源氏物語

源氏物語たより514

 ←源氏物語たより513 →源氏物語 たより515
     罰当たり 光源氏   源氏物語たより514

  三度目の逢瀬の時に、藤壺宮に徹底的に拒絶された光源氏は、絶望と腹いせのために、雲林院に籠ってしまう。宮に自分がいかに必要な人間であるかを思い知らせてあげようという魂胆である。もちろん寺に籠るという以上、仏道精進をして心の平静を求める意図もあったであろう。
  彼は、才能豊かな法師だけを集めて仏法について論議させたりする。その結果この世の常なさに思い当たりつつ一夜を明かすのだが、同時に
  『なほ、憂き人しもぞと思い出でらるゝ』
のである。やっぱり自分に辛く当たる藤壺宮のことが頭に浮かんできて、いかんともしがたいのである。寺に籠ったからと言って、あれほどこっぴどく拒絶されたのだから、源氏が藤壺宮のことを思い浮かべてしまうのも仕方のないことである。
 
  それでも、明け方の僧侶たちが勤行する姿を見て、
  「仏道の道もなかなか捨てたものではない、このような生活をしていればあの世のことも頼もしいことであろう」
などと殊勝な感慨に浸る。自分も出家してこのような澄み切った生活をすべきであろうのに、なぜできないのだろう、と思った途端に
 
  紫上のことが頭に浮かんできてしまう。彼は我慢できなくなって彼女に手紙を出す。彼女から皮肉な返事が返って来るが、しかし、手紙の内容などはどうでもいいこと、紫上の筆跡がまことに見事であるのを見て、
  「なんと私の字に似ていること。しかも私の字よりもなまめかしさと女らしさが加わっているではないか。それにしても理想的に育て上げたものよ」
と、にやりとする。
  せっかく寺に籠ったというのに、いささか不謹慎な行動と言わざるを得ないが、それでも愛しい紫上のことだから「恋しく」思い出しても許容できないものでもない。

  許せないのは、次の行動である。
  なんと朝顔にまで手紙を出したのである。朝顔は「斎院」である。斎院は、賀茂神社の神に仕える神聖な存在で、日々神のために精進潔斎をして身を正していなければならない。まして恋愛沙汰などはご法度中のご法度である。なぜ手紙など出してしまったのであろうか。その理由が振るっている。
  『吹き通う風も近き程』
だからと言うのである。確かに、雲林院は京都市北区紫野に、斎院も紫野にあり、おっしゃるとおり「風もすぐ吹き抜けるほど」の近さである。だからと言って神に仕える神聖な斎院に手紙を出していいというものでもあるまい。
  しかもその手紙に付けた歌が信じられない。
  『かけまくはかしこけれども そのかみの秋思ほゆる木綿襷かな』
  「かけまくもかしこき」とは、神主さんか祝詞を読む時に最初に唸るあの文句である。「かしこみかしこみまうす」で、「口にかけて言うのも畏れ多いことではあるが」ということである。それだったら、言うべきではないのに、彼は平然と恋心を語りかける。
「ほら、昔あなたとあったでしょ。あの秋のことが思い出されてさ」
ということで、明らかな恋文である。しかもご丁寧に「木綿襷」と最後に付けている。「木綿(ゆう)」とは、神にささげる幣のことで、神聖な樹木・榊に付ける。「襷」は肩に掛けるから、「かけまくは」の「かけ」の掛詞になっている。「かみ」も、「上(昔)」と「神」が掛けられているという念の入りよう。これもすべて相手が神聖な斎院であるための縁語なのである。厚かましいことこの上ない。
  「その上の秋」に何があったのかは分からないが、契りを結んだということであろう。卑近な言葉で言えば肉体関係を持ったということで、それを暗示しているのだ。歌の最後には
  『昔を今に』
とまである。昔のように愛し合いましょうよ、という心である。
  実は二人の間には「昔あなたとあったでしょ」などと言う事実は全くないのである。彼が勝手に妄想しているだけで、図々しいことおびただしい。  
  こんな手紙を散らしてしまって、神主にでも見つかったらただでは済まないだろうに。
  さすがに腹だった斎宮
  「いったいあなた、何をおっしゃりたいの」

  いくらなんでもこれは許されないことなのに、さらに彼の思いは別の所に飛んで行くのだから、すさまじい。
  『あはれ、この頃ぞかし。野の宮のあはれなりしこと』
  彼は、斎院からの連想で、斎宮のことを頭に浮かべたのだ。六条御息所が、娘の斎宮に添って伊勢に下るに際し、娘とともに野宮で潔斎精進しているところに訪れた。そして、「別れの恋」の味をしみじみとかみしめたのだが、それが秋だったのである。そして、こううそぶく。
  『あやしう、やようのもの、と(神うらめしう思さるゝ)』
  「まあ、考えてみれば、賀茂も伊勢も同じようなものさ、どちらも私の恋の邪魔ばかりするのだから・・」と神を恨んだのである。

  神は、恋の敵だというのだから、神を冒涜すること甚だしい。神だけではない。彼があれこれ女のことを頭の中に去来させたり、手紙のやり取りをしたりしているのは、ほかでもない「お寺さん」なのである。
先ほど律師が唱えていた
  『念仏衆生摂取不捨(阿弥陀仏を念じて帰依する者は、誰でも極楽に迎える)』
という声に、あれほど感動していたというのに、あれはどこに行ってしまったのだろうか。

  光源氏という男は実に面白い。付き合ったらさぞかし楽しいだろうと思う。とにかく糸の切れた凧のように自由にして不羈、奔放にして洒脱、彼には神も仏もない。あたかもローマ法王とやり合う、共和党のトランプ氏のようなものだ。


もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 郷愁
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏物語
  • 【源氏物語たより513】へ
  • 【源氏物語 たより515】へ
 

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

~ Trackback ~

トラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【源氏物語たより513】へ
  • 【源氏物語 たより515】へ