源氏物語

源氏物語たより567

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     愛の不条理   源氏物語たより567

  桐壷更衣が、どれほど優れた女性であったかは、彼女の生前には物語の上で語られることはない。死後、心ある人たちは
  『さま、かたちなどのめでたかりしこと、心ばせのなだらかにめやすく憎みがたかりしことなど、今ぞおぼし出づる』
と評価しているのだが、「様子や容姿が美しかった」と言っても、どのように美しいのかは分からないし、「気立てが穏やかで感じがよかった」も同じように具体性に欠けている。上の(帝に仕える)女房たちの評価も、
  『人がらのあはれに情けありし御心』
とあり、同じように具体性がなく茫漠としていてよく分からない。
  桐壺帝の思いにやや具体的なところがあると言えるかもしれない。
  『心ことなるものの音をかき鳴らし、はかなく聞こえ出づる言の葉も人よりは殊なりし・・』
  「琴が殊のほか上手だった、またちょっとものを言う言葉も人とは違っていた」というのだ。ただ、入内するような女性には、琴の上手は随分多かったのではなかろうか。あえて言えば、更衣の魅力は、話す時の言葉にあったということになりそうである。しかし、これだけでは帝があれほど更衣を寵愛する理由としては、誠に弱いと言わざるをえない。
  ただそれが「恋」というものなのかもしれない。「どうして好きなのか」の理由は恋には必要のないことだからだ。
  また、恋は盲目であるから、他人がどう諌め非難しても燃え上がってしまった炎を消すことはできない。そのために恋が純粋であればあるほど、狂気に走りやすくなる。小説や歌舞伎などの恰好の題材にされるのは、純粋な恋であり一途な恋である。このような恋は、彼らや彼女らを、想像を超えた行為に走らせる。そこに面白みがあるのであって、生真面目な恋などは、小説や劇の要素にはなりえない。これは洋の東西や時代を問わない。「ロミオとジュリエット」や「心中天網島」や「八百屋お七(好色五人女)」を上げるまでもないであろう。

  桐壷帝は、まさにその一人であった。更衣にどれほどの魅力があったかは問題ではない。好きだから好きなのである。その意味で桐壷帝の恋は、天皇には珍しく「純粋」なものであったと言える。光源氏がよくするかりそめの恋でもなく浮気でもない、心から一途に桐壷更衣を愛していたのだ。

  しかし、天皇というものは、純粋な恋をすることはご法度なのである。愛の深浅に関わらず入内した女御、更衣を等しく愛さなければならない使命があるのである。「等しく」というのは、万遍なくということではない。「決まりに従って」ということである。身分の高い家柄出身の妃を重くし、低いものを軽くしなければならないのだ。したがって、当然、女御に厚くしなければならないことになる。   例えば、女御が二人、更衣が五人いたことにしよう。月の内の通いは、女御が半分というところであろう。したがって、残りの十五日を五人の更衣が身分によって分けるということになる。冒頭に「女御、更衣あまたさぶらひ給ける」とあった桐壷帝はその振り分けに大変である。嵯峨天皇などは二十二人の妃がいたという(子供は五十人)。どのように塩梅していたのだろうか、心配になってしまう。
  後の『絵合』の巻に、このことに関するごたごたが見える。冷泉帝には、すでに弘徽殿女御(かつての頭中将の娘)が入っていたが、そこに光源氏が、前斎宮(六条御息所の娘)を自分の養女として強引に入内させてしまう。前斎宮は既に二十二歳で、帝とは九歳も年上である。帝とすれば、歳も近いし早くからなじんでいる弘徽殿女御が愛しくてならないのだが、源氏のことを慮って、
  『御宿直(とのゐ)などは、等しくし給へど、うちとけたる御童遊びに、昼など渡らせ給ふことは、あながちに(もっぱら弘徽殿女御の所に)おはします』
という状況になってしまった。女御の後ろ盾である、頭中将と源氏に配慮して、自分自身の愛情は制御せざるを得なかったのである。

  ところが桐壷帝は、このご法度を破ってしまった。更衣の所に
  『暇なき御前渡り』
をするというのだから、問題は大きい。弘徽殿女御が怒るのは当然のことである。彼女は右大臣の娘であり、しかも最初に入内し、第一皇子まであるのだから。
  上達部や殿上人には、帝の度を過ぎた更衣寵愛が狂気に見えた。そこで、面白くもないと横目で睨んで
  「こんなことでは唐土の例になりかねない」
と非難するのである。それでも本人はいっかな気にしない。「唐土の例」とは、楊貴妃のことである。玄宗皇帝の寵姫・楊貴妃が、安禄山の反乱の時に、馬嵬(ばかい)で首を刎ねられた有名な歴史である。このままだと日本の国は乱れ更衣は首を刎ねられるようなことになりかねない、と恐れたのだ。
  しかしそれも純粋な愛であるが故の狂気で、誰も止めることはできない。更衣は首を刎ねられることはなかったが、彼女を取り巻く女御、更衣によっていびり殺されてしまった。そういう結果を予測できないのも、帝の愛が真剣であったが故である。

  更衣に死後、帝は
  『御方々の御宿直(とのゐ)なども、絶えてし給はず』
という状況になってしまった。これもおきて破りで、帝としてはあってはならない行為なのである。天皇には国を富ます勤めがあるからだ。
  こうして藤壺宮が現れるまで、帝は鬱々として楽しまなかった。
  藤壺宮が入内して後、彼女をこの上なく寵愛するようになるのだが、今度は女御、更衣たちは文句を言わない。なぜなら宮は先帝の皇女だからである。皇子、皇女は何をおいても尊敬の的であり、犯すべからざる存在だからである。
  しかし、それだけとは考えられない。恐らくこの七、八年の間に、桐壷帝になんらかの変化があったのだろう、と私は考える。それは、彼の天皇としての権威が盤石なものになって来たことのだと思う。桐壷更衣を寵愛したころは、彼はまだまだ若かった。後ろ盾も権威も脆弱であったがゆえに、上達部や殿上人は横目で帝を睨んだり非難したりすることができたのだ。また、女御や更衣も、帝の寵姫ともあろう桐壷更衣に対してこぞってあるまじき虐めをすることができたのだ。
  ところが、この頃になると、彼の無理も通るようになっていた。弘徽殿女御を差し置いて、藤壺宮を中宮にしたことなどは、信じられない措置なのである。また後に、宮との間に生まれた冷泉帝を春宮にしたのも、若い時の彼には考えられないことである。恐らく、帝の権威の上昇に伴って、右大臣の力が弱まって来ていたのかもしれない。
  ということは、藤壺宮への愛は、桐壷更衣への愛よりも、純粋さの点では弱いものであったと言えないだろうか。さしたる無理も困難も努力も必要とせず、愛を全うすることができるのだから。
  そこに源氏が入り込むすきがあったと言ったら、飛躍であろうか。帝の愛が純粋で真剣であったら、源氏の付け入る隙はなかったはずだからである。

  なお、紫式部が仕えた彰子中宮と、清少納言が仕えた定子皇后のありように、桐壷更衣と桐壷帝を偲ばせるものがあるように私は見ている。
  二人はともに一条天皇の后で、定子が先に入内していた。定子皇后は「枕草子」で分かる通り、極めて聡明で、機知に富む明るい人柄であった。一条天皇はこれをこよなく愛していた。
  そこに彰子が入内してきたから、一条天皇の定子に対する愛は簡単なものではなくなった。何しろ彰子は、藤原道長の娘で、道長の権威は絶大なものであった。そのために「宿直(とのゐ)」は等しくあらねばならなくなったはずである。いや道長に遠慮して彰子により厚くしなければならなくなったのではなかろうか。
  しかし、入内した時の彰子は十二歳、聡明で機智に富んだ定子に比べて、天皇は、苦々しい閨を過ごしていたかもしれない。これは源氏と女三宮との関係を見るとよく分かることである。
  一方、定子の家は崩壊の憂き目にあった。そのため彼女は出家してしまうのだが、一条天皇はこれを還俗させる。このことに対する非難も大きかったようであるが、それほどに定子に対する一条天皇の愛は真剣であり純粋であったのだ。定子は、二人目の内親王を産んだ時に死んでしまう。御歳、二十五歳。
  一条天皇は、道長への慮(おもんぱか)りに気をすり減らすとともに、やるかたない憤懣も多かったのではなかろうかと推測される。もっともこの彰子も、才気あるしっかり者で、二人の間はこともなく過ぎて行き、入内九年後には、皇子ができる(後一条天皇)。ただ二人の愛のあり方はどうであったのか、私は知らない。
  三蹟の一人・藤原行成は一条天皇のことを
  「心広く、情け深く、村上天皇以降における好文の賢帝であり、政治にはゆとりを持って当たり、細かい心づかいで世を治め、それは中国の名帝と言われる漢の文帝や唐の太宗の後に続くものである。 (『日本の歴史』集英社)より」
と評価しているというから、彰子との仲もうまくやっていたのであろう。私が心配することではないが、少なくとも、定子のことでは、道長の強引なやり方(たとえば二后並立)には、我慢できないものがあったのではなかろうか。

  思わず歴史の話が長くなってしまったが、当時の天皇には純粋な愛を貫くことができない宿命があったことを言いたかったのである。

  藤壺宮には、桐壷更衣のような悲劇も困難もなかった。あえていえば弘徽殿大后の圧迫があったことぐらいであろうか。それよりも彼女の心に不安をもたらしていたのは、源氏の執拗なほどの求愛と彼との秘事である。公になったら大変なことである。それから逃れるために、宮は出家していく。これも愛の不条理がもたらした結果である。

  とにかく、真実純粋の愛に生きようとすればするほど、リスクは増すし、危険も伴うもののようである。平凡な生き方しかできない身を、幸せと思わなければなるまい。


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