スポンサー広告

スポンサーサイト

 ←源氏物語たより508 →源氏物語たより510
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 郷愁
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏物語
  • 【源氏物語たより508】へ
  • 【源氏物語たより510】へ
  • TB(-)|
  • CO(-) 
  • Edit
 

源氏物語

源氏物語たより509

 ←源氏物語たより508 →源氏物語たより510
    光源氏 ばればれの嘘    源氏物語たより509

  今更言うまでもないことだが、光源氏の言葉の巧みさは類ないもので、甘言、多言、巧言、妄言、虚言を操っては、人をその気にさせてしまうし、女を靡かせる時の「やはらかな」話しぶりは「鬼神も荒立ちそうにもない」ほどなのだから。
  ところが、今回ばかりは彼の言葉の威力が発揮されることはなかった。何しろ相手が悪かった。

  源氏は、おおらかで子供っぽく、それでいてどこか雅な感じがする夕顔をこよなく愛するようになり、朝逢ったばかりだというのに、昼になるともう会わずにはいられないというほど燃え上がってしまう。
  しかし夕顔の屋敷が、ほどもないくらい狭く、隣近所の話声さえ枕元に聞こえてくる始末で、その猥雑さに呆れて、どこか静かな所で逢瀬を楽しもうとする。ある日の明け方、不承不承で不安な気持ちのままの夕顔を六条の廃院に導くことになった。二人でいつまでもいつまでも、周囲を気にせず愛の言葉を交わそうというわけである。
  ところが、その夜、夕顔はものに襲われるような形で頓死してしまう。突然のことに動転した源氏はなすすべもなく、惟光がやって来るのを待っているしかなかった。明け方になってやっと惟光がやって来た。彼に事後の処置を頼み、自らは二条院に戻る。
二条院に戻ったが、あまりのショックに、頭は痛くなるわ熱も出て来るわという状態になってしまって、起き上がることもできなくなる。
  昨日参内もしなかったこともあり、そんな源氏を心配した帝は、お見舞いの使いを出す。左大臣の公達がその使いとしてやって来たが、源氏は、頭中将だけに
  『立ちながら』
という条件で、御簾の外に立たせたまま会うことにした。そして、参内しなかったわけをこう説明する。
  「乳母(惟光の母)が重く患っていたのだが、受戒した(尼になった)おかげでようやく治りました。しかし最近また病がぶり返したと言うので見舞いに行ったところ、その家の家人が突然死んでしまったそうです。でも、乳母の家では、私(源氏のこと)に憚って家から死骸を出せずにいたということです。
  私は死の穢れに触れてしまったのです。そういうことで参内もできずにいました。それにここのところ公では神事も多いことですから、謹慎していたという次第です。
  それにこの朝からしわぶき病み(咳)で頭が痛くてたまらず、そんなことから、「立ったまま、御簾の外で」という失礼な応対になってしまったのです」
  嘘と若干の事実を織り交ぜた何ともしどろもどろの弁解で、日ごろの源氏の面目は微塵も見られない。
  病のために尼になった惟光の母を見舞ったのは事実であるが、病がぶり返したというのは嘘である。まして「家人が死んだ」などはまるで嘘で、夕顔が突然亡くなったことを家人の死になぞらえたのだ。
  したがって「死の穢れに触れた」ことには間違いはないのだから、「立ったまま応対した」のは、正しいことである。実は当時、死の穢れに触れた者に、他者が会う場合には、「立ったまま」でないと、訪ねた人まで穢れに触れたことになるという風習があったのである。
  また、頭が痛くなったのも真実である。
  それにしても源氏がこれほど、嘘と事実とを織り交ぜながらおたおたとして弁解するというのは珍しいことである。(後に、明石君のことを紫上に告白する時にもおたおたしているが)そもそも乳母のことなど持ち出す必要はなかったのだ。
  「ある家に行ったところ・・」
で十分だった。ところが彼とすれば、何とか真実性を出そうとして苦肉の弁解をひねり出したのだ。あの冷静・沈着で判断力・洞察力に富んでいる源氏の弁解とは思えない口振りである。昨夜の夕顔の死に混乱した頭は、正常な状態に戻っていなかったのだろう。

  源氏の話を聞いた頭中将は
  『さらば、さるよしをこそ、奏し侍らめ』
  「奏する」とは帝に申しあげるということで、源氏が述べた内容を天皇に報告しましょうと言って、去りかけるのだが、なんとまた「立ち返って」来てしまい、こう詰問する。
  『いかなる行触れにかからせ給ふぞや。述べやらせ給ふことこそ、真(まこと)と思う給へられね』
  彼は源氏の弁解など全く信じていなかったのだ。「行き触れ」とは「死者など穢れたものに行き逢って、その穢れに触れること (広辞苑)」である。頭中将は、
  「なになに、一体どういう行き触れに逢ったというのかね」
と、内心ではにやりとしながら、
  「あなたのおっしゃること全然信じられないのだが」
と言うのだから、頭中将も意地が悪い。源氏は彼の反論に
  『胸つぶれ給ふ』
のである。

  頭中将は,子供のころから源氏のことを「天皇の子」などとは思っていず、遠慮のない友達であり良きライバルでしかなかった。「雨夜の品定め」の時には、源氏の部屋の厨子を勝手に開けて、「女からの手紙を見せろ」と催促していたし、後には、例の末摘花の所に通う源氏の後を付けてみたりしている。また、源氏が好色老女の源典侍と関係を持ったということで、自分も彼女と契ってみたりする男である。
  そんな男であるから、源氏の弁解が嘘であることを直感で見抜いてしまったのだ。しかも「女による病だ」それは「大失恋によるものであろう」とも感じ取っていたはずである。源氏は、頭中将には常に勝者であるのだが、この場合だけは、頭中将のしたたかさに負けた。

  ただ、ここには誠に皮肉な内容が隠されているのである。うっかり読んでいるとそのことに気付かず、二人のおかしなやり取りに目が行ってしまって、肝心なことを読み過ごしてしまうのだが、実は、夕顔は、頭中将が子供(玉鬘)までなしたかつての「愛人」なのである。この時点では、源氏はまだはっきりとは「夕顔が頭中将の昔の愛人」とは確認していないのだが、薄々は気がついている。
  つまり源氏は、頭中将の愛人を死なせているということである。その当人が、源氏の見舞いに来た。一番会いたくなかった人物であったはずなのに、なぜ、左大臣家の他の公達と応対せず、あえて頭中将を御簾の前に立たせたのか、これは難しい問題である。
  あるいは、弁解しているうちに、「夕顔=頭中将の愛人」ということが頭をよぎって、ますます混乱してしまったのかもしれない。それが、源氏としては前代未聞の醜態に繋がってしまったのだろう。
  
  深読みかもしれないが、ただ深く追求してみる価値がありそうな箇所である。なぜなら、紫式部という人は、それとなく重大な意味を物語のそこここに潜ませておくのが好きな作家であるから。夕顔は二人が深くかかわった女性であるし、後にはその遺児・玉鬘と、またともに深くかかわるようになるのである。そんな重大なことを何気なくこんな場に忍ばせておくとは、なんとも罪なことであり、皮肉なことである。


もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 郷愁
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏物語
  • 【源氏物語たより508】へ
  • 【源氏物語たより510】へ
 

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

~ Trackback ~

トラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【源氏物語たより508】へ
  • 【源氏物語たより510】へ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。