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源氏物語

源氏物語たより547

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     意思表示する紫上  源氏物語たより547

  源氏物語には数多くの女性が登場するが、自分の感情や意志をはっきり表明する者は少ない。自分の意思・感情を明確に表明できたのは、六条御息所と近江の君くらいであろう。御息所は、娘(後の秋好中宮)の後見になって欲しいと光源氏に依頼した時に
  「ただし、好き好きしき方で娘を見ることのないように」
と、言いにくいことを平然と言ってのけ、源氏に釘を刺した。
  また近江の君は、まめ人の夕霧を見て
  『「これぞな、これぞな」と愛でて、さざめき騒』
いだ。彼女は、他の女房たちが制止するのを振り切って、立派な夕霧を見て「私に相応しい男は、この人だ、この人だ」と愛でて大騒ぎをしたのである。 
  他の女性は、概ね自分の意思や感情を、心の中に抑え込んでしまって、面に出すことをしなかった。
  それは、女性は自分の意志をはっきりと表明できないという平安時代という時代性もあるだろうし、源氏物語が、光源氏と言う主人公の視点から概ね描かれているということにもよるだろう。それらが彼女たちの心奥を見えにくくしていることは確かだ。
  ただ、源氏物語は、現代の小説に多い一人称形式の叙述ではないので、視点はさまざまに動いていく。丁度映画と同じような手法を取っているので、源氏以外の誰の目や心からも叙述されてもいるという特徴を持っている。したがって、女性方の視点からもそれぞれの意思、感情、思考などが描かれてもいいはずなのだが、実際にはそうなっていない。
  葵上も空蝉も夕顔も朧月夜も、みな彼女たちの意思や感情がどうなのか明確につかむことはできない。

  特に、紫上がその典型である。彼女の本当の気持ちはどうなのだろうか、彼女にもちゃんとした考えがあるのではないのだろうか、などと歯がゆく感じることが多い。たとえば、彼女が少しでも不満顔をすると 
  「あなたはすぐ嫉妬するのだから」
とか
  「そこがあなたの可愛いところ」
などと、源氏に咎められてしまったり、はぐらかされてしまったりして、彼女の本音が分からないままになってしまう。私は「哀しい紫上」という文章を何度も書いてきた。その根本は、この本音を言えないままで終わってしまうという彼女の定めに起因しているのである。
  ずっと後の『若菜下』の巻で、紫上が出家を申し出た時に、源氏は
  『それはしも、あるまじきことになん』
と、いとも簡単に拒絶してしまう。それに対して紫上は
  『「例のこと」と心やましくて、涙ぐみ給へる』
だけなのである。「心やまし」とは、満足いかず不快な様を言うが、彼女はその状態のままで、涙ぐんで終わらせてしまうのだ。源氏との夫婦生活は、この『若菜下』の時点で既に二十八年間も経っている。この間、自分の思いを言えないまま、内に秘めて終わってしまったことがいかに多かったことか。
  そして、「心やましい」状態ばかりが続き、そこから受けたフラストレーションが、いかに大きなものであったかは計り知れない。これこそ紫上と言う女性の人生そのものであった。

  そんな彼女の人生の中で、生き生きと源氏に対峙できたのは、『梅枝』の巻の「薫(たき)物合わせ」の時ぐらいではなかったろうか。
  紫上の養女の明石姫君が、春宮に入内することになり、入内のための調度の準備や持参させる薫物の用意が急がれていた時である。
  源氏はこの機会に「薫物合わせ」をしようと思いつく。女性方に薫物を作らせ、誰の香が優れているか競争しようというのである。香料になる沈香、白檀、麝香(じゃこう)伽羅などをすりばちですり、それを二種類作れ、とのお達しを出した。彼女らは、「梅香」や「薫衣香(くぬえこう)」や「黒方」などと言った香を、各自独自の特徴を出して作るのに精を出し始める。
  源氏が、紫上から離れた部屋で薫物作りを始めると、紫上も負けるものかと自分の部屋に閉じ籠って、張り合った。彼女は
  『東の対の、中の放出(廂に設けた特別な部屋)に、御しつらひ殊に深くしなさせ給ひて・・(源氏と)かたみにいどみ合はせ給ふほど、いみじく秘し給へば』
という具合に本気になって作り出したのである。この「放出」という部屋は現代ではどのようなものかわからなくなっているそうだが、恐らく、廂の間の一部を区切って、壁代(かべしろ、カーテン)のようなもので隠したのだろう。「殊に深くしなさせ」とあるから、誰にも見られないような秘密の「しつらい」を用意したのだ。
  彼女がその部屋に籠って、どのように真剣に香を使ったかは描かれてはいないが、「いみじく秘し給へば」という言葉から分かる通り、心の昂ぶりのままに精魂込めて作っていたに違いない。この意気込みは、紫上の「女の哀しみ」ばかりを見せられてきた私にとっては嬉しい限りである。
 
  彼女は、常に源氏の言いなりに動かされてきた。女主としての主体はないのである。三十一歳の現在まで、彼女に幸せな生き方や幸せといえる瞬間すらなかったのではなかろうか。少なくとも物語上では、哀しい出来事の連続ばかりで、彼女に幸せがあったとは読み取ることはできない。
  そのようなことで、この薫物合わせに、彼女の生き生きした姿を始めて垣間見る気がするのである。

  紫上は、「二種類」と言うところを「三種類」提示した。これも彼女の意気込みが大きかった結果であろう。
  この薫物合わせの判者には、源氏の弟・蛍宮が当たった。誰のものが最も優れているかというような評価こそしなかったが、紫上の三種のうちの「梅香」は、
  『はなやかに今めかしう、すこしはやき心しらひを添へて、めずらしき薫り加はれり』というものであった。「華やかで現代的、鋭い感じもあって、新趣向の香りも加わっている」と言うような意味であうか。日ごろ目立つことを控える紫上にしては、殊の外の評価になった。やはり彼女のはやる心が、この評にも表われているし、源氏も
  「この春の時期の風には、最もふさわしい香である」
と高く評価した。
  この「薫物合わせ」は彼女の生涯の中でも、数少ない面立たしいひと時であったのではなかろうか。

  ただ残念なことに、その後彼女に女としての「主体」が戻ることはなかった。
  『女ばかり身をもてなすさまも、ところせう、あはれなるべきものはなし。もののあはれ、折をかしきことをも、見知らぬ様に引き入り、沈みなどすれば、何に付けてか、世に経る栄えばえしさをも、慰むべきぞは。・・(言いたいことも)心にのみ籠めて・・悪しきこと、よきことを思ひ知りながら、埋もれなんも、いふかひなし』
  大約は「女くらい窮屈なものはない。物の情趣を知っていながら、知らないふりをしなければならず、言いたいことがあっても、それを心に籠めておかなければならないとは、何ともつまらないことではないか」というところであろうか。
  夕霧が、柏木の未亡人に恋をした時に、源氏が紫上に向かって、「私の亡き後のお前が気がかりだ」と言った時の、紫上の感慨である。
 


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