源氏物語

源氏物語たより524

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     養女でも顔は見ることができない  源氏物語たより524
 
  光源氏が、朱雀院を訪ねた時に、話題が前斎宮のことになった。斎宮(当時)が伊勢に下向する際、朱雀帝が「別れの御櫛」を彼女の額に挿す儀式が行われた。その時、帝は斎宮の顔を直近で見ているのである。彼女の容姿は
  『いとゆゆしきまで』
の美しさであった。「ゆゆしきまで」とは「恐ろしいほど」という意味で、その容姿を見た帝は
  『御心動きて、別れの御櫛たてまつり給ふほど、いとあはれにてしほたれさせ給ひぬ』ほどの感銘を受けた。あまりの美しさに、涙を流してしまったというのだから、彼女の美しさは尋常ではない。ここの「あはれ」は、愛しいとか恋しいという感情が込められている。こんなに美しい女性を遠い伊勢にまでやってしまうことの口惜しさとともに、愛おしさで涙がこぼれてしまったのだ。

  ところが、その前斎宮(以下梅壺女御)が、今は源氏の養女になっているというのに、源氏は彼女の顔をまともに見たことがないのである。かつて彼が朱雀院に負けたことなど一度としてないというのに、この件に関してだけは負けている。
  しかしこの一事ばかりはいかんともしがたい。なぜなら当時は、養父と言えども養女の顔を見ることはできなかったからである。そこで彼は
  『(院が)めでたしとおもほししみにける(梅壺女御の)御かたち(容貌)、いかやうなるをかしさにかと、ゆかしう思ひ聞こえ給へど、さらにえ見たてまつり給はぬを、ねたうおもほす』
のである。「ねたし」とは、「恨めしい」「妬ましい」という意味である。何とかして彼女の容貌を見たいと思うのだが、全然見ることができないので、妬ましくてならないのだ。源氏がそう思う心理には二つの理由がある。もちろんその一つは、彼の持って生まれた「好き心」で、美しい女性を放っておけないという彼の本性から出ている。そして、もう一つは、院が見ているのに自分が見ていないという口惜しさ妬ましさで、それは彼の「負けじ魂」からきている。

  ここで不思議に思われるのは、養い親であるにもかかわらず、その娘を見ることができないということである。現代では信じられない風習で、それは厳格なおきてに縛られて、いつも黒いベールで顔を隠しているイスラムの女性たちと同じようなものなのかもしれない。もっともイスラムでは養女の顔を見られないなどということはあるまいが。
  平安時代は、夫以外の者が、女性の顔を見ることは容易なことではなかった。そもそも「見る」という行為は、男女関係を持つこと、契りを結ぶこと、あるいは結婚することと同義であった。
  したがって、逆に女性が男に顔を見られてしまうことは、慎みのない行為だったのである。
  後に、女三宮が、柏木と夕霧に顔を見られてしまうという事件が起こるが、それは女三宮という女性が、いかに不用心で配慮に欠ける女性だったかを言いたかったのである。たとえそれが唐猫によるハプニングであったしても、女性が不用心に御簾の後ろに立ち姿でいるなどということは許されることではなかった。この唐猫事件は、柏木が女三宮に寄せる思いをいよいよ深めてしまい、ついには柏木の死、女三宮の出家という大問題にまで発展してしまう。
  一方の夕霧の目には、彼女の行動は
  『内外の用意おほからず、いはけなきは、らうたきやうなれど、後ろめたきやうなりや』
と映るのである。「自分に対しても他人に対しても心配りがなく、幼い行動は、一面可愛いようではあるが、どうも心もとなく安心できないことだ」と批判の的になってしまうのである。
  もっとも、思慮深く完璧なはずの紫上でさえ、この夕霧に一度だけ顔を見られたことがあるのだ。それは、野分の日に、倒れ伏した前栽の草木を心配して、紫上が端近いところに立っていた時のことである。激しい風のために几帳や屏風が片づけられたりたたまれたりしていたので、まったくの天の恵みのように夕霧は彼女の崇高なお姿を拝することができたのである。これは不可抗力に等しい出来事と言っていいかもしれないが、とにかく義母の顔さえまともに見ることはできなかったのだ。実は夕霧は、紫上の顔をもう一度だけ見ている。それは彼女の死せる顔であった。

  さて、源氏は、梅壺女御を見たくてたまらないのだが、容易にそのチャンスは巡って来ない。なぜなら彼女は
  『いとおもりかにて、夢にもいわけたる御振舞ひあらばこそ、おのづからほの見え給ふついでもあらめ、心にくき御けはひのみ深さまされば』
  だからである。梅壺女御は、軽々しくなく(おもりか)、奥ゆかしい(心にくき)人柄なので、顔を見ることなどとても無理なのである。これが万一にも、子供っぽい振る舞いをするような軽々しい方だったら、ほの見る機会もあろうけれども、彼女はそういう方ではなかった。この「いはけなさ」が、女三宮との差になり、源氏をして、梅壺女御を「理想的なお方」と高く評価させるのである。

  にもかかわらず、そんなことで諦める源氏ではない。彼女が中宮になった時に、何とか「ほの見る」ことができないものかと苦心惨憺する。しかし、几帳一つが堅固な隔てになってしまって、その姿は想像するしかなかった。
  『あさましくやはらかに、なまめきておはすべかめる。見たてまつらぬこそ、口惜しけれと胸うちつぶるゝぞ、うたてあるや』
  彼女は驚くほど柔らかで優美でいられるが、それはあくまでも「べかめる」であって、彼の想像の域を出ていない。
  源氏が、中宮を見ることができないと言って残念に思い、胸がつぶれるほどになってしまったことを、語り手(作者)は「うたてあるや(困ったことである)」と批判している。語り手は、直接には源氏のすき心を「困ったものだ」と言っているのだが、当時は、養女を見ることもタブーであったのに、それを必死で見ようとしている源氏のあさましさをも鋭く非難したのである。
 
  このようは厳格な風習が、「垣間見」を流行らせたのであろう。男どもは何とかして女性を見るチャンスを見つけ出そうと苦闘した。伊勢物語は、この「垣間見」から始まっている(第一段)。
  それにしても養女の顔さえ見ることができないのでは、随分不便な事態も起こったのではなかろうか。同じ邸にいる者とも面と向かって話もできなかったのだから。
  女の顔をまともに見ることができなかった当時の男親や男たちが可哀想で、同情してしまう。
  しかlし考えてみれば、現代のように見えすぎるのも問題がありそうだ。あまりにあからさまでは女性の神秘さが薄れてしまいかねない。そのために女性に対する興味・関心をなくし、恋愛など面倒だと考える男が増えてしまう、と言えなくもない。「同情」されるのはあるいは現代の男なのかもしれない。


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