源氏物語

源氏物語たより551

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      平安時代の結婚事情  源氏物語たより551

  平安時代の結婚の形態は、現代の我々には考えられないようなものであった。ただここで言う平安時代とは源氏物語が舞台となった時代を指し、平安時代も後期になると結婚の様相は大分変わってしまう。
  この時代の貴族の結婚は、「通い婚」であったことはよく知られているところである。「招婿(しょうせい)婚」とも言い、男が女の家に通う、あるいは女の家が男を招く結婚形態のことである。基本的には、両家の親の了承の基に結婚は成り立つ。結婚に至るまでには通常次のような経緯を踏む。

① 女の噂などを聞いた男が、求愛の手紙を書く。女がこれに応じて歌を返す。
② 男が女の家を訪れるようになる。
③ 男女の契りをする。
④ その後、三か日間は、男は必ず女の所に通わなければならない。
⑤ 三日目に、男女は「三日の夜の餅(みかのよのもちひ)」を食べる。
  さらにこの日に「所顕し」の儀を行う。

  ①の段階では、男は何度も何度も懸想文を出すのが普通である。手紙の頻度や内容によって、女は、男の誠意の程度や人柄や教養を見ているのかもしれない。いわゆる品定めである。よしと見れば初めて女は返歌を贈る。
  このようなやり取りが必要であったために、和歌や仮名文字が発達したとも言われる。
  ②の段階で、男は、最初から女に直接会えるわけではない。簀子まで上げられる、廂の間まで通される、母屋などで几帳越しに話すなどという段取りがある。
  ③の段階では、いかなる支障があろうとも、男は女の所に通わなければならない。
  二日目、あるいは三日目に男が通って来なければ、話はなかったことになる。女のことが気に入らなければ、男は話を反故にすることができるというのだから、一面合理的なようではあるが、女が不利になることは否めない。
  この三日間は無理を押しても通わなければならないために、さまざまな事件が起きるので、物語の恰好な題材となった。
  ⑤の「所顕し(ところあらわし 露顕とも言う)」とは、男が、「自分はどこの誰か」を明確に表すところからきたものだと言う。
  この所顕しで、舅は初めて婿の顔を見る。また、男と女も、この日初めて明るいところで相手の顔を見ることになる。『落窪物語』には、この三日目の日に女が男の顔を見て驚愕したという話が出て来る。男が半端でない馬面だったためである。
  「所顕し」では、親族や知人が集まって宴が催される。盃を交わすのである。これが現代の結婚披露宴に当たるのだろう。

  ところが、必ずしも事はこのような段階を踏んで進むとは限らない。物語などでは、随分ルーズで曖昧な結婚も登場する。
  そもそも 光源氏と紫上の結婚などはその典型なのである。二人は正式な結婚をしているとは言えないのだ。母を亡くし頼りの祖母も亡くした紫上は、源氏に拉致同然に二条院に連れて来られる。もちろん父親の了承などは得ていない。
  その四年後、紫上が女として立派に成長したのを見極めた源氏は、ある夜、彼女と初めて男女の契りを交わす。これが二人にとっての「新手枕」で、結婚初夜に当たる。この時の三日の夜の餅は、惟光の機転によって、なんとか細々無事に済ますことができたが、所顕しなども行っていない。これではとても正式な結婚とは言い難い。
  紫上は、源氏にこよなく愛されていたということに間違いはないのだが、正式に結婚していないということが、後に彼女の大きな負い目になってくる。女三宮の降嫁で、彼女が精神的に追い詰められたのも、元々はこれが原因である。

  鬚黒大将と玉鬘の結婚なども、あまりに突然なことであった。女房の弁御許の手引きでなし崩しのように結婚してしまったのだ。玉鬘は、一番嫌っていた鬚黒を婿にする羽目になってしまった。彼は当初は当て馬に過ぎなかったのだから、誰もが意外な成り行きに驚いた。彼自身が飛び上るほどに歓んだというのだから、その意外さは推して知ることができる。玉鬘の悲嘆は激しかったし、養父の源氏の落胆も大きかった。
  どうやら、鬚黒は、源氏には内緒で弁御許を盛んに責めるとともに、実父である内大臣をもこっそり籠絡していたようである。
  彼は、玉鬘との結婚でもう一つの奇策を打っている。それは当時の「通い婚」という習慣にのっとれば、六条院に通わなければならないのだが、源氏の存在が怪しいし煩わしいこともあったのだろう、自分の邸に引き取ってしまった。そのために、今までの北の方は、実家に放り出されるような結果(離縁)になってしまった。

  夕霧と雲居雁の結婚も面白い。二人は幼い頃から相愛の仲ではあったが、雲居雁の父(後の内大臣)が許さない。しかしその四年後、内大臣が軟化してきて、二人の結婚を認めようとする。
  内大臣は、夕霧を藤の宴に招き、これを正式な結婚承諾の機会にしようと計算する。それはこんな日のことであった。
  『七日の夕月夜、影ほのかなるに、池の鏡、のどかに澄み渡れり。げにまだほのかなる梢どもの、さうざうしき頃なるに、いといたうけしきばみ、横たはれる松の、木高きほどにはあらぬに、懸かれる(藤の)花の様、世の常ならず、おもしろし』
  藤の宴もたけなわの頃、夕霧は、酔ったふりをして柏木にこう言う。
  『みだり心地、いと堪へ難くて、まかでなん空もほどほどしくこそ侍りぬべけれ。宿直(とのい)所、ゆづり給ひてんや』
  「酔っぱらってしまって帰るにもおぼつかない。どこか部屋を所望したいのだが」ということであるが、早い話、雲居雁の所に案内せよということである。すると柏木は彼をからかって、こう言う。
  「いや、一夜だけの仮寝ではねえ(浮気な気持ちでは案内しかねる。末永く夫婦になると言うのならともかく)」
  これを受けて夕霧はこう応える。
  「色の変わらないあの松のような(浮気でない)私が、美しい藤の花(雲居雁)と契るのですよ。どうぞ御安心のほどを」
ということで、柏木は喜んで彼を雲居雁の所に連れて行く。翌朝夕霧は、明るくなるのも知らず顔に、雲居雁の所から出てこない。一日目と二日目の朝は夜の明けぬうちに帰るのがルールだったのだ。そんな夕霧を見みて、内大臣は笑う。
  「なんと得意げな顔をして、朝寝をしていることよ」
  こうして二人の長年の願望が叶ったのである。ここには所顕しの話は出てこないが、准太上天皇の嫡男と内大臣の娘との結婚であるから、当然華々しく行われたのであろう。誰からも祝福される結婚となった。

  宇治十帖の匂宮と中君との結婚も大層なドラマであった。
  自分の出生に疑問を抱いた薫(源氏の子で、実は柏木と女三宮との不義の子)は、生きることに懐疑的になり、仏道を求めて、宇治に逼塞している俗聖とも言われている八の宮(源氏の弟)に教えを乞うため、宇治通いを始める。
  八の宮には美しい二人の娘がいた。薫の仏道志向はいつか疎かになり、姉の大君に心を奪われるようになる。ところが大君は、薫に少しも心を開こうとしない。彼女は、
  「妹・中君をこそ薫に・・」
と頑なに思うようになっていたのである。そこで薫は一計を案じる。親友の匂宮(明石姫君の子で源氏の孫)を中君の婿にしてしまえば、大君は自分の方に靡いてくるはずだと目論んだのだ。
  そこで、ある夜、匂宮を宇治に案内する。匂宮は、薫の声を真似て中君の部屋に入り込んで、そのまま契ってしまう。簀子も廂の間も母屋も無視である。相手の意思に全く関係なく、強姦まがいに結婚の事実を作り出してしまったということである。
  ところが、彼は、今上の第三皇子であり、次期春宮の候補の一人でもある。さらに明石中宮(明石姫君)鍾愛の皇子でもあるので、京から遠い宇治まで三日間も通うことなど容易なことではない。ところがなんと、彼は無理に無理を押して通い切ってしまったのである。特に三日目の夜などは、「荒々しい風を突いて」真夜中に宇治に着いた。もちろん所顕しなどはできるはずはないが、それでもこれをもって正式に結婚が成立したということになった。
  しかし、それ以後は宇治に通うことなどとてもできるはずもなく、結局彼は中君を二条院に迎えることになるのである。

  この匂宮は、やがてもう一人の妻をめとることになる。左大臣・夕霧の娘・六の君であるから、当然、こちらが北の方ということになる。この時の六の君との結婚の所顕しの模様が詳細に描かれる。六条院(夕霧の屋敷)の寝殿の南の廂の間に、匂宮の御座がしつらえられ、夕霧の親族はもちろん、世に名高い殿上人があまた参列する。眼にも綾なる調度類がずらりと並び、またかずけ物は豪奢を極め、召使いや舎人にまで配られるという盛儀であった。その様を作者は
  『かく賑はしく、華やかなることは、見る甲斐あれば、物語などにもまづ言ひ立てたるにやあらむ。されど、詳しうはえぞ数へ立てざりけるとにや』
と表現している。 たいそう華々しく賑わしい儀式だから、物語などにもよく取り上げられるのだが、でももなかなか書ききることはできないのだとか」といって、省いてしまっている。
  作者は「所顕し」のことをこうも言っている。
  『(所顕しなどは)珍しからぬこと、書きおくこそ、憎けれ』
  「所顕しなどは当然のこと過ぎて、わざわざそれを書き残しておくなど、いかにも気の利かないことだ」というのだが、現代の我々にとっては珍しいことである。いずれにしても、六の君とも結婚の様は、宇治での中の君との結婚とは、雲泥の差となった。

  最後に、先に上げた『落窪物語』の落窪姫と右近少将の結婚の話を上げておこう。
  落窪物語は、その規模といい内容といいその文学的な価値は、源氏物語とは比較にならず、問題にもされない作品なのだが、この結婚の場面だけは、生き生きしていて滑稽で、当時の風俗もよく分かって面白い。先の匂宮と中君の結婚などは、この物語から引いているのではないかと思われる節さえある。
  この物語の主人公・落窪姫は、父は中納言、母は王統で、れっきとした身分であるが、母を早く亡くしてしまったので、今は父の北の方の邸に継子として住んでいる。この北の方が特別の「さがなもの(たちの悪い人間)」で、姫は事あるごとに彼女のいじめにあっている。まともな部屋も与えられず、一段と落ち窪んだ部屋に住んでいるので「落窪姫」と言う。姫は、裁縫が殊の外に得手なので、この邸に通っている婿殿たちの衣装作りを北の方から強制されたりしている。
  ところで、彼女には、無二の話し相手であり頼りでもある「あこぎ」というお付きの女がいた。あこぎは、姫の窮状を思うにつけ、何とかして「良き伴侶を」と思っている。
  あこぎの夫・帯刀はよくここに通ってくる。ある夜、あこぎと帯刀は、落窪姫と右近少将(帯刀の上司)について語りあう。やがて二人は、姫と少将を結びつけるべく考えるようになる。
  北の方が、家族大勢を引き連れて石山詣でをすることになった。邸には人が少なくなり、「少将を手引きするのには絶好の機会到来」とばかりに二人は少々を迎えるべく謀る(たばか)。
  ある雨の夜、帯刀は、あこぎにも内緒で、こっそり策を練る。雨も降っているし、こんな夜にまさか少将がやって来るはずはないと、姫もあこぎも安心しきって話し込んでいた。
  少将がやって来たのを悟った帯刀が、彼をこっそり手引きする。まずは姫を垣間見しなければと思ったのだ。せっかく会っても「心劣りするような女」であってはいけないからである。(この場面、源氏物語の空蝉と軒端荻が碁を打つ姿を垣間見る源氏と似ている)
  さて、帯刀は、姫を一人にしようと、あこぎを呼んで自分たちの部屋に籠った。と、その時、格子を開けるような音がした。少将が姫の部屋に忍び込んだのである。あこぎは「何かおかしい」と思うのだが、帯刀は
  『犬ならむ。鼠ならむぞ。な驚きそ』
と誤魔化す。それでも姫に何かがあってはならないと、あこぎが出て行こうとすると
  『(帯刀はあこぎを)動きもせず、抱き籠められて、かひもなし』
という状態にしてしまう。
  一方少将の方は
  『少将(姫を)とらへながら、装束解きて臥し給ひぬ。女(姫)おそろしう、わびしうて、わななき給ひて泣く』
という事態になっていた。これも強姦まがいの契りであるが、とにかく結婚の第一段階は成就したということになる。
  この後、あこぎは、二日目の夜と三日目の夜とのために、大車輪の働きをする。姫にはろくな衣装もなし、結婚の夜のための調度も食べ物もない。その用意をしなければならないのだ。そこで、あこぎは、叔母から几帳やら夜具やら御膳やら果物やら、あれやこれやの調達に大わらわになる。
  また、この邸のみづし(台所)に行っては、客への食べ物を用立てようとする。特に酒を調達する時のあこぎの手腕は見事なもので、みづしの女が機嫌が悪くないと見て取ってあこぎは、
  『土器(かわらけ 酒のこと)すこし給へ』
と乞い、
  『かたはらなる瓶子を開けて、ただ取りに取る』
のである。みづしの女が
  『「少しは残し給へ」と言えば、「さよ、さよ」(そうですね、そうですね)と言ひて』
たっぷり持ってきてしまった。
 
  さて三日目の夜といえば、例の「餅」が必要になる。あこぎは、またまた叔母に頼み込む。
  『あやしと思さるべけれど、今宵、餅なん、いとあやしきさまに用ひはべる』
と手紙を出して、ちゃっかり用立ててもらう。
  これでいよいよ少将を迎える用意は万端整った。

  ところが、あいにくなことには、この夜は土砂降りの雨になってしまった。いくらなんでもこれでは出かけることができない。帯刀と少将は悩みに悩む。しかし
  『物の初めに、(姫が)悪しう思ふらん』
と、猛烈な雨を犯して二人は姫の所に出かけることにした。「物の初め」とは結婚早々ということである。結婚早々悪く思われてはならないと、濡れ鼠になって姫の所にたどり着く。この道中、実に可笑しなドタバタ喜劇が起こるのだが、省くことにする。
  とにかく無事三日の夜の餅の儀になった。あこぎは叔母が用意してくれた餅を、
  『箱の蓋にをかしう取りなして参りて、「これいかで(これをどうぞ)」と(少将に)言へば、君「いとねぶたし」とて、起き給はねば、「なほこよひご覧ぜよ」とて聞こゆれば、「何ぞ?」とて、頭もたげて見上げ給ふは・・』
という次第で、「とにかく今夜餅を食べてもらわなければ・・」ということで、少将はに餅を三つ食べさせた。姫は恥じらって食べなかったと言うのだが、それはとにかく、三日間通うことがいかに大事であるかとともに、三日の夜の餅を食べることも、結婚するにあたっていかに重要な儀式であったか、ここにうかがうことができる。
  この後、落窪姫と少将は幸せな暮らしをすることになるのだが、少将(後は大臣)は、姫のために、性悪な北の方に徹底した復讐をするようになる。落窪物語は、「巻の二」までは生き生きとしているし、テンポも速いし、当時の風俗や習慣も分かって面白く参考になる。ただそれ以降は、少将の復讐劇が少々あこぎなまでに描かれていて、冗長で飽きが来る。「巻の二」までを読まれることをお勧めする。

  源氏と葵上、源氏と明石君、薫と浮舟などの結婚、あるいは『宇津保物語』などの結婚の様子も上げれば、さらに当時の事情が分かっていいのだが、それでなくても冗長になってしまった。
  代わりに、西村亨著『王朝びとの恋』(大修館書店)が、この間のことを面白く描いているので、紹介しておく。 


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