源氏物語

源氏物語たより577

 ←源氏物語たより576 →源氏物語たより578
     輝き続けるために   源氏物語たより577

  『薄雲』の巻を読んでいる時に、「源氏物語を読む会」の会員からこんな疑問が出された。
  「光源氏という人は、どうしていつもいつも見境なく女性に対してぎらぎらとした情欲をみなぎらせた行動ばかり取るのでしょう。男の人というのは、みなそういうものなのでしょうか」
  私もそう思う点もあるから、男というものはみなそうなのだろうと邪推されるとすれば、光源氏と言う人物は、男にとっては随分迷惑な存在であると言うしかない。また、女性からも、我らが敵と言われても仕方がない面もある。

  確かにこの巻の後半における源氏の言行には、許し難いものがある。
  冷泉帝に入内した梅壺女御(前斎宮で六条御息所の娘)が、源氏の邸である二条院に里帰りしてきた。源氏が彼女の養父だからである。彼は、女御の部屋にすたすたと入り込み、几帳だけを隔てて女御と直接対話する。これも養父の特権を行使したものである。そして彼女の人となりの優れていることに魅せられていき、次第に本性を露わにしてくる。
  ここで、彼は二度にわたって「あはれ」という言葉を使って、女御に迫っている。最初は、
  「私がこれほどあなたのことを思って、誠心誠意尽くしているのだから、一言でも
  『あはれとだにの給はせずば、いかに甲斐なく侍らん』」
と「あはれ」を強要する。「あはれ」という言葉はさまざまなニュアンスを持つが、この場合は「情愛」の意味で使っている。つまり「一言でもいいから“いとしく思っております”とおっしゃっていただきたい。それでなければ、こんなにお世話している甲斐がありませんから」と、「情愛」を迫ったのだ。
  女御は、何とも答えようがないし不愉快でもあるので黙っていると、さすがに自分の言葉のえげつなさに気付いたのだろう、彼は慌てて話題を変える。
  しかし、これで諦めてしまうような源氏ではない。今度は女御に
  「あなたは春と秋ではどちらが好きですか」
といういわゆる「春秋論争」を吹きかける。しかしこの問題は古来いろいろな学者や文化人によって戦わされてきたのだが、未だに決着のついていない難題である。若い女御が簡単に答えることができる内容ではない。しかし、何も答えないわけにもいかないから、仕方なしに、また心ならずも
  「皆様が、秋は不思議に人恋しさを覚えさせるものと言いますし、私の母も秋に亡くなっていますから・・」
と曖昧に答える。すると、源氏は待っていましたとばかり、こう詠み掛ける。
  『君もさば あはれを交はせ 人知れずわが身にしむる秋の夕風』
  「あなたも秋が好きなのですね。実は私もそうなのですよ。でしたら、互いにあはれを交わそうではありませんか」という意味である。
  さて、この「あはれ」が大問題で、先の「いとしい」どころではないのである。「情を交わしましょう」という意味になるからである。くだけた言い方をすれば、「男女の契りを交わしましょう」と言うのだから、ただ事ではない。
  梅壺女御は、源氏の養女であり、帝の妃なのである。しかも冷泉帝は自分の息子なのだから、息子の妻に男女の関係を迫ったということである。もしこのことが実現していたとしたならば、藤壺宮との密通以上の悪行になってしまう。
 
  「読む会」の方が、源氏は女性の敵、許しがたき行為と感じるのも、むべなるかなである。
  私としても、「男の人はみな光源氏と同じなのでしょうか」という疑問には答えようがないので、梅壺女御のように、仕方なしに曖昧に、
  「男は、概ねそんな傾向があるのではないでしょうか・・」
と答えた。男の不倫やみだらな行いについては連日のように、テレビや雑誌に報道されている。歌舞伎役者が京都の芸子と不倫をした事件などは耳新しいことだ。トランプ氏もそのことで苦境に陥っている。今日は、慶応大学の学生が集団で女性を凌辱したというニュースが流れた。
  ただ、歌舞伎役者の件などは、まだ許せるのではなかろうかと思っている。役作りには、多くの女性と付き合う必要があるからだ。トランプさんも財もあるし男前でもあるから許していいだろう。しかし、最後の慶応大学の学生のニュースは許し難い。
  光源氏は、ああいう品のない悪徳行為は決してしない。先に「見境なく」とあったが、考えてみれば、源氏は見境なく女性を犯すようなことは、一度もしていないのである。空蝉と朧月夜との当初の出会いにはややその気味があるとはいうものの、それでも彼は相手選ばずではない。優れた女性でなければ相手にしなかった。そこが慶応大学の学生とは違うところなのである。

  ところで、話は全く変わってしまうが、最近自分の体に実に不思議な変化があることに気付いた。右の上腕(二の腕)の筋肉が意外に発達していることが分かったのである。いわゆる握りこぶしが、腕を曲げるとポッコリ膨れ上がるのだ。ところが、左腕となると実に貧相で、いくら力を入れて曲げても何の変化もない。
  これはどうしたことかと、最初は納得がいかなかった。そして、やっと気が付いた。「杖のおかげ」であることに。というのは、退職してから八年間、神奈川県内の山やハイキングコースや公園を隈なく歩き回った。行っていないところはほとんどないほどである。で、その時には常に自作の杖を持って歩いていたのだ。もちろん杖は右腕で持って歩く。その結果、右腕の握りこぶしばかりが発達したものであった。
  使う筋肉は発達し、使わない筋肉は衰えていくことは常識である。このことに関して、先日、テレビの健康番組の講師がこう言っていた。
  「使わない筋肉は、自分は必要ないのだと思って、消えていってしまうのです」
  この表現が、人間の体の不思議を見事に言いきっているし、私自分の体験が顕著に証明していたのだ。

  これは筋肉だけの問題ではない。脳も同じであるはずだ。例えば、音楽にしても絵画にしても長らく鑑賞しなければ、その能力は衰えていく。音楽の聴きどころ、絵画の見所も分からなくなり、「音楽なんて何がいいの?」と無関心になり、やがては完全にその面の能力を失ってしまう。

  光源氏は、四十歳になっても子供がいるとは思えないほどの若さであったと言う。それは彼が何に対しても熱い興味・関心を失わないでいたからである。特に女性に対しては常に熱い視線を注いでいた。それこそが彼をして万年青年にしていたのだ。特に若い時には、視線だけでなく、大胆な行動が伴った。そういう源氏をいつも身近で見ていた惟光は呆れるのだが、同時に
  『御齢(よはひ)のほど、人の靡(なび)き愛(め)で聞えたるさまなど思ふには、好き給はざらむも情けなくさうざうしかるべしかし』
とも見ている。歳も若いのだし、女性がみな靡くような源氏さまほどの方なのだから、色好みをしなかったとしたら、何とも情けないし味気なく物足りないだろう、と惟光は思っているのである。常に女性に関心を持ち、優れた女性には大胆に迫っていき、そういう女性と交じわって高度な会話を交わしたからこそ、彼の若さが保てたのだ。恋をし続けたからこそ、彼は輝き続けたのだ。女性にしても、源氏と付き合っていたら、楽しいし実り豊かな時を送っていけるのだ。
  源氏物語の読者もみなそう思っていた。『更級日記』の著者・菅原孝標の娘もこう言っている。
  『物語にある光る源氏などのやうにおはせむ人を、年に一たびにても通はし奉りて』
  年に一回でもいいから源氏さまのような人を通わせてみたいものだ、と言うのである。
  これが当時の一般的な女性の感覚だったのである。女性にとって、光源氏は理想の男であった。
  それは女性だけではない。源氏の弟で風流人である蛍卿宮でさえ、彼に一目置いているのである。源氏ほど、どんな分野に対しても興味・関心を失わない人物はなく、源氏ほど男をも惹きつける力を持っている者はいないからである。『常夏』の巻の水の上での歓談や『若菜上』の蹴鞠の後の小宴では、息子・夕霧の友達を中心にして大勢の若者が彼の周りに集まって騒いでいる。もちろん彼らには源氏の絶大な権勢におもねる意図もあったであろうが、私はむしろ彼の魅力に惹かれてのものと思っている。

  『枕草子』に、こんな一節がある。
  『むかしおぼえて、(今は)不用なるもの。色好みの老いくずほれたる』
  「おぼえ」とは、評判が高いということで、「昔は色好みで有名だった男が、今ではすっかり老い衰えてしまったのは、何とも情けない」という意味である。ここで注意しなければならないことは、「老いくずほれ」ということである。単に「年を取る」ということではない。「くずほれ」が問題で、衰弱する、老衰するという意味である。それは恋をすることをやめてしまったが故で、「使わない部位は衰える」の真理を言っているのである。
  歳を取っても老衰しない人だっている。それは、体力の問題だけではない。もの・ことに対していつも興味・関心を持っているから、気が若々しいのだ。特にいつまでも女性に関心を持つことは若さを保つ秘訣である。下手な体操をするよりはるかにいい。

  「読む会」では、私が中心になっているのだし、その私が源氏を「男にとって迷惑な存在である」とか「女性の敵」などと言っていたのでは始まらない。まして「源氏は不道徳な人非人」などと思って読んでいたのでは全然楽しく読めない。そのためについ源氏に甘くなってしまうのだが、でも、本心から
  「やはり光源氏と言う男は凄い男」
と思っている。


もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 郷愁
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏物語
  • 【源氏物語たより576】へ
  • 【源氏物語たより578】へ
 

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

~ Trackback ~

トラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【源氏物語たより576】へ
  • 【源氏物語たより578】へ