源氏物語

源氏物語たより522

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     朱雀院の憤懣   源氏物語たより522

  光源氏と藤壺中宮の企みによって、前斎宮は冷泉帝に入内することになってしまった。朱雀院とすれば憤懣やるかたない思いであったことだろう。なぜなら、院の方がずっと早くから前斎宮を慕い、院に入ることを強く望んでいたのだから。
  しかし、決まってしまった以上、事を荒立てるわけにもいかないし、彼女に更に言い寄ったりするのも世間体が悪い、ということで、その後は消息することも遠慮していた。

  ところが、彼女がいざ入内となった時に、院は思い切った行動に出る。「入内の祝いに」ということで
  『えならぬ御よそひども(や)、御櫛の箱(や)、うちみだりの箱(や)、香壺(かうご)の箱ども、世の常ならず、くさぐさの御薫物(たきもの)ども、薫衣香(くぬえかう)、またなきさまに、百歩のほかを過ぎ匂ふまで、心殊に整へさせ給』
うほどの贈り物をしたのである。それは、装束やら櫛を入れる箱やら香壺(かうご)を入れる箱やらうちみだりの箱(女性が結髪の時などに使う箱)やら、その他いろいろの練り香などであった。
  ここで気づくことは、すべての贈り物が最上のものばかりだということである。「えならぬ」「世の常ならず」「またなきさまに」「心殊に」などと、しつこいほどに繰り返しているが、それだけ、珍奇で高価で特別勝れた品々であったと言いたいのだ。そもそも院の贈り物である、我々下々の贈り物とはわけが違う。おそらく正倉院の御物に匹敵するほどのものばかりだったのだろう。
  特に「薫物」のうち、「薫衣香(沈香や麝香(じゃこう)などを練り合わせたもの 衣服にたきしめる)は、百歩をこえて遥か遠くまで匂うほどの香であったという。白髪三千丈のように誇張が過ぎて想像もつかないのだが、とにかく言語に絶するほど素晴らしい香であるということだ。

  人の妻になってしまった女性に、院はどうしてここまで贅を尽くした物の数々を贈ったのだろう。そのわけについて本文ではこう言っている。
  『おとど、見給ひもせんにと、かねてよりやおぼし設けゝむ』
  「おとど」とは源氏のことで、「きっとこの贈り物を源氏も見るはずである、とお考えになって前々から用意したのかもしれない」というのである。要するに院の嫌味であると推測しているのだ。
  「私が、これほど前斎宮を慕っていたというのに・・」
ということを源氏に知らしめようという意図でというのだ。確かに源氏と藤壺宮の「前斎宮を冷泉帝に」という企ては、手段を選ばぬえげつないものであった。
  院は、斎宮が伊勢に下る時に、彼女の髪に「別れの櫛」を挿してやった。その時に見た彼女の美しい容姿が胸に刻み込まれていて、都に戻ってきたら、必ず自分の所に入れようと決心していた。だから彼女が帰京した時はに、さっそく彼女の母・六条御息所に自分の所に来るよう申し込んでいる。ところが結果は、源氏側の策略によって、院の意に反するものとなってしまった。院の憤懣やるかたないものがあったはずだから、嫌味の一つや二つ、是認されてしかるべきであろう。
  源氏はこれを見て、さすがに
  「院に対して申し訳なく気の毒なことをしてしまった。自分はどうしてこう無理なことばかり推し進めて、院を苦しめてしまったのだろう」
と反省し、忸怩たる思いに駆られる。

  もちろん、この贈り物は、源氏に対する嫌味だけではない。院は、非常に素直な方であり情にもろく優しい方である。だから心から前斎宮の入内を祝っての行為でもあったはずである。
  贈り物にはこんな歌が添えられていた。
  『別れ路にそへし小櫛をかごとにて はるけき中と神やいさめし』
  難しい歌であるが、斎宮が伊勢に下るにあたって、大極殿で催された別れの儀式の時のことに関連させて詠ったものである。朱雀帝は、別れの小櫛を斎宮の額に挿してあげた時に、こう告げた。
  「再び京に戻らぬように」
  斎宮は、天皇一代の間、伊勢で神にお仕えするのだが、「斎宮が京に戻る」ということは、天皇に何かがあったことを表す。したがって、「なにかがあること」を忌みはばかって、形式的に「京に帰るな」と告げるのが習わしになっていた。その習わしを踏まえて、先の歌を見てみると、その意は、
  「“京に帰るな”という言葉が口実となってしまって、神が二人の仲を遥かなものとしてしまったのですね」
ということになる。別な言い方をすれば、「あの言葉さえ言わなかったら、あなたと結婚できたのでしょうに」ということで、悔やみきれない思いを告げているのだ。
  未だに消えない彼女へのいとおしさ、その純な心が、世にもないほどの贈りものとなったのである。源氏に対する嫌味よりも、前斎宮に対する純粋な愛情ととった方が、院の意に沿っているだろう。

  この『絵合』の巻では、後に源氏(前斎宮側)と権中納言(元の頭中将 弘徽殿女御の父親)との間で、「絵」を介して激しい「中宮争い」が展開される。
  この時、院は前斎宮にひどく肩入れをして、醍醐帝ゆかりの絵や、優れた絵師に書かせた絵を献上している。すでにこの時は、源氏に対する恨みつらみは、からりと晴れていて、本心から彼女に「絵合」で勝ってもらいたいと思っているのである。「絵合」に勝つということは、前斎宮が中宮になるということに繋がる。しかしそんなことは院の関心事ではない。未だに変わらぬ自分の愛情を分かってもらえれば、それだけで十分なのである。

  自分の妻である朧月夜は源氏と心を交わしているし、前斎宮の獲得競争では源氏の企みに負けてしまった。それでも朧月夜のことでは愚痴こそ言え、源氏を憎み切ることはしないし、また前斎宮の件では嫌味がましき贈り物はするものの、その憤懣を爆発させ報復しようなどとは考えもしない。そんなあまりの人の良さに憐れさえ覚えてしまう。
  ここで源氏は院のことを
  『なつかしくあはれ』
なお人柄と評価している。「なつかしい」とは、人の心を惹きつけるという意味であり、「あはれ」もまた、しみじみと人の心を惹きつけるという意味だ。それは院の親しみやすく優しい性格から出ているものである。
  源氏は、こんな人柄の兄であったがゆえに、信じられない栄達をし栄華を極めることができたのだ。もっと痛切に真摯に反省しなければならないはずだ。にもかかわらず、須磨の流謫生活は、「朱雀帝のため」という恨めしさを消そうとしない。
  そして、この直後には、院のことなどすっかり忘れてしまったように、権中納言と中宮の座を狙って激しいバトルを繰り広げるのである。
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