源氏物語

源氏物語たより565

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     二十回目の読みを始めて   源氏物語たより565

  この八月五日('16年)に、源氏物語の原文読みの十九回目が終わった。読み始めたのが、2008年、丁度源氏物語千年紀に当たり、各地でいろいろの催しが行われていた年である。
  八年間に十九回読んだということは、一年に2、4回読んだことになる。つまり一回を五か月程度の速さで読んでいたということで、これは相当のスピードと言えるのではないだろうか。とにかく読み始めのころは、「意味が分からなくてもいい、難しいところは割愛」などと滅茶苦茶な読み方をしていた。それでも、読むにつれて朧に筋が分かってきたし、やがて登場人物の特性やその人間関係なども把握できるようになっていた。
  十五回頃からは、メモを取ったり各種参考書を読み比べてみたり、自分なりの感想や考え方を文章化したりし始めたので、一回に七か月、九か月とかかるようになった。
  なぜ源氏物語の研究者でもない私が、こんなに何度も読むのだろうか、自分でも理解できないところがあるのだが、とにかくその面白さに魅かれて、というのがその理由になるのかもしれない。それに何度読んでもそのたびに新しいことが発見できるということもある。それほどに、この物語には価値深いものが埋め込まれているということだ。

  とはいえ、二十回目の読みに入るべきかどうか悩んだことも事実である。もう十分味わい尽くしたではないかという思いもあったし、今後の読みの方向も定まっていなかったからだ。しかし、やはりこの物語の「面白さ」には抗しきれず、結局、十日ほど間をおいて再び読みだしてしまった。
  当然のことながら『桐壷』の巻から読み始めたが、十日ほどでもう『夕顔』の巻に入っていた。岩波書店の『日本古典文学大系』と角川書店の『源氏物語評釈』と小学館の『日本の古典』を前に並べて。また林望の『謹訳源氏物語』(祥伝社)や円地文子の『源氏物語』(新潮社)、さらには、瀬戸内源氏や谷崎源氏なども参考にしている。
  勿論、「面白いところ」や優れているところ、気になるところなどを文章化しつつなのに、それでももう『夕顔』の巻に来ていたのである。
  今回も、筋の面白さはもとより、その文章の「細かい配慮」や「事象の繋がり」に、また諧謔や軽妙さに感銘しながら、「お見事!」を連発しつつ時を忘れて読んでいる。

  今後の「源氏物語たより」は、「たより564」で述べた「この物語のどこがどう面白いのか」を視点にして、その都度文章化していってみようと思っている。したがって、短い文があったり長い文があったり、追求不足のものがあったり、あるいは、既に文章化していてダブルってしまたりすることがあるかも知れないが、あまり気にせず書き続けてみよう。

  それでは、「たより566」は『桐壺』の巻の冒頭から始めることにする。


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