源氏物語

源氏物語たより521

 ←源氏物語たより520 →源氏物語たより522
    こんなところに「御衣」が生きていた  源氏物語たより521

 末摘花の叔母は、夫が大宰の大弐になったのを機会に、末摘花を九州に連れて行こうと企(たくら)み、何度も彼女の邸に足を運ぶ。受領風情と結婚したことを、末摘花の母親(常陸宮と結婚)に、いつも白眼視されていたので、その悔しさを、困窮している末摘花を召し使いのように扱うことで晴らそうというのが彼女の目的である。
  ところが、末摘花は、叔母の誘いに頑として応じようとしない。現状を変えることができない彼女の性が、ここを動こうとしない主たる原因になっているのだが、光源氏が再び現れるのではないかという一縷の望みも、ここを動けない理由にしてもいるようである。
  しかし、その一縷の望みは、彼女が一番頼りにしていた侍従さえ、夢のまた夢と諦めているのだ。そこで侍従は言う。
  『見たてまつり置かむ、いと心苦しきを』
 この侍従も叔母に誘われて九州に下ることになっていたので、
  「あなた(末摘花)を京に置いたまま、私だけが下向するわけにはいきません。とても気の毒で・・。ですから一緒に九州に参りましょう」
と勧める始末なのである。

  叔母が、最後に誘いに来た時に、末摘花が九州に下る時に着るべく
  『御装束など調じて』
持ってくる。それでも末摘花は首を縦に振ろうとはしない。呆れた叔母は、恨みつらみや皮肉をねちねち言い残して、侍従を伴って九州に去って行く。
 
  せっかく末摘花のためにと繕って持って来た「御装束」なのだから、誘いに従わない以上、当然これも一緒に九州に持って行ってしまったと思われるのだが、なんととんでもないところに顔を出すのである。

  源氏は帰京後、公私に暇なく、女性たちの所を訪れることなど思いもよらない状態に置かれていた。まして末摘花などが「この世に存在している」ことさえ、彼の意識から薄れていた。
  帰京後、半年以上たったある日、暇を得て、花散里を訪ねようと思い立つ。その途次、大きな松の木に藤の花が咲き懸かっているのが源氏の目に入った。
  『見し心地する木立かな(何か見た気がする木立であるな)』
という思いが彼の記憶をよぎる。ようやくそれが末摘花の邸であることに気付き、お供の惟光に「まだ丈夫でいるかどうか」確認させる。惟光は、蓬、葎に覆われた道なき道を探し回るが、荒れ邸には人の気配もない。諦めて源氏の所に戻ろうとした時に、格子が二間ばかり開けられて、風に御簾が動いているのを目にする。末摘花はまだここで生きていたのである。
 
  惟光が探し回っている丁度この時、末摘花は、昼寝の夢に故父・常陸宮の夢を見て、その名残を偲んでいたのである。日ごろはしたこともない廂の間をきれいに整えさせ、そこに座をしつらえて、外を眺めやっていたのだ。そこが「二間ばかり開けられた格子」のあたりだったのである。
  父の夢が、源氏との再会に導いてくれたと言える。惟光は、馬の鞭で蓬・葎の露を払い払い源氏を邸の中に案内する。

  末摘花は、源氏が訪ねてきたことを知って、
  『嬉しけれど、いと恥づかしき御有様にて、対面せんもいとつつましく』
思う。「恥づかしき御有様」とは、おおよその見当はつく。何しろ冬には着るものもなくて、父の遺品の黒貂(くろてん)の衣を着ていたほど困窮していたのだから。食べるものさえ底をついていた状況では、この時彼女が着ていた衣は、おそらく汗がにじんだ汚れた物だったはずである。それでは源氏に相まみえることなどとてもできない。
  と、その時である、
  『大弐の北の方のたてまつり置きし御衣どをも、心ゆかず思されしゆかりに、見入れ給はざりけるを、この人々の、香の御唐櫃に入れたりけるが、いとなつかしき香したるを、たてまつりければ、いかがはせむに、着替へ給ひて』
と、老女房たちが、かの「御衣」に着替えるように促したので、仕方なく袖を通したのだ。
  「かの御衣」とは、叔母が贈ってくれた「御装束」のことで、それがなんとこんなところに再登場したのである。末摘花の九州下向のために調じたものであるから、下向を承知しようとしなかった以上、侍従とともに九州に持って行ってしまったものと思われたのだが、そうではなかった。そこまで叔母は阿漕(あこぎ)ではなかったようだ。しかも、「心惹かれる香を湛えて」登場したのである。
  叔母からの贈り物ということで快からず思って、今まで一度も着なかったのを、老女房たちが香の唐櫃にしまいこんでいたのだ。気の利かない老女房たちばかりであったが、それが怪我の功名になった。また「御衣」にとっても名誉な再登場となった。
  光源氏と再会するためには、ただ新しいだけの衣ではだめなのである。香が懐かしく香る「御衣」でなければならない。そんな「御衣」を着た末摘花を、源氏はこう評価する。
  『しのびやかにうち身じろき給へるけはいも、袖の香も、昔よりはねびまさり給へるにや』
  「ねびまさる」とは、「成長する、大人びる」という意味である。源氏の錯覚とはいえ、末摘花にとっては大変光栄な評価を得ることになった。これも偏に、老女房が、主人が見向きもしないので、やむなく香の唐櫃に入れておいた結果である。

  何ともそつのない構成であり、思いがけない筋の設定である。「御衣」を生かしただけでない。末摘花を生かし、老女房たちをも生かしたのだ。そればかりか、恨みつらみと愚痴を言い言い去って行った太宰の大弐の北の方の面目まで、少しばかり挽回したのである。

  『末摘花』の巻は、徹底して末摘花を虚仮にするもので、嫌味に満ちていて、素直には読めないものがある。それに比べて、この『蓬生』の巻のなんと温かいことか。侍従との別れに漂っていた哀愁、父宮をひたすら慕う末摘花の純情さ、また意識から消えかかっていたとはいえ、蓬・葎の荒れ邸に足を運び入れた源氏の実直な思いやり、何か『末摘花』の巻とは別次元の世界を思わせるもので、心が和む。
  私はこの巻を、源氏物語全編の中でも、特別の佳編の一つと評価している。


もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 郷愁
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏物語
  • 【源氏物語たより520】へ
  • 【源氏物語たより522】へ
 

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

~ Trackback ~

トラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【源氏物語たより520】へ
  • 【源氏物語たより522】へ