  後に、夕顔の乳母たちは、彼女の遺児(頭中将の子 玉鬘)を九州まで連れて行かざるを得なくなる。そして、土地の豪族から無理・難題を言いかけられ、九州からからがら上京するのだが、その時には、命を懸けるほどの苦難をしている。つまり彼女らは主人に対して絶対なのである。同じように失跡した主人・夕顔を、命を懸けて探し回ったに違いないのである。
 
 後世にこんな解釈をされたのでは、「ものづゝみを世になく」する夕顔は、穴にでも入りたい気分でいることだろうし、神経質なほど読者の反応を気にし、細心の注意をもって物語を構成しようとした紫式部だって、あの世で歯ぎしりをしていることであろう。
 
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