源氏物語

源氏物語たより573

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     はかなく過ぎゆく年月   源氏物語たより573

  帝が、靫負の命婦を故桐壺更衣の里に遣わしたのは
  『野分だちて、にはかに肌寒き夕暮れのほど』
であった。野分とは、九月に吹く台風のことである。更衣が亡くなったのは、光源氏三歳の「夏」であったから、もう二カ月ほど経過したことになる。恐らく四十九日の正日も疾うに過ぎていたのであろう。心づくしの秋、もの思う秋ということで、帝は、更衣のことを偲んで命婦を遣わしたのだ。

  命婦が内裏に戻ると、帝はまだ寝もやらず、何人かの女房たちと物語をしていた。命婦は、更衣亡き後の荒れた里の邸の様子や、娘を慕い嘆く母の様を奏上する。その報告を聞き、帝はこんなふうに反芻する。
  『(更衣を)ご覧じ始めし年月のことさへかき集め、よろづに思し続けられて、時の間もおぼつかなかりしを、かくても月日は経にけり、とあさましう思し召さる』
  この帝の思いは、人生の深い真理に繋がっている。
  更衣が生きていた時には、いなければ片時たりとも気になってじっとしてはいられなかったほどだった。それなのに、いなくなってもう二カ月も経つというのに、いないなりに月日は過ぎていく。そしていないでもそれなりに時を過ごしていける。これは一体どうしたことだろうか。
  「あさまし」とは、まさにこのような時に相応しい言葉と言えよう。「あさまし」は、ことの意外さにびっくりすることであり、呆れることである。また、「情けない」とか「嘆かわしい」とかいう意味もある。愛する者が死んだ当初は、「後を追いたい」、「煙と共に空に昇ってしまいたい」、「一瞬たりとも生きてはいけない」と、あれほど嘆き騒いでいたのに、月日はその激情を薄らげてしまう。涙線も次第に細くしていく。
  でも、それを、情けないことだ、嘆かわしいことだと言って自らを責めてみても、詮ないことである。誰の責任でもないし、誰が無情なのでもない。そんなこととは関係なしに、日は一日一日と過ぎて行く。
  そして、いつか故人は忘却の彼方に霞んでいく。

  ただ、帝はこのように我が身の無情、年月の無情に思い及びはするのだが、それでも更衣の姿が彼の脳裏から消えることはなかった。その点、誠に殊勝な帝といえる。
  この巻の最初に
  『女御・更衣あまたさぶらひ給ふ』
とあった。帝には大勢の女御・更衣がいたということだ。したがって、桐壷更衣に匹敵するような女性がいたかもしれないし、あるいは彼女を越える女性もいたはずである。何しろ、彼女らはいずれも身分卑しからぬ女性で、教養豊かな人ばかりなのだから。
しかし、帝の関心がそれらの女性に移ることはなかった。それどころか
  『年月にそへて、御息所(桐壷更衣)の御ことをおぼし忘るゝ折なし』
であったのである。これは驚異的なことと言っていいのではなかろうか。帝と言えば、自由自在に、どこからでも好きな女性を連れて来ることができた。後の『紅葉賀』の巻に
  『帝、御年ねびまさり(御歳をとり)給ひぬれど、かうやうなる方(好色な面)は、え過ぐさせ給はず。采女、女蔵人などをも、かたち・心あるをば殊にもてはやし、おぼし召したれば、よしある宮仕へ人多かる頃なり』
とある。桐壷帝は、色好みの面では、人に後れを取らぬお方で、采女のような身分の低い者でも、容色に勝れた心だてのよい女性ばかりを集めたので、気の利いた教養ある女性が内裏には大勢集まった、ということである。つまりお気に入りの女性を手に入れようと思えば意のままだったのだ。
  桐壷更衣を愛したころはまだ若かったから純情だったとも言えるかもしれないが、それでも「色好み」の性癖はそう変わるものではない。若い時もそうだったはずである。それにもかかわらず、更衣を忘れることはできなかった、という。
 
  源氏が十一歳の時に、藤壺女御が入内する。桐壷更衣に大変よく似た女性で、帝は激しく心を動かされ、藤壺宮を寵愛するようになる。この時の帝の心の変化が次のように表現される。
  『(悲嘆が)おぼしまぎるとはなけれど、おのづから御心(藤壺に)うつろひて、こよなく思し慰むやうなるも、あはれなるわざなりけり』
  こうして、ようやく彼の心から、更衣の姿が薄れて行く。
  ここの「あはれ」は、いかんともしがたい人の心の変化を言う。しかし桐壷帝の場合は、その心移りを必ずしも「あはれ」と言ってはいけないと思う。
  なぜなら、更衣が亡くなったのは源氏が三歳の時であるから、実に七、八年も経っているのだ。この間、彼は別の女性に心移すことなく、更衣を思い続けていたのだから、これを驚異と言わないで何と表現すべきであろうか。
  それほどに桐壷更衣が優れた女性であった、と言ってしまうのは安易である。
 
  実際の世の中でも、我々は愛する人を失うという情況に必ず直面する。しかし、七、八年間も他の女性に心を動かさないで過ごすということがあるだろうか。おそらく一周忌を過ぎれば、愛する者の影も大分細くなってしまうのではなかろうか。そして夜な夜な、一人寝の寂しさにこらえかねて
  「さ筵(むしろ)に衣片敷き今宵もや 我を待つらむ宇治の橋姫」  (古今集)
の心境で、美しき橋姫でも現れぬものかなどと妄想を始めるのではなかろうか。それに比べて、桐壷帝は年月の推移にもぶれない稀有な人であった。

  一般的にはやはり年月というものは、恐ろしいものである。人の心を激しく揺り動かした記憶さえも消し去って行くのだから。


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