源氏物語

源氏物語たより516

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     大臣ともなれば   源氏物語たより516

  光源氏の策謀によって、中宮の位が源氏方に持っていかれてしまってからというもの、内大臣(元頭中将)のご機嫌はななめである。彼の娘は女御(弘徽殿女御)のままに据え置かれ、一方の源氏の養女である元斎宮は、押しも押されもしない中宮(秋好)なのである。
  そればかりではない、内大臣のもう一人の娘(雲居雁)は、源氏の嫡男・夕霧と恋仲になっている。この娘も源氏に持っていかれようとしているのだ。憤懣やるかたなく、この娘だけは源氏に渡してなるものかと意固地になる。
何とかしなければならないと、彼が考え付いたのは
  「引き上げ作戦」
であった。弘徽殿女御を冷泉帝の所から引き上げ、雲居雁を幼い時から育てている大宮(内大臣の母)の所から自分の手元に引き上げてしまおうというものである。後者の意図は、雲居雁と一緒に大宮に育てられた夕霧から、雲居雁を引き離してしまおうということである。
  愛する孫娘がいなくなるのでは、大宮にとっては寂しさに堪えられない。そこで、内大臣はこう言って、母・大宮を説得する。
『(弘徽殿女御が里下がりするので)つれづれに思されんを。姫君(雲居雁を女御の所に)わたして、もろともに遊びなどし給へ』
それでも大宮は
  「せっかくこの子を手元において、老いの憂さを慰めようとしていたのに」
と不満たらたらである。でも、「女御」を持ち出されてしまったのではいかんともしがたく、従わざるを得ない。
 
  帝も、弘徽殿女御を引上げられては寂しい限りである。何しろ、この女御は最初に帝の所に入内した女性で、早くからの帝の「雛遊び」相手で、肝胆相照らす仲であった。一時でも自分のそばから離したくない。
  それに比べて、秋好中宮は、帝よりも九歳も年上である。それでも源氏の養女である以上疎かにできるものではない。そこで形の上では等しく扱っていたものの、弘徽殿女御に及ぶものではない。
  しかし、内大臣にとっては、帝と弘徽殿女御とが、肝胆相照らす仲だろうが関係ないことである。彼の考えは
  「秋好中宮が厳然といる以上、娘・弘徽殿女御は滅入るばかりであろう。それだったら心やすい里に下がらせて休ませてあげよう。お付きの女房たちも、夜昼、帝のそばにじっと仕えてばかりいたのでは、のんびりすることもできまい」
ということであるのだが、これは屁理屈で、帝にも「思い知れ!」という腹いせと意地悪がさせがさせたものに過ぎない。彼の勝手で、俄かに女御を里に引き上げてしまう。
  帝は
  『御暇も許され難きを、うちむつかり給ひて、上はしぶしぶと思し召したる』
のである。この時、帝は十五歳。「うちむつかり給ひ」という表現が、いかにも若い帝の不満を表していて可愛いし、気の毒であるが、内大臣はそんな帝の思いなど一顧だにしない。
 
  女御とて、親しくもない腹違いの妹と遊んでも面白かろうはずはない。それより清らで歳の近い帝と「雛遊び」をしている方がどれほど楽しいことか。
  雲居雁にしても、内大臣のところに行って「女御」のお相手などするのは気骨が折れるばかりである。それに何よりも恋しい夕霧に会えなくなるのだ。
  帝を失意に陥れ、母を寂しがらせ、さらに、二人の娘をも悲しみの淵に沈ませてしまう。不忠、親不孝、子供泣かせ、の三重悪をやってのける傍若無人。これも偏に源氏への対抗心であり、自己の憤懣を晴らしたいがためである。

  ところで、これは、物語上の、一人の大臣の身勝手な他愛のない意地から発したことに過ぎないのだが、歴史上でも「大臣」という権勢に振り回わされて苦しんだ天皇は随分多かったのではなかろうか。彼らは、大臣の横車に対して、自分の意思を明確に表明できずに「しぶしぶ」従っていたのだろう。

  思い出すのが、百人一首
  『心にもあらで憂き世に永らえば 恋しかるべき夜半の月かな』
の作者・三条天皇のことである。彼は一条天皇もので、二十五年という長きにわたって東宮の位に据え置かれたままであった。一条天皇の崩御を受けて即位した時には、既に三十六歳になっていた。
  しかも、彼の前に立ちはだかっていた人物がいた。藤原道長である。道長には、娘の彰子中宮に、一条天皇との間にうまれた皇子(後一条天皇)がいた。道長は、これを一刻も早く天皇の位に就けたいという思いがあった。そこで陰に陽に三条天皇に圧力をかける。結局、三条天皇は、持病の「眼病の悪化」を言いたてられて、わずか五年で位を退かなければならなかった。
  「不本意にも、つらいこの世に生き永らえていたなら、(その時には)きっと恋しく思うにちがいないこの美しい夜中の月であるよ」 (京都書房 『評解小倉百人一首』)
という先の歌が悲しく響いてくる。歌の本旨は
  「不遇な現実をも恋しく思えるだろうとする絶望的な将来への嘆き」  (同上)
である。

  源氏物語の冷泉帝の場合は、たかだか女御を里に引き上げられたくらいで済んだ。ところが、朱雀帝は、源氏という超絶的才能の持ち主に終始悩まされ、威圧されていた。母・弘徽殿大后の諌めも聞かず、源氏を流謫先から京に召喚してしまったのもその表れである。物語上には朱雀帝の心理は詳しくは描かれていないが、彼が「絶望的」になったことも多かったはずである。
  天皇は、神であり尊厳そのものであり、誰もが尊ばなければならないはずの存在である。しかし、常にそれを操っていた者がいたのだ。

  歴史を鋭く見ていた紫式部であるから、そんな世の矛盾を見過ごせず、冷泉帝の女御引上げ事件を例として、こっそり写し出したのかもしれない。


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