源氏物語

源氏物語たより528

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       ねばならない 明石君   源氏物語たより528
  光源氏が、明石君に最初に逢った時、初めは源氏が一方的に語りかけていたが、やがて二人は歌のやり取りなどをするようになる。几帳を隔てて彼女がかすかに応える様が
  『伊勢の御息所にいとようおぼえたり』
と源氏には感じられた、という。今は伊勢にいる六条御息所に大層似ている気がしたというのである。しかしこの譬えには随分無理がある気がしてならない。
  もっともこの段階では初めて逢ったのだし、はっきりと姿かたちを見ているわけではない。その上、源氏の語りかけに対してほのかに応える様からの印象なのだから、正確に捉えられないことは仕方がないのだが、それにしても明石君が、六条御息所に「おぼえたり」とは、どう考えてみても納得がいかない。後の明石君の人となりなどを勘案してみれば、御息所とはかけ離れた人格の人と言わざるを得ない。
  御息所が、物の怪となって葵上に取り付いたイメージは鮮烈である。ついには呪い殺してしまうのだから、その一途な思い込みは何とも凄まじい。あの執念深さに源氏は辟易とし、次第に彼女から離れて行ったのではなかったのか。
  ずっと後に(『若菜下』)、源氏は、紫上に彼女のことをこう述懐している。
  『人見えにくく、苦しかりしさまになんありし。・・心ゆるびなく、恥づかしくて』
  「何か付き合いにくく、逢うのも苦痛で・・いつも油断なく気づまりであった」と言うのである。

 こんな女性に明石君をなずらえていいものだろうか。明石君も、御息所に劣らず思慮深く、教養も品もある女性であることに間違いはない。しかし、全体の人物像は全く違う。彼女の特徴といえば
  「なつかし」
という言葉に象徴されるものではなかろうか。「なつかし」とは、「心惹かれる、慕わしい、人なつこい、情愛がこまやか」などという意味である。

 源氏との間に姫君が生まれた時に、源氏は京から乳母を派遣する。この乳母は、都を遠く離れる不安を抱きながら、また主の人柄も分からないままに明石に就くのだが、明石君の性格の良さにすぐ慣れ親しむようになってしまう。
  三年後、彼女らは大井に上京しくる。しかし、源氏のたっての要請で、姫君と乳母とは、源氏の二条院に渡って行くことになってしまった。乳母は、明石君と離れ離れにならなければならないことを憂えて、泣きながらこう言う。
  『年ごろの御心ばへの忘れがとう、恋しう覚え給ふ』
  三年間一緒に暮らして、明石君の人柄にすっかり心酔してしまい、恋しくてとても別れるに忍びないというのである。二人は常に「語らい人」であり相談相手であった。それもこれも明石君の「なつかし」という人柄がらゆえなのである。
  これでも、六条御息所と「いとようおぼえ」と言うのだろうか。作者の意図が不可解である。

 ところが、『薄雲』の巻に、こんな表現があるのに出会い、
  「あ、そういうことだったのか」
と、膝を叩く思いがした。それは、姫君と別れる哀しみに、物思いに沈んでいる明石君の姿が、人々の目にこう映ったとあることである。
  『ながめゐたる様だい、頭つき、後でなど、かぎりなき人と聞こゆとも、かうこそはおはすらめ』
  「かぎりなき人」とは、身分が最高に高い人という意味である。物思いにふけっている明石君の容姿や頭の恰好や後姿などが、最高の身分の人と同じであるということである。それほどに彼女は優れた様子をしていたのだ。
  このような明石君に対する評価は別の所にもある。
  『松風』の巻にこんな表現があった。源氏が大井の明石君の所を訪れ、その別れの時に、几帳に隠れている彼女の姿を、源氏はこう見ている。
  『几帳にはた隠れたるかたはらめ、いみじうなまめいて由あり。たをやぎたるけはひ、親王たちといはむに足りぬべし』
  明石君の横顔は、大層優雅で品があり、そのしとやかな様子は、親王と言っても十分通用するほどであるというのである。
  その他にも、いたるところにこのような評価がなされていることに気付く。
  『やむごとなき人にいたう劣るまじう』
  『やむごとなき人、苦しげなる』
  『やむごとなき人々に劣るけじめこよなからず。かたち、用意(人柄)、あらまほしく、ねびまさりゆく』

  このように、執拗なほどにこれでもかこれでもかと彼女を持ち上げている。これには一体どういう意図があるのだろうか。
  その根本にあるのが、将来の后となるべき人(明石姫君)の母親は、最高に貴くなければならないという固定観念である。宿曜の占いによって、明石姫君は「后」になる宿命を負わされている。源氏は、后になるべきものは、たとえ些少の疵があってもならないと考えている。したがって、その母親が一介の受領階級の娘であってはならず、「やむごとなき人々に劣るけじめがなく」、また「親王にも匹敵する人物でなければならない」という宿命を、明石君自身も負わされているのである。

  六条御息所は、大臣の娘であり、東宮の妃であり、将来は皇太后になるべき最高の身分の人であった。「伊勢の御息所にいとようおぼえ」というのは、彼女の人間性そのものについて言っているのではなく、その身分の高さについて言っていたのだ。


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