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源氏物語

源氏物語たより556

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     『いづれの御時にか・・』に隠れているもの  源氏物語たより566

  『いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひ給ひけるなかに、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めき給ふありけり』

  これは源氏物語の冒頭の文で、日本人の誰もが一度は触れたことがあるだろう。この二行には、ぴんと鋼線を張ったような緊張感が漂っている。『枕草子』の
  『春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山際すこしあかりて、紫だちたる雲の細く棚引きたる』
と比べてみれば、それは歴然としている。もちろん物語と随筆という根本的な違いがあるから、一概に比べるわけにはいかないが、それにしても、冒頭二行には厳然とした作者の意志さえ感じ取ることができるのである。
源氏物語以前の諸物語は、書き出しがパターン化していて、緊張感や作者の意志などというものは、感じ取ることができない。そのいくつかを上げてみよう。まず物語の親と言われる『竹取物語』は
  『今は昔、竹取の翁といふものありけり。野山に交じりて竹を取りつゝ、よろづのことに使ひけり』
であり、『伊勢物語』は
  『昔、男、うゐかうぶりして(元服して)、平城(なら)の京、春日の里に知るよし(領地)して、狩りに往にけり』
である。また『宇津保物語』と『落窪物語』は
  『昔、式部大輔、左大弁かけて(兼任した)清原の王(おほきみ)ありけり』
  『今は昔、中納言なる人の(で)、御女あまた持ち給へるおはしき』
で、いずれも実にのんびりしたもので、この後に展開するドラマを偲ばせるものはない。

  源氏物語は、一気に物語の核心に入っている。それも凄まじいばかりの物語がこれから展開されるのだが、それがここに凝縮されている。「やむごとなき際にはあらぬ」妃が、「時めき給ふ」ことはあってはならないことだからである。現代の我々にで、理解しがたい習わしであるが、当時の人々には驚きをもって迎えられたのではなかろうか。 
  「え!身分のさして高くもない更衣が、帝の寵愛をうける?それでは問題が起こるに決まっているではないか。一体どんな問題が起こるのだろう?」
といぶかしがり、先を知りたくなる。
  田辺聖子は『源氏がたり』(新潮社)の中で、
  「「更衣」は、もともとは天皇のお召ものをお着替えする役目でしたけれども、このころにはお妃の刻み(階級)の一つになっていて、更衣よりちょっと格が上がると女御になります。その上は御息所とか中宮(皇后)という方々ですが・・」
と言っているが、女御と更衣は「ちょっと」どころの格差ではないのである。雲泥の差と言ってもいい。もし両者にそれほどの差がないのだとすれば、源氏物語の後の争いは、あれほど熾烈なものにはならなかったであろうし、冒頭の文に含まれる緊張感も格段に弱くなってしまったことだろう
  田辺聖子は、「御息所」を「これらの妃の上」と言っているがこれも過ちである。「天皇の御寝に侍した宮女」(広辞苑)のことで、女御、更衣と並べて言うこともあるし、一説には皇子、皇女を生んだ女御、更衣を言うこともある。斎宮(秋好中宮)や落葉宮の母親も、「御息所」と呼ばれているが、中宮とは全く違う呼称である。このあたりを間違ってとらえていると、冒頭文の緊張感を把握することができなくなる。

  それと、「いづれの御時にか」には、さらなる意味があることを見落としてはならない。竹取物語や落窪物語などのように「今は昔」と言われても、何もそこで足を止めることはなく、次に読み進めてしまう。しかし、「いづれの御時にか」となると、
  「この物語は、どの帝の御代のことを言おうとしているのだろうか?」
と足を止め、有名な帝をあれこれ推測し、やれ嵯峨天皇かもしれない、醍醐天皇だろう、などと関心を深めながら、物語の中に入って行くはずだ。この「御時」を「時代」と訳しているものもあるが、過ちである。
  さらに、この「御」にも意味がありそうだ。「御時」と言われると、荘重な響きがして、読者は一瞬襟を正すのではなかろうか。読みは「おほんとき」である。「御」にはいろいろな読みがあり、今ではわからくなっている面もあるようである。角川書店の『古語辞典』は、この「御」を、
  「平安時代の古筆資料では、「おほん」が一般的であり、「お」「み」「ご」は限られた場合に用いた接頭語で、「おん」というかな書きの例はない」
と言っており、「強い尊敬の気持ちを名詞に添える語」としている。つまりこの語によって緊張感を読者に強いるということである。現代人にも、「おほん」という語は、独特な響きを感じさせる。
  私たちの「源氏物語を読む会」では「おほん」があまりにも荘重な感じなので、「御」はすべて「おん」に統一している。間違いではあるが、現代語に「おほん」はないし、何しろこの「御」の出て来る頻度が驚くばかりに多いのだ。「おほん」と読むべきか「お」か「み」か「ご」か、煩雑すぎて読みの支障になるから、「おん」に統一してしまっている(もちろん「御前」、「御几帳」、「御達」などは、それぞれ「おまえ」「みきちょう」「ごたち」であるが)のだが、これでは源氏物語の本質に迫ることはできないかもしれない。

  繰り返しになるが、「すぐれて時めき」の、「すぐれ(勝れ)」は「抜きんでている」という意味である。女御よりもはるかに身分の劣る更衣が、抜きんでて帝の寵愛を受けるのだから、女御は黙ってはいない。同じ身分の者でも、心安くない。嫉視や敵意や恨み嫉(そね)みが生じるのも仕方がないし、虐めが起こるのも自明のことである。
  さて、彼女たちはどんな虐めをするというのだろうか、またこの更衣はそれに対してはたして耐えることができるのだろうか、などと読者である姫君たちは、この冒頭二行によって、期待に胸膨らませ、心躍らせながら物語の世界に入って行くのである。

                          関連文書「源氏物語たより57」「同たより149」


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