源氏物語

源氏物語たより39

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  厳しい修行の果てに 源氏物語たより39

 私の檀那寺の若き副住職が、京成中山駅に近い法華経寺で、百日間の修行中である。
 法華経寺は、日蓮宗の修行の道場で、以前は山梨の身延山久遠寺で行っていたそうであるが、今はこの寺も修行のメッカになっている。


 修行に入っての50日目と86日目に訪問しお会いした。最初の訪問からまだわずか三十六日間であるが、副住職は随分変わっていられた。

 修行は、あえて真冬の厳しい時期に行われる。今年は特別に寒さが厳しい冬である。さぞつらいことであろう。我々からすれば、なぜ気候の好い春、夏や秋に行わないのだろうと思う。しかし、夏などはかえって精神が弛緩(しかん)してしまって、眠気が出てしまったり、病気になりやすかったりで、つらいのだそうだ。
 睡眠はわずかに2時間半。白い木綿の衣二枚ほどを着、素足である。食べ物と言えば粥に少々の精進物だけ。よく体がもつものだと思う。
 一日の大半は読経である。その間に、一日七回の水垢離の行があるのだそうだ。修行の現場を見ることができないのが残念だが、いつか鎌倉の長勝寺で水垢離の行の実際を見たことがある。あの時も寒い日であった。見ているだけで、卒倒しそうになった。あれが百日も続くのかと、想像するだに恐ろしい。
 読経は、ひたすら大声で、堂を揺るがすほどに、殷々と唱える。まるで怒鳴っているとしか思えない迫力である。ああしないと寒さに耐えられないのかもしれない。もっとも、つい先日、永平寺でやはり何十人の修行僧が行道をしているのを見たが、読経は粛々として静寂なものであった。永平寺は『只管打坐(しかんたざ ひたすら座禅をすること)』で、瞑想をこととするから、静かな声でもいいのだろう。あれに比べて日蓮宗は、なんとも精力的で凄まじいほどである。

 副住職の修行は、今日をもって、八十六日目。いよいよゴールも近い。先に
 「わずか三十六日間にして随分変わっていられた」
と言った。百日目の満願の日には、さらに変わっていられることだろう。あれほどの修行に耐えるということは、並大抵なことではないのだから。
 それにしても僧侶の免許は既に取得しているのだし、あれほどの苦行をわざわざやる必要もなかろうに、と思うのだが、法師は“法の師”である。衆生をさまざまな形で、諄々として説き導かなければならない身である。一般衆生と同じことをしていたのでは意味がない。生半可なことでは務まらないのが法師である。

 平安の人々は、さまざまな機会に法師を頼った。病気平癒に、安産に、旅の安全や財産・身分の保持増進に、来世の安穏に、あるいは国家鎮護や戦勝祈願にと、ことあるごとに、法師は呼ばれた。

 源氏物語にも、法師はいたるところに登場する。光源氏が“わらは病”の治療に北山に上ったのは、そこにかしこき修行僧がいて、霊験あらたかだったからである。また、浮舟を絶望から安穏の境地に導いたのも、比叡山・横川の僧都である。
 源氏が、夕顔のあばら家で、一夜を過ごしたときに隣の家から 『南無当来菩薩』と祈る声が聞こえてきた。
 『御嶽精進にやあらむ、ただ、おきなびたる声に、ぬかづくぞ聞こゆる。立ち居のけはい、いと耐えがたげに・・』
 吉野の金峰山に参詣するために千日の精進(実際には何日間なのだろう)、いわゆる“御嶽精進”をしていたのだ。彼は、経を唱えては何度も床にぬかずき、また立ち上がっては経を唱える。これを何日にわたって行うのだ。
 枕草子にもこの御嶽精進の話が出ている。
 『(身分の)よき男の御嶽精進したる。たて隔てゐて(他から離れて)、うち行ひたるあかつきの額(づき)など、いみじうあはれなり。・・(金峰山に)詣づるほどのありさま、いかならんなど、つつしみおぢたる(おそれている)』
 藤原道長も、御嶽詣でのために、精進所を自宅外に置き、精進潔斎している。何日間行ったかは分からないが、相当期間籠っていたはずで、この間敵方(甥の伊周など)に不穏な動きがないかと心配している。道長の御嶽詣でのすぐ後、娘であり中宮の彰子が懐妊し、彼はこう喜んでいる。
 『「御嶽の御験にや」と、あはれに嬉しうおぼさるべし』
 金峰山に参詣するだけで、これほどの精進をしなければならなかったのだ。修験道の祖・役の行者が金峰山で千日の行を行ったことにならったものだそうだ。
 比叡山では今でも“千日回峰”をしている人がある。
 千日とは、百日の十倍、それだけの苦行を積むことによって初めて、さまざまな霊力を身につけ、さまざまの効験を現わすことができ、さらには衆生を正しく導くことができるということだ。
 それにしても、千日の行とはどれほどのものだろうか、想像を絶する。
 ちなみに、枕草子にはもう一か所、僧とその修行のことが書かれた段がある。
 『思はむ(可愛がっている)子を法師にしたらむこそ、心苦しけれ。ただ木の端(非情なこと)のやうに思ひたるこそ、いとほしけれ。精進物のいとあしき(粗末なもの)をうち食ひ、寝ぬるをも(満足に寝れない)、若きはものもゆかしからむ(女などを見たいことだろう)・・まいて、(修)験者などはいと苦しげなめり(ひどく苦しげに見える)。困じてうち眠れば、「眠りをのみして」など、もどかる(非難される)』

 法華経寺の修行は百日ではあるが、厳寒の中、ひたすらの読経と水垢離の行である。邪念、煩悩を振り切らなければ、できるものではない。そうすることで、人間として一段と鍛えられ磨かれ、人の前に立つことができるのだ。
 帰山式(二月二十日)では、自分の寺に帰って、再び水垢離の荒行をするそうだ。百日の行を経てきた僧にとっては、そんな水垢離などなんということもあるまいが、どんなお姿で帰って来られるのか、楽しみである。
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