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源氏物語

源氏物語たより535」

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     しっくりこない『蛍』の巻   源氏物語たより535

  『蛍』の巻の読後感が、どうもすっきりしない。面白いには面白いが素直に楽しめない。
  この感覚は『末摘花』の巻で感じたものに通じる。『末摘花』の巻は、読み始めた頃こそ、末摘花の超人的な醜悪さや、融通の利かない古体な言行に笑わされたのだが、何度か読むうちに、あくどいまでの末摘花いじめに嫌気がさしてきて、なぜそこまでいじめなければならないのか、と作者の意図を測りかねてしまった。あるいは、作者に、末摘花のような人物に対する特別な意趣でもあるのだろうか、などと余計な憶測までするようになった。
  このようなわけで、この巻は今では「面白くない巻」の一つに入っている。(ただし同じ末摘花が主人公でも、『蓬生』の巻は、しみじみとした情趣が漂っていて泣かされる)
 
  『蛍』の巻も、悪戯が過ぎて、せっかく作者が意図した可笑しみが相殺されてしまっている。
  とにかくこの巻における光源氏の本心が見えないのである。彼は、玉鬘や蛍兵部卿宮の結婚を本当に考えているのだろうか、あるいは二人の幸せを真摯に考えているのだろうか、疑わしい。はっきりしているのは、玉鬘に対する邪(よこしま)な好色心が彼にあるということである。そのためにどの男をも、玉鬘の婿にはしたくないのだ。しかし、養女(玉鬘)を自分の妻にすることには抵抗がありすぎて、思い切った行動には出られないでいる。そのために、彼の気持ちは複雑に揺れ動き、屈折していく。そしてそんな複雑な心理が、いろいろな男を「婿がね」にして、彼らをその気にさせたりして、それを見て隠微な喜びに浸っているようである。

  その対象になった一人が、蛍兵部卿宮(以下 宮)で、源氏の弟である。彼には、二人を本当に結婚させる意思があったとは思えないのだが、とにかく二人に、結婚をけしかけるような言動を盛んに取る。たとえば宮からの消息に対して、玉鬘にこう諭しているのである。
  『この君だちの(宮が)好き給はむは、見所ありなむかし。もて離れてな聞こえ給ひそ』
  「宮があなたに懸想するのはなかなか結構なことであるから、無愛想な返事などはなさらないように」という意味で、だから宮にはちゃんと返事をするようにと促すのである。
  その一方で、玉鬘にこうも言うのだから、彼の真意を疑わざるを得なくなる。
  『いたくもならし聞こえじ。わづらはしき気(け)添ひ給へる人ぞや。』
  (あまり馴れ馴れしくさせないように。宮は、厄介な癖のある人なのだから)

  一方の宮にも、玉鬘への気持ちを煽ろうとしかける。その一つが「蛍作戦」である。蛍の光にほのかに見える玉鬘の優美な姿を見せることで、宮の心を惑乱させようというものである。
  ある時、宮からの消息に対して、
  「宮に六条院においでいただくように」
と玉鬘に返事をするよう催促する。宮は、彼女から色よい返事が来たと歓び、さっそく六条院に忍んで行く。妻戸の間に宮のしとね(座)を設け、几帳だけを隔てにして二人をそば近く座らせる。宮は盛んに慕情を訴え続ける。
  それを陰で聞いている源氏は、にんまりほくそ笑むのである。
  二人を取次している女房が、玉鬘の所に入ろうとした時である、なんと源氏も一緒に玉鬘の所にいざって入り込んでしまった。そして、不粋にもこう指図する。
  「そんな女房を通しての会話ではなく、もっと近くに寄って、直接宮の声を聞きなさい」
  玉鬘は仕方なく、母屋の際の几帳のもとに滑り出てきて横になった。宮が相変わらず長々と恋情を打ち明けている、その時、
  『御几帳の帷子を一重、(横木に)うち掛け給ふにあはせて、さと光るもの(あり)。紙燭(しそく 手で持つ明かり)をさし出でたるかと(玉鬘は)呆れたり』
  源氏がこの夕方、蛍を薄い帷子(几帳の垂れ幕)にいっぱい包んでおき、その光を包み隠しておいたのだ。その帷子を几帳の横木に掛ける時に、包みの部分をぱっと開いたからたまらない。その明かりは、玉鬘には紙燭の明かりのようにあまりにも明るく見えたので、ひどく狼狽して扇で顔を隠すが、万事休す、宮に見られてしまう。
  『ほのかなる光、艶なることのつまにもしつべく見ゆ。ほのかなれど、そびやかに臥し給へりつる様体の、をかしかりつるを、飽かず思して、げに案のごと、御心に沁みにける』
  蛍の光で女人の姿を見せるとはいかにも艶なることで、恋の糸口としては最高の手段である、源氏の狙い通り、スラリと伸びた玉鬘の美しい肢体は、宮の心を虜にしてしまった、というのである。しかしこれが「艶なること」と言えるであろうか。単なる悪趣味であり、悪戯に過ぎないのではなかろうか。

  実はこの蛍の光の話は、源氏物語以前の物語にもとられている。源氏物語のこの場面と最も近似しているのが『宇津保物語』である。
  この物語の主人公である仲忠の母が、尚侍(ないしのかみ)になった。美しい女性として頓に有名であった。帝は、彼女の姿を見たいものと切望していた。と言ってあまりに明るい灯をともしたのでは不粋になってしまう。
  そんな時に、蛍が帝の前を三、四匹飛んでいるのを見て、この光で見えないものかと思い、すべての蛍を捕まえる。しかしこの光だけでは不十分であろうと思っていると、たまたま控えていた仲忠が、帝の意を察して、水辺に出て蛍をたくさん集めてきて帝に差し上げる。帝はこれを
  『尚侍の侍ひ給ふ几帳の帷子を(横木に)うち掛け給ひて・・尚侍のほど近きに、この蛍をさし寄せて、包みながら(包んだまま)うそぶき(口をつぼめて息を大きく出す)給へば、さる薄物の御直衣にそこら(たくさん)包まれたれば、残る所なく見ゆる時に、尚侍、「あやしのわざや」とうち笑ひて・・』
  源氏物語はまるでこの『宇津保物語』の写しであることが分かる。でも、宇津保物語の方が、のどかで明るい。隠微な所がない分、快い。帝のあどけない悪戯に、尚侍も「うち笑」って、軽い冗談めいた歌を詠って済ましてしまう。

  蛍の光で、女人を見ようとする話はこれ以外にもあり、『伊勢物語 三十九段』や『大和物語 四十段』にも見える。もちろんこれは「蛍の光 窓の雪」から引かれたもので、当時とすればそれほど珍しい話ではなかったのだろう。それをいかに脚色するかが、作者に問われるところだったのかもしれない。残念ながら源氏物語の脚色は失敗であったと言わざるを得ない。
  そもそも蛍の光りでものが見えるのであろうか。また帷子にそんなにうまく隠しておけるものだろうか。さらに一斉に光り出すなど無理な話ではないのか。真実性を追い求めるために骨身を削り、さまざまな伏線を敷いたり、執拗なほど説明を繰り替えしたり弁解したりするような用心深い紫式部にしては、お粗末なことである。
  恐らく「蛍の光」の故事をどこかで利用したいという思いが強く、その思いが先走ってしまって、現実味をなくした内容になってしまったのだろう。そのために、宮を冒涜しているような印象を与え、読後感がすっきりしなくなってしまった。

 

 


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