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源氏物語

源氏物語たより538

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     光源氏のわりなき懸想心~そのまま報道~ 源氏物語たより538

  玉鬘への懸想心断ちがたく、今後どう扱っていくか光源氏は思い悩む。
  『ただ、この御こと(玉鬘のこと)のみ、明け暮れ御心にはかかりたり。なぞかくあいなき(甲斐のない)わざをして、安からぬもの思ひをすらむ。さ思はじ』
とは思うものの、それでも彼女への不埒な言行ばかりは断ち切ることができないで、催馬楽の『貫河』を詠ってみたり、雅楽の『想夫恋』の話をしてみたりする。前者は
  「貫河の瀬々の小菅のやはら手枕 柔らかに寝る夜はなくて・・」
という歌である。この歌を詠った源氏の真意は
  「私の柔らかい手枕をして、あなたと寝たこともなく・・」
という、際どいものである。後者は曲名の通り、男を慕う曲である。そのようなことで、玉鬘に嫌がられるのだけれども、自分の気持ちを抑えることができないのだ。
  彼はいっそのこと契りを結んでしまおうかとさえ思う。しかし、そういう関係になったとしても、六条院の今の女性方よりも手厚くもてなすわけにはいかず、それでは玉鬘にとって気の毒なことになろう、と思い直す。
  あるいは、玉鬘に思い焦がれている男と結婚させてしまおうか、そうすればこの苦しい恋心も和らぐであろう、とも考えたりする。
  それでも、琴を教えることにことづけて、彼女の所にわたって行くのをやめようとはしない。そして会うたびごとに一段と美しさがまさって行く彼女に、心を乱してしまう。結局、「とても他の男と結婚させることなど・・」と、元の木阿弥となってしまって、相も変わらず、日夜、輾転反側する。

  と、彼の頭に名案が閃いた。
  「そうだ、玉鬘をこの六条院に置いたままで、他の男と結婚させてしまえばいい」
  実はこの名案こそ、光源氏にしか考え付かない独特な不埒に基づくものなのである。つまり
  「玉鬘をそのままここ六条院に置いておき、男を通わすようにすれば、しかるべき折に玉鬘の所に通って行くことができる。そうして彼女と語り合うことができれば、自分のこの辛い思いも慰められるではないか。
今は男を知らない身であるから、無理に犯してしまうのも可哀想だが、結婚してしまえば、男女の関係がいかなるものか知ることになる。そうすればたとえ犯したとしても罪の意識は随分和らぐことになる。
夫の監視がいくら強かろうが、また人の目が繁かろうが、必ずその機会はあるはずだ」
という魂胆なのである。何ともあさましくも罪深い考え方で、源氏にしかできない芸当である。さすがに語り手も
  『いとけしからぬことなりや』
と呆れる。

  やがて夏になり、六条院の庭に篝火が妖しく揺らめくころとなった。その篝火の元で、二人の間に妖艶な絵巻が繰り広げられることになる。
  源氏の執拗な懸想に弱り切っていた玉鬘であるが、実父である内大臣が、近江の君を冷遇しているという話を聞くにつけ、そんな父親に引き取られなかった幸運を喜ぶのである。(近江の君とは、内大臣が女遊びの結果できた子供で、最近内大臣が引き取ったばかりの娘である)
  とともに、
  『(源氏の)いとど深き御心(情愛)のみまさり給へば、やうやうなつかしううち解け聞え給ふ』
ようにもなっていった。「なつかし」とは、優しく心惹かれるということで、あれほど厭っていた源氏の言動が、逆に優しいものに作用し始めたのである。

  『篝火』の巻では、自然と人事が調和して、玉鬘と源氏との夢幻の世界が現出することになる。その場面は次の美しい文章で始まる。
  『秋になりぬ。初風涼しく吹き出でて、「せこが衣」もうらさびしき心地し給ふ』
  こんな季節になると源氏はとても我慢できなくなり、しばしば玉鬘の所に渡って行って、一日中彼女の部屋に居続け、琴などを教えるのである。「せこが衣」は、古今集の歌  
  『我が背子が衣の裾を吹き返し うら珍らしき秋の初風』
を引いたもので、「うらさびし」を導くために序であるが、単にそれだけではなく、二人のなにかうらさびしさを伴う恋の世界を効果的に演出してもいる引き歌である。
  その夜の外の様子は
  『五、六日の夕月夜は、とく入りて、少し雲がくる気色、をぎ(荻の葉)の音、やうやうあはれなるほどになりにけり』
 
  このようは情緒纏綿とした風情を背景にして、なんと、二人は琴を枕にして
  『もろともに添ひ臥し給へり』
という、許されざる行動に出るのである。

  それにしても、琴を枕にして添い臥すとはどういうことなのであろうか。この「琴」は和琴だそうで、弦は六本、琴柱は楓の二股の小枝をそのまま使ったという(広辞苑)。そこに弦が張ってあるわけで、そんなものを枕にしたら、すぐに壊れてしまう。でも琴の名手である源氏が、琴を壊すようなことをするはずもない、・・などと、せっかくの優艶な場面なのに、艶消しな下衆の勘繰りをしてしまうほど、現代の我々には想像のできない情況である。
  いずれにしても、自分の「やはら手枕」に寝かせるわけにもいかないから、源氏が、玉鬘の肩を抱きながら、琴に横たわらせたに決まっている。

  いかにも危うい情況ではあるが、源氏の不埒もここまでで、それ以上の行為に及ぶわけにもいかない。なぜなら、周囲には女房たちが大勢控えているのだから。そしてこう嘆く。
  『かかるたぐひあらんや』
  「添い臥しているだけで、それ以上のこともできない男女の関係なんてあるだろうか」というのだ。これも誠に不埒と言えば不埒である。
  一触即発の危機を回避して、源氏は自分の部屋に戻ろうとする。
  彼は消えかかっていた篝火に、更に薪を加えるよう家人に言いつける。その篝火の光りに
  『いと涼しげなる遣水の辺に,けしき殊に広ごり臥したる檀(まゆみ)の木の下に、打松おどろおどろしからぬほどにおきて、(玉鬘の所から遠く)さし退きて灯したれば、御前の方はいと涼しく、をかしきほどなる光に、女の御ありさま、見るに甲斐あり。御髪の手あたりなど、いと冷やかに、あてはかなる心地して・・』
  玉鬘の所から、自分の部屋に帰ったのかと思ったら、まだ彼の手には玉鬘が抱かれていた。それどころか彼の手は女の髪を撫でていたのだ。それはとても「冷ややか」な感触であったというのだから、困った人である。

  篝火に映える絶世の美女と稀代の美男の貴公子が繰り広げる妖艶な幻想世界。平安貴族の雅を尽くしたような情景に、当時の読者たち(姫君)はさぞうっとりしたことであろう。その背景になっている夕月夜や荻の葉音や広がり臥している檀や、あるいは積まれた割木(打松)などが、幻想世界を効果あらしめる舞台装置になっている。
全体の文章もまことに美しい。

  しかし内実は、どろどろとした男の情念が、煙となってくすぶっている様を描き出したもので、人間の性(さが)のあさましさを映し出しているのである。この時、光源氏三十六歳。玉鬘二十二歳。養父と養女の関係である。
  自分の部屋に戻る時に、源氏はこんな歌を詠んで玉鬘を困らせる。
  『篝火にたち添ふ恋の煙こそ 世には絶えせぬ炎なりけれ』
  (篝火に添うように立ち上る私の恋心は、いつまでも消えることのない炎なのです)
  そしてまたこんなことも付け加えるのである。
  「いつまであなたは私をこんな下燃えの情況のままにしておくのですか。苦しくてたまりません」




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