源氏物語

源氏物語たより532

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     紫式部の、類なき子供の描写  源氏物語たより532

  紫式部の子供の描写には、だれにも真似のできない傑出したものがある。これは、彼女が日ごろから子供の行動をいかに丹念に観察していたかによるもので、その結果を鋭い感性と冴えわたる筆をもって描き上げたものと言えるであろう。
 
  中でも『薄雲』の巻における明石姫君の一挙手一投足の描写には、思わずほろりとさせられるものがある。
  明石君は、光源氏の要請によって姫君を二条院に引き渡すことにした。そう決意するまでの彼女の煩悶は尋常なものではなかった。
  雪が大層降って、それが溶けたころ、源氏がついに姫君を迎えに大井にやって来た。いつもは源氏のお出でを心からお待ちするのだが、今回ばかりは源氏の大井わたりは、姫君との別れを意味するのだから、彼女の胸はうちつぶれるしかなかった。
源氏が車を邸に付け、姫君を乗せる時の様子をそのままに抜き出してみよう。
  『姫君は、何心もなく御車に乗らんことを急ぎ給ふ。(車を)寄せたるところに、母君みづから抱きて出で給ヘり。片言の声は、いとうつくしうて、(母君の)袖をとらへて「のり給へ」と引くも、いみじう(悲しく)おぼえて・・』
  姫君は、今自分が置かれている状況が全く分かっていない。三歳の子であるからそれも仕方のないことなのだが、送り出す母とすれば、そのあどけなさがたまらない。姫君は「車に乗らんこと」ばかりを急いでいるのだから。彼女にとってはそれが嬉しくてたまらないのだ。
  通常なら乳母が抱いて出るところであろうが、「母君みづから抱きて」出てきている。これからいつ会えるともしれない娘を、一刻でも長くその胸に抱きしめていたい気持ちの表れである。 
  そんな母の必死の思いも知らずに、姫君は、「母の衣の袖を引きながら、うつくしう片言」で
  『のり給へ』
と言う。この場合の「うつくし」は「美しい」ではない、「可愛い」である。可愛らしい片言で言う「のり給へ」は、読む者の心を絞る。ましてその母の気持ちはいかばかりのものであろうか、想像に余るものがある。

  姫君だけを乗せた車は、暗くなってから二条院に着く。この道中の様子と二条院に落ち着いた時の姫君の様子も、またあはれである。ここもそのまま抜き出しておこう。
  『若君は、道にて寝給ひにけり。抱き下ろされて、泣きなどはし給はず。こなたにて御果物まゐりなどし給へど、やうやう見めぐらして、母君の見えぬを求めて、らうたげにうちひそみ給へば、乳母召し出でて、慰めまぎらはし聞こえ給ふ』
  大井から京の二条までは遠い。車に乗ることを楽しみにしていたというのに、彼女はあどけなく「道にて寝」てしまった。それまで、彼女はどうしていたのだろうか、よろしき若人や童などを供につけたとあるから、彼らとはしゃいだりしていたのかもしれないが、外も暗くなってしまったし、疲れもあって、寝てしまったのだ。
  寝殿の西面が彼女の部屋に当てられた。初めは何が起こっているのかも自覚できないで、環境の激変にも「泣きなどはし給はず」にいる。大人たちは先回りをして、菓子や果物を彼女の前に運んでくる。気を紛らそうとの配慮からであろう。
  しかし、やがて何かおかしいことに気付く。「やうやう(周りを)見めぐらし」始めて、ようやく母がいないことを察したのだ。でも大泣きはせず、らうたげに「うちひそみ」ているだけである。「うちひそむ」とは、泣き顔になることである。おそらく彼女はべそをかいていたのだろう。菓子・果物作戦は成功しなかったようで、大人たちは慌てて乳母を呼びに行く。乳母で「慰めまぎらは」す作戦に変更したのだ。乳母は、養い子とは実の母親以上のつながりがあるから、姫君の関心をそらすことはできたろう、が、心の底に巣食った幼い姫君の不安を消すことはできたのだろうか。
  この「うちひそみ」という表現が、彼女の生得の心根の良さと育ちの良さを表わしていて、将来の后に相応しい資質がほの見える。

  この別れをもって、明石君は七年間の長きにわたって娘と会えないことになる。この後は紫上に預けられのだが、姫君の素直でかわいらしい気性は、紫上にすぐなつき、慣れ親しむようになっていく。何しろ紫上は「この上なく子供好き」であり、その紫上が 
  『異ごとなく(他のことは放り出して)、抱きあつかひ、もてあそび聞こえ給ふ』
のだから、三歳の子は、ほどなく実の母を忘れてしまった(ようである)。

  『賢木』の巻の冷泉帝(春宮)の描写も可愛い。
  源氏の執拗な求愛から逃れるには出家するしかないと決意した藤壺宮は、その旨を幼い(六歳)春宮に伝える。しかしはっきりと言うわけにはいかないので、最初は遠回しにこう言う。
  「久しくあなたと会えないでいるうちに、私が今までとは違って、嫌な姿になってしまったら、あなたはどうお思いになりますか」
すると、春宮は事情が分からないので突拍子もないことを言う。
  「ああ、たとえばあの醜い式部(女房の一人)のようにですか。どうしてお母さんがあんなになるはずがありましょう」
  母宮は、『いふかいなくあはれに』見ながら、
  「式部は歳をとっているから醜いだけでしょ。そうではなくて、髪はあれよりも短く、黒い衣をつけて、宵の僧のようになるってことよ。そうしたら、あなたと会うことも今よりずっと少なくなってしまうの」
  母の話を聞いた春宮は、
  『「久しうおはせぬは、恋しきものを」とて、涙の落つれば、恥づかしと思して、さすがに背き給へる』
のである。幼い春宮にとっては、母が出家することがどういうことかも理解できないのだ。彼が涙するのは、母と「久しう」会えないことだけのようである。

  明石姫君の場合も春宮の場合も、いづれも「別れ」が背景にある。親が、子と別れることほどつらいことはない。明石君は別れに当たって涙をいかんともできなかった。藤壺宮もまた、『泣き給ふ』しかなかった。いずれも親の言うことを理解できない子の幼さに涙を禁じ得なかったのである。
  紫式部は、子供の様子を単に客観描写するだけではない。幼い子の心理に立ち入りながら描き切っている。
後に匂宮(明石姫君と今上の子)の子供の頃の姿なども可愛く描かれる。彼は、大人顔負けの頓智や動作で周囲を笑わせている。子供の可愛い姿を描写しているだけではない。宇治十帖で、たぐいないほどの好色を発揮する匂宮の姿を、すでに子供の頃のやんちゃな姿で象徴しているのである。

  ちなみに『枕草子』のあの有名な「うつくしきもの」の一段を挙げておこう。
  『二つ三つばかりなるちごの、急ぎて這ひ来る道に、いと小さき塵のありけるを目ざとに見つけて、いとをかしげなるおよびにとらへて、大人などに見せたる、いとうつくし』
  (この「うつくし」も可愛い)


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