源氏物語

源氏物語たより539

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     内大臣への揶揄やまず   源氏物語たより539

  娘(近江の君)がどういう人柄であるかも調べることなく自分の娘として引き取り、今になってその娘の「あはつけさ」に困惑しているという内大臣を、光源氏は『常夏』の巻で痛烈に批判した。しかも大勢の上達部を前にして、内大臣の息子(弁の少将)に直接嫌味たっぷりに言うのだから、たちが悪い。太政大臣としての品さえ疑ってしまうような言動であった。
  この内大臣への批判や揶揄の気持ちは、五年たった『若菜上』の巻になっても源氏から消えてはいなかった。

  三月(やよい)の空もうららかなある日、蛍宮や柏木(内大臣の嫡男 内大臣は今は太政大臣)が六条院に集まっていた。さらにそこに夕霧が大勢の仲間を連れてやって来た。夕霧たちは今まで六条院の丑寅の館で蹴鞠をして遊んでいたのだ。源氏はその続きをこちらでやるよう促す。
  風もなく桜の花も満開、蹴鞠には申し分ない条件が整った。彼らは、寝殿の東面の恰好な場所を占めて、花の散るのも忘れて蹴鞠に興ずる。中でも柏木の足さばきは見事なもので断然他を圧している。

  (この時である、蹴鞠に疲れたのであろう、柏木と夕霧が御階(みはし 階のこと)の所で休んでいると、突然唐猫が飛び出してきて、御簾をめくり上げ、部屋の中を露わにしたのは。なんとその御簾の後ろには袿姿の女性が立っているではないか。その姿を二人の男に見られてしまったのである。この女性こそ源氏の北の方であり、後に柏木と過ちを犯すことになる女三宮であった。)

  蹴鞠が終わると、東の対に場所を移して宴が始まった。椿餅や梨や蜜柑など様々な食べ物が饗され、若い上達部たちはそれらを
  『そぼれ取り食ふ』
のである。
  そこで源氏が昔話をしているうちに、柏木に向かってこう声をかける。
   『おほき大臣(太政大臣)の、よろづのことに立ち並びて、勝ち負けの定めし給ひし中に、鞠なん、え及ばずなりにし。はかなきことは伝へあるまじけれど、ものの筋はなほこよなかりけり。いと目も及ばずかし。功こそ見えつれ』
  「太政大臣は、いろいろの面で私と勝った負けたの争いごとをしたものですけれども、蹴鞠だけはどうしても彼には勝てませんでした。「はかなきこと」には家の伝え(家伝)などあるわけはないでしょうが、一つのことに抜きんでるという血筋は、やはり争えないものですね。あなたの蹴鞠は目も及ばないほど優れていました」
  柏木の蹴鞠の業を褒めたのであるが、ただ、どうも額面通りには受け止め兼ねる言い方で、手放しでは喜べない多分に眉唾なもの言いである。
  どうして素直な言葉でないのかは、後に回すことにしよう。
  源氏の言葉を受けて、柏木は、にこりとしながら
  「公的な面、世に役立つ面では劣っております私の家系でございますから、蹴鞠の件が家伝となって伝わったとしても、子孫にとっては何の面目ともなりません」
と答える。すると源氏は、さらに冗談交じりにこう突っ込む。
  「いやいや、何事でも他に勝れた点があれば、それをちゃんと書きとめておくべきですよ。家伝として書きとどめておけば、それはそれでとても面白いのではないのでしょうか」

  源氏の最初の言葉の中に、蹴鞠などは「はかなきこと」とある。「はかなし」には、「無情」とか「むなしい」という意味もあるが、「かりそめだ」とか「たいしたことがない、取るに足らない」という意味もある。源氏は当然後者の意味で言っている。つまり「蹴鞠などは取るに足りないことだけど」ということである。そう言いながら、家伝がどうのとか、家伝として書き遺しておくべきだとか言っているのだ。取るに足りないようなことをどうして家伝に残す必要があろうか。完全に相手を愚弄しているとしか取れない言い草である。
  また、太政大臣は若い時から、自分にあれこれ勝ち負けを挑んできたが、「鞠なん、え及ばずなりにし」とも言っている。どうでもいいような蹴鞠に、負けも勝ちもない。彼には、蹴鞠には負けたけれど、他のことでは負けたことがない、という裏の心もここには込められているのだ。
  確かに世の役立つことでは、源氏は、太政大臣に一度として負けていない。とにかくどんな分野においても、源氏はずば抜けた才能を持っているのだから、太政大臣のみならず源氏に勝てる者などいるはずはない。太政大臣が、源氏に勝った例として、あえて挙げるとすれば、源氏の息子・夕霧に、娘の雲居雁を許さなかったことぐらいであろう。しかしこれとて最後には源氏の完勝に終わっているのだ。

  蹴鞠が、当時本当に「取るに足りないこと」であったかどうかは分からないが、少なくとも優雅や「あはれ」とはほど遠いものであったことは、なんとなく予想できる。
  『枕草子』の二百二十段にはこんな文章がある。
  『遊びわざは、小弓。碁。さまあしけれど鞠もをかし』
  「さまあし」とは、「格好が悪い」ということで、蹴鞠は優雅なものとしてとらえられていなかったことはどうも確かなようである。

  実は、六条院での蹴鞠の場面は二ページほどなのだが、このわずか二ページの中に、なんと九回も
  『みだりがはし』
という言葉が出て来るのである。たとえば、
  「みだりがはしきことの、さすがに目さめて」
  「さまよく静かならぬ乱れごと」
  「さすがにみだりがはしき」
  「上臈の乱れて」
などなどである。これは「締まりがなく乱雑である」という意味である。もちろん源氏の言葉もこの中に入っている。
  蹴鞠は「はかなきこと」であると同時に「みだりがはしきこと」でもあった。みだりがはしき遊びであるからこそ、内親王ともあろう女三宮が、二人の男に立ち姿を見られてしまうという前代未聞の醜態を表してしまったのではなかろうか。またみだれがはしき遊びであるがゆえに、彼らの物の食べ方が「そぼれ取り食ふ(大騒ぎしながら戯れ取って食う)」不作法が成立するのだ。
  源氏は、蹴鞠などは「はかなきこと」「みだりがはしきこと」と百も承知で、柏木の蹴鞠の業が
  「目も及ばぬほど優れているから、家伝に残しておけ」
と言っているのである。なんという嫌味であろうか。
  これは柏木を愚弄したものではない。その父に向かって言っているのである。『常夏』の巻で、弁の少将に言ったことと全く同じなのである。
  今では源氏は「准太上天皇」、そしてかつての内大臣は今は太政大臣なのである。そんな立場にあって、未だに互いに妬み嫉みがあるのだ。貴族社会のトップにいる二人が醜く争っているのは、本当に「みだりがはしき」ことだし、「はかなし」ごとではないのだろうか。

 



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