源氏物語

源氏物語たより537

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     光源氏の辛らつな嫌味炸裂 源氏物語たより537

  ひどく暑い夏の日、光源氏は釣殿で、若き殿上人たちと酒を酌み肴をつまみにして、ひどくくつろいだ時間を過ごしていた。そこに夕霧を訪ねて内大臣(かつての頭中将)の息子たちもやって来た。源氏は
  『水の上無徳なる、今日の暑かわしさかな。無礼の罪は許されなむや』
と言って、ものに寄りかかって横になってしまった。「せっかく水の上にいるというのに、それも何の役に立たない(無徳)ほどの今日の暑さだなあ。失礼の段は許していただけることだろう」という意味である。そしてこう続ける。
  「こんな暑い日には音楽をするのも興覚ましだし、宮仕えする若い人たちはたまらんだろう。直衣の襟の紐も解けないしな。
どうだね、最近珍しい目の覚めるような話はないかね。どうも歳を取ると、世間のことにも疎くなってしまうもので・・」
と水を向ける。彼らは、太政大臣(源氏)の前ではあり、緊張して控えているしかない。
  すると彼はすかさずそこにいた内大臣の子の弁の少将(柏木の弟)にこう切り出す。
  『いかで聞きしことぞや。「おとどの、この頃、ほか腹の娘訪ね出でて、かしづき給ふなる」とまねぶ人ありしは、まことや。』
  「おとど」とは内大臣のこと、「ほか腹」とは正妻でない女性(愛人など)のこと、「まねぶ」は話すということ。全体の意味は、
「いや、どういう機会に聞いたことか忘れてしまったが、内大臣が正妻の子ではない娘を探し出してきて、大事に育てゝいるそうだが、ほんとなのかね」
ということである。
  実は彼は、この件については先刻承知のことなのだが、弁の少将にとぼけて鎌をかけたのだ。少将は仕方がなかったのであろう、こう応える。
  「それほど大げさに言うべきことでもないのですが、実は父(内大臣)が、自分の実の娘がどこかに隠れている、という夢を見た、と言うのです。この話をある娘がちらりと聞いて、自分こそ内大臣の実の娘である、と名乗り出てきたものですから、兄(柏木)が訪ねて行って連れて来たというわけです。
  詳しいことは知りませんけれど、仰せの通り、確かにこの頃の珍しい話の種の一つには入れてもいいことでしょう」
  源氏はしてやったりと、すかさず得意の嫌味を言い出す。
  「内大臣には大勢の子供がいるというのに、また一人とはなんと欲深なことを。いずれにしてもその娘は間違いなく内大臣の子供であろうよ。何しろ彼は、若い時からその面では乱れていて、無暗やたらとあちらこちらの女の所を紛れ歩いていたからね。素性のわからぬ女に生まれた子は、どうせろくなことはあるまい」
  それを聞いた弁の少将とその弟は、「なんと厳しいことを言われる」と眉をひそめる。

  この娘こそ、後に内大臣一家を悩ませる近江の君である。何しろその早口なこと、内大臣もたじたじで、「その早口だけでも止めてくれたら、わしの命も伸びるというのに」と閉口するほどの速さなのである。
  彼女の軽薄さといったら、源氏物語の多くの登場人物中でも、類を見ないほどである。末摘花も源氏に随分侮られたが、近江の君とは質が違う。この娘は人がどう注意しようが皮肉を言おうが、へこたれない。そして信じられないほど突拍子もない天真爛漫さを発揮する。 
  いずれにしても、源氏の目から見れば話にもならない娘なのである。源氏はそのことをこう表現している。
  『底、清く澄まぬ水にやどる月は、曇りなきやう、いかでかあらむ』
  「素性の知れないような女(水)に生まれた娘(月)が、まともな子であろうはずはない」という意味である。少将たちはこの言葉を「いとからし」と聞いたとある。「からし」は、「つらい、痛切だ」という意味もあるが、別に「むごい、ひどい、残酷だ」などという意味もあり、この場合は当然後者が適している。
  源氏は、近江の君の「あはつけさ(軽薄さ)」についても疾(と)うに知っていることなので、こう言ったのだ。それを内大臣の子供の前で言うのだから、誠にひどい(むごい)ことである。どこかの国のトランプ氏ならとにかく、太政大臣が言うべきではない。彼の品性さえ疑われてしまう言葉である。
  もっとも、彼の目論見は、この言葉が、弁の少将たちを通じて内大臣の耳に入ることなのである。

  彼の毒舌はこれだけでは終わらなかった。今度は夕霧に向かってこう言い出す。
  『朝臣(夕霧)や、さやうの落ち葉をだに拾へ。人わろき名の、後の世に残らむよりは、同じかざしにて慰めむに、なでうことかあらむ』
  「落ち葉」は近江の君のことを言っている。夕霧に向かって、「そのような落ち葉を拾えばいいではないか」というのである。つまり近江の君とでも結婚すればいいというわけである。
  いくら不出来な娘でも「落ち葉」とはひどい表現である。この夕霧、どういうわけか「落ち葉」と縁があって、ずっと後に、柏木の未亡人・落ち葉宮と結婚する。
  それはとにかくとして、「落ち葉を拾え」と言うのでは、夕霧をまで貶めたことにならないのだろうか。

  なぜここまで痛切な言葉を次々吐く必要があったのだろうか。その理由がこの言葉の後半に含まれている。
  「人聞きの悪い評判を後の世に残すよりは、同じ姉妹なのだから、それを妻にして慰めにしても、何の問題もなかろう」
という意味である。これで、夕霧と雲居雁との結婚の件を、源氏が問題にしているのだということが分かる。彼の辛らつな嫌味はここに起因していた。
  夕霧と雲居雁は、幼い時から言い交す筒井筒の仲であったが、内大臣には「含むところ」があって、二人の結婚を頑として認めなかった。そのことを源氏は「人聞きの悪い評判」と言っているのである。そんな評判を後の世に残すのだったら、近江の君は、雲居雁の妹なのだから、内大臣の落とし子には違いはない、だからそれを拾って、雲居雁と結婚できない慰めにしたらいいではないか、と言っているのである。二人の結婚を許さない内大臣に対する激しい憤りから出た言葉であったのだ。
 
  源氏と内大臣は、子供のころからの良き友であるとともに、常にライバルであった。もっとも内大臣は、何をやっても源氏の後塵を拝していたのだが。
  ところが歳とともに、二人は政界の重鎮となって行き、「仲良し」や単なる「ライバル」のレベルでは済まなくなっていた。いわゆる政権争いである。冷泉帝の中宮争いの時には、源氏の養女(六条御息所の娘 前斎宮)が、内大臣の娘・弘徽殿女御に勝って、中宮の位に就いてしまった。
  この事を深く根に持っていた内大臣は、何とか源氏に一矢報いたいと思っていたのだ。その結果が、夕霧と雲居雁の結婚を認めないということであった。
  今度は源氏が、この措置をひどく怨むようになっていた。それが、たまらない暑さの中、また乱れた雰囲気の中で爆発したのである。
  親の争いが、互いの子供に嫌な思いをさせることになってしまった。

  光源氏と言う男は、常は思いやりが深く優しい人柄である一方、いったん気に入らないとなると、非常に冷徹になり、辛辣な言葉や行動に出る。末摘花に見る彼の言行がその典型である。また、後に女三宮と結婚することとなるが、そのあまりに「片なりで、きびは(未熟で、幼い)」な人柄に呆れて、内親王であるにもかかわらず粗略な扱いをし、ついには彼女を不幸な状況に陥れてしまう。

  さて先の源氏の辛らつな嫌味の後日譚を上げて、この項をまとめよう。
  近江の君を迎え取った内大臣の手落ちについて、世間や邸の者まで批判するようになった。ある時、弁の少将は、源氏の例の話を父に伝える。すると彼は
  『さかし。ここにこそは、年ごろ音にも聞こえぬ山がつの子(近江の君)、迎え取りて、ものめかしたつれ。をさをさ人の上もどき給はぬおとど(源氏)、このわたりのことは、耳とどめてぞ、貶め給ふや』
と、素直に源氏の侮辱の言葉を認める。
  「そもそも長い年月噂にもなかった田舎者の娘を引き取って、大事そうに育てているのが間違いだった。めったに人の悪口を言わない源氏に非難されるのも、当然のことよ」
  そして、結局は雲居雁も夕霧に譲ることになる。内大臣の完敗である。彼の連戦連敗でことは終わる。
  
  (しかし、源氏の醜いと言ってもいいほどの辛辣な毒舌が許されていいはずはない。この件については女三宮のことに関連していつか述べてみようと思っている)


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