源氏物語

源氏物語たより546

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     鬚黒夫婦の切ないやり取り   源氏物語たより546

  玉鬘と結婚できた鬚黒は、すっかり有頂天になっている。しかし、一方では、今後、北の方(現在の妻)をいかに扱うかが、彼にとっては一大問題になる。北の方の父・式部卿宮は、娘を実家に引き取るとまで言っている。
  そこで、心にあることないことを交えて、北の方の機嫌を取ろうとする。
  「玉を磨いたような源氏の邸(六条院)に通うのもどうも気が重い。それで玉鬘をこちらに連れてこようと思うが、どうか二人で仲良くやって欲しい。式部卿宮はあなたを実家に引き取ると言っているようだが、それも人からの笑われものになってしまう。あなたとは長く一緒に過ごしてきたではないか。これまであなたに契ってきたように、今後ともあなたを大切にするし、玉鬘をも大事に世話するから・・」
  当時は通い婚が通例で、玉鬘は養父である光源氏の邸にいるので、鬚黒はそこに通わなければならない。それが面倒なので、この邸に連れて来れれば一番気楽である、と考えているのだ。しかしここには北の方がいる。その結果、「あなたに契ってきたように」などと、いつ契ったのかもわからないようなことを口にして、宥(なだ)めすかすのである。
  彼の話を聞いた北の方は、まことに理解ある言葉を返してくる。
  「確かに父宮は、このことに関していろいろ嘆きや愚痴を言っていますけれども、私はさしも思いはしません。とにかくあなたがなさるとおりに、見ているばかりです」
  これに対して鬚黒は
  「大層理解あることを言ってくれる。けれども例のことが出て来るとなあ・・」
と不安がりもする。「例のこと」とは、この北の方には気がふれるという病があることを指している。彼女には時折物怪が憑くので、そうなっては、理解ある言葉も無になってしまうのだ。
  とにかくこうして、日一日、北の方の部屋に入って説得をしたり、宥めたりすかしたりして日を暮す。

  そうこうしているうちに次第に外は暮れてきた。あいにくなことに雪まで降ってきた。彼は、鬱勃として玉鬘の所に行きたい思いが湧いてきて、そわそわし始める。しかし、こんな雪をおして出掛けるのも人目が悪い。彼の思いは複雑である。
  「いっそのこと、北の方が憎々しげに嫉妬でもして大騒ぎしてくれれば、こちらも迎え火を立てて(腹を立てて)かえって出かけやすくなろうと言うのに」
  ところが彼女は
  『いとおいらかに、つれなうもてなし給へる』
ものだから、かえって出にくい。おっとりと何も気にしないようにふるまっているというのである。彼は、「出ようか、出まいか」格子もまだ開けっ放しにしてある縁近くに出て、雪が激しく降る外を物思いにふけって眺めているしかない。
  その姿を見た北の方はこう言う。
  『あやにくなめる雪を。いかで分け給はんとすらむ。夜も更けぬめりや』
  「あいにくな雪ですこと。この雪をどう分けてあの人の所にいらっしゃるの。夜も更けてきましたわよ、早くお出かけにならないと」というわけである。まことに冷静にしてしおらしい心づかいで、これには鬚黒の方が戸惑ってしまう。そこで
  『かかる(雪)には、いかで(出られようか)』
と心にもないことを言いながら、一方ではこうも言う。
  「でもな、ここしばらくは通ってやらないと、私の無情について人はとかく言うだろうし・・それにあの人にも気の毒だし・・。それにしても、あなたがこんなにごく普通の状態(気がふれないでいる)だと、他の女に情を分ける気持ちもなくなってしまう」
  これに対して、北の方は言う。
  「あなたがお出かけにならずにここにいたとしても、心がここにないのでは、かえって私にとってはつらいことですわ。よそに行っても私のことを思っていてくだされば、袖の氷も溶けるというものです」
  何といういじらしさ、しおらしさではないか。夫が新しい妻の所に通って行くというのに、そんな悲嘆や憤りを少しも現さない、まさに聖女のふるまいである。

  当時の上級貴族は妻を二人以上持つのが通例であった。たとえば、道長と嫡男・頼通との間に、こんな話がある。頼通はすでに隆姫と言う妻がいて愛し合う仲であったが、そこに三条天皇の娘・女二宮を降嫁させる話が出てきた。道長が積極的に勧めるが、頼通は悲しそうな顔をするばかり。すると道長はこう言って叱る。
  「馬鹿な奴だ、お前は。だいたい男というものは妻の一人や二人は持つものだ。今までお前には子もないし、子を産むためと思えばよいではないか」                                   (村井康彦著 『平安貴族の世界』 徳間書店)
  とはいえ、女にすればやはり辛いことである。道長の父である藤原兼家の妻などはそのために盛んに泣かされている。兼家の妻とは、『蜻蛉日記』の著者の、いわゆる道綱の母である。この日記の中には、正妻でない女の哀しみ・苦しみがこれでもかこれでもかと徹底して書き綴られている。
  鬚黒の北の方のように自分が一歩引き下がることなどなかなかできるものではなかったろうし、現実にはうまくやっていた夫婦など少なかったのではなかろうか。

  北の方の和やかな言葉、優しい心づかいに「それでは」と勢いづいた鬚黒は
  『御火取召して、いよいよ焚き染めさせたてまつり給ふ』
のである。衣服に香を焚き染め、いざ女のもとに、と言うわけである。
  北の方は、糊気のない着物を着て、ほっそりとして目が泣き腫れている。それを見た鬚黒もたまらない。自らの行為を反省しはするが、それでも玉鬘への思いは強く、本意でもないため息などをついて
  『なほ装束し給ひて、小さき火取り取り寄せて、袖に引き入れて(袖に香を)しめ居給へ』
るのである。
  しかし、北の方の冷静さ優しさは、嵐の前の静けさであった。この後、驚天動地のどんでん返しが起こるのだが、それについて詳しく述べることはこの主題から離れるので、簡単に記しておくことにする。
  北の方は鬚黒の後ろに寄って行って、火取りの灰をさっと振り掛けたのである。美麗に着飾り香を焚き染めた鬚黒はたまらない、灰神楽になってしまった。
  先ほどまであんなに優しくふるまっていたのに、これは一体どうしたことであろうか。
  物語は彼女に物怪が付いたことに帰しているが、そうではあるまい。北の方の悲嘆と憤怒と嫉妬が切れて爆発したのだ。彼女もれっきとした式部卿宮の娘である。しかも三人もの子供があり、長年とにかく夫婦として無事にやって来たのだ。そこに太政大臣・光源氏の養女であり、内大臣の実の娘(玉鬘)が降って湧いたように現れたのだ。彼女の屈辱たるやいかばかりであったことか。憤怒は火取りの煙どころか、富士山の噴煙となって燃え盛っていたはずだ。物怪の仕業にしてしまっては気の毒である。女としては当然の行為だったかもしれない。

 このような物語の話や現実の歴史的事実を知ると、 当時の多妻制という貴族の風俗は哀れである、それに比べれば現代の一夫一婦制のなんとのどかで幸せなことか、という思いを持つかもしれないが、現代の夫婦にもそれなりに難しい問題がそれぞれあるのではなかろうか。一時の愛情が醒めた後は、鬚黒の北の方が装ったような嵐の前の静けさをいかに長く保ち得るか、と言うのが夫婦円満の秘訣ということになるのであろうが、それも難しいことである。現在でも火取りの灰をぶちかけるような行為をしている夫婦というものは多いのではなかろうあK。とにかく夫婦の仲というものは複雑なものだ。
  鬚黒夫婦のあり方は、我々にさまざまなことを考えさせてくれるとともに、教訓をも与えてくれる。


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