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源氏物語

源氏物語たより553

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     御袖を捉えるのが得意な夕霧   源氏物語たより553

  『まめなれど何ぞはよけく 刈萱の乱れてあれど悪しけくもなし』

  これは古今集の「雑体」の部にある歌で、随分ふざけた内容である。自暴自棄になった男の歌と思われる。意味は
  「俺はまじめな男であるけれども、だからと言って別に何の好いこともありはしない。俺とは反対に、刈萱(かるかや)が乱れるように随分乱れたこと(男女関係など)をしている奴でも、別に不都合なことがあるわけでもないのだし・・」
である。第五句は「別に罰が当たるわけでもない」という意味も含んでいるのだろう。ふざけた内容ではあるが、人の世の真実でもある。どんなに真面目に、誠実に生きたからといって、別に善い報いがあるわけではないのが人の世の常というものだからである。それに比べて、結構悪いことをしていても、別に罰も当たらず、何の報いも受けずに、のうのうと生きている奴も確かにいる。

  この「まめ」という言葉の意味については「源氏物語たより342」でも詳しく記したところであるし、現在でも「まめに働く」などという言葉があるので概ね予想がつくが、古語としては主に次のような意味で使われている。
 ① 真面目・誠実  ② 勤勉  ③ 実用的
  先の歌の「まめ」は、もちろん①の意味で使われている。しかし、単に真面目・誠実というだけではなく、そこには「浮気でない」というようなニュアンスも含まれている。「伊勢物語」の六十段にこんな話が載っている。
  『昔、男ありけり。宮仕へ忙しく、心もまめならざりけるほどの家刀自(いえとうじ 妻のこと)、まめに思はむといふ人(男)に付きて、人の国へ行にけり』
  宮仕えの忙しさと元々の本性である不誠実な夫に嫌気がさしていたのだろう、この妻に言い寄る男が現れた。男は
「俺は浮気などせず、あなたを真面目に誠実に愛していくから・・」
と優しく訴える。その言葉に乗って妻は男に付いて行ってしまった、という話である。この元の夫が浮気な男であったかどうかは分からないが、とにかく妻に対しては思いやりがなく、優しさに欠けていたということなのだろう。そんな時に別の男が「俺は浮気などせず・・」というような甘い言葉を掛けてくれば、それに靡くのは自然の理というもので、現代でもよくある話である。

  さて、源氏物語に登場する男の中で「まめ」な人間と言えば、まずは夕霧が思い浮かぶ。『夕霧』の巻では彼がいかに「まめ」な人間であったか、いささかくどいほどに描き尽くしている。
  「まめ人の名をとりて、さかしがり給ふ大将(夕霧のこと)」
  「あやしきまめさを」
  「まめ」以外の表現としては
  「うるはしき心」
  「しれじれしきうしろやすさ(馬鹿なほど安心な人柄)」
  「かばかりすくずくしう愚(お)れて、年経たる人は、たぐひあらじかし」
  最後の二つは、夕霧自身が言っている言葉なので、夕霧は、自他ともに「まめ」人間に認め(られ)た典型的な男なのである。「すくずくし」とは「生真面目」ということ、「愚れて」は「間抜けで」という意味で、「私のように馬鹿なほど生真面目な男はこの世にいないだろう」といささか自嘲気味に言っている。

  そういう彼が、頭書の「まめなれど・・」の歌を真面目くさって引くのだから、滑稽というしかない。

  それではこの歌がどういう場面で引かれたのか見てみよう。
  激しい野分の日、夕霧は六条院の女性方を見舞って歩く。最後に明石姫君を見舞おうとした時に、ふと恋しい雲居雁を思い出して、手紙を書く。紙は「紫色の薄様」であった。墨を磨るにも十分な心遣いをし、筆の先を見つめつつ文を丹念に書く。
  その文に、風に吹き乱れた「刈萱」を付けたので、女房たちはびっくりする。普通、紙の色に合わせて草・花を付けるのが常識なのに、紫の紙に乱れた刈萱を付けるとは、非常識そのものである。彼の意図が分からない女房たちは、それを非難する。
  しかし彼の頭には、頭書の「まめなれど・・」の歌が浮かんでいたのだ。雲居雁をこれほど深く誠実に、真剣に愛しているというのに、少しも事情は好転しない。こんなに「まめ」なのに何の報いもないというのなら、いっそのこと、この刈萱のように大いに乱れてやろうではないか、というはかない覚悟なのである。女房たちは、彼が「まめなれど・・」の歌を引いたことに思い至らなかったのだ。
  もちろんだからと言って、雲居雁の父親(以前の頭中将)の反対を押し切って、彼女と寝てしまうほど乱れることのできる男ではない。その点では確かに彼は「まめ」な男と言っていいのかもしれない。

  しかし、本当に彼を「まめ」な人間と言っていいのだろうか。どうもよく分からない。というのは、随分けしからぬ行動も取っているのだから。

  雲居雁との恋がうまく進展しないことにむちゃくちゃしていた夕霧は、気が晴れるかもしれないと、六条院の西の対で行われていた五節の試みの式を見に行く。五節の舞姫は妻戸の所にいた。そこに近づいた夕霧は、美しい舞姫に心を動かし
  『ただにもあらで(平静ではいられなくなって、舞姫の)衣の裾を引き鳴らし給ふ』
のである。舞姫は天皇に御覧に入れる神聖な乙女である。それを突然やって来て、彼女の袖をぐいと引っぱり、自分に注意を向かせようとするのだ。とても「まめな」人間にできる芸当ではない。
 
  彼は、『藤袴』の巻でも、同じようなあるまじきことをしている。
  玉鬘が、本当は自分の姉でないことを知った夕霧は、勃然と好色心を起こす。ある時、蘭の花を持って彼女を訪ねる。その蘭の花についてとかく理屈を言いながら、御簾の前から中に差し入れる。玉鬘が
  『うったへに(とっさに)思ひもよらで取り給ふ御袖を引き動かしたり』
という破廉恥な行動に出たのである。玉鬘が、蘭の花を取ろうとうっかり手を出すと、その袖を掴んでしまった、というのだ。そして、
  「どうぞ一言でもいいから私に“好きだ”という声を掛けてください」
と訴えるのである。
  どう見ても「まめ」な人間とは思えない。

  さらに、これはずっと後年のことであるが、彼はもう一度同じようなことをするのである。
  柏木の未亡人・落葉宮に懸想した夕霧は、猛烈なアタックを始める。ある夜、夕霧は、女房を介して落葉宮と話をしていた。その女房が、宮の部屋に入って行くと、彼はその後に付いて行って、宮の部屋に入り込んでしまった。驚いた宮は慌てて別室に逃げようとする。宮の体は無事別室へ入り込むことができたが、なんと御衣の裾が残ってしまった。それを夕霧は、
  『いとようたどりて、引きとどめたてまつ』
ってしまったのである。

  刈萱は相当乱れていると言わざるを得ない。
  「まめ」人間と定評のある夕霧にして、この体たらくである。当時の「普通」の男はどれほど「乱れて」いたのか想像もつかない。当時の男は、好い女と見れば手当たり次第に破廉恥行為をしたのだろうか。とにかく女と少しでも関わりを持つことができると、 
  「以前からずっと好きでした」
  「死ぬほど愛しています」
というのが、女性に対するエチケットであったという話があるのだが、本当だろうか。
  現代人の感覚からすれば、夕霧の行為は痴漢と言われても仕方がないのだが、どうやら当時とは認識が違うようである。我々は、光源氏を、つい「好色漢」とか「女の敵」とか思ってしまうのだが、そうではなかったのではないだろうか、平安の貴族にとっては、男がそのくらいの行動を取れないようでは、落第であったようだ。
  彼らは、そう言う男女のありかたに風雅や情趣を見出だし、そこに価値基準を置いていたと言えそうである。


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