源氏物語

源氏物語たより579

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     滑稽描写が頻発するわけ  源氏物語たより579

  『帚木』の巻の構成は不思議な形を取っている。
『帚木』の巻の前半の内容は、いわゆる「雨夜の品定め」と言われるもので、長雨の続く夜、つれづれに任せて、光源氏を中心にした若い四人の貴公子が女性評定を展開するというものである。
  もっとも四人と言っても左馬頭の独壇場で、彼がひとりでしゃべりまくっていて、源氏は聞いているのかいないのか、時には居眠りでもしているかのように無関心を装っている。源氏を除く頭中将など三人が、女性体験談を披歴した後、左馬頭の結論めいた話で「雨夜の品定め」は終わる。

  そして突然
  『からうじて今日は日の気色も直れり』
とその翌日の話になるのである。長雨が途切れて、珍しく日の光りが明るく射してきたその朝から「空蝉」の話に移って行くのだ。そして、不思議なことには、『帚木』の巻の次に『空蝉』という巻が厳然と存在するのである。どうして「からうじて今日は・・」以降を『空蝉』の巻としなかったのだろうか。
  こういう巻の構成は、読む者にとってはまことに不便である。「空蝉」の話が突如始まるものだから、すっかり戸惑ってしまってどう対応したらいいのか分からなくなってしまう。「源氏物語を読む会」でも、「雨夜の品定め」の話が大変難解なので省略することにしたが、割を食ったように「空蝉」の部分も省略することにしてしまった。その影響で『空蝉』の巻まで割愛する羽目になり、飛ばし飛ばしで『夕顔』の巻に入ってしまったのだ。このことが後々大変な不都合をきたすことになる。
  この奇妙な構成上の問題を、玉上琢哉などは、「大変重大な意味を持っている」というのだが、私にはそうは思えない。紫式部自身も、重大な意味を持って不可解な構成にしたとも思わない。「からうじて今日は」以下を、素直に『空蝉』の巻に入れてもらった方がよかった。
  この問題はここでは一たびおくことにする。

  この「からうじて」以降、空蝉が登場する辺りまでには、滑稽な描写や皮肉や冗談が頻発する。源氏物語にはもともと滑稽な描写が多く、学者の中には紫式部を「ユーモア作家」と位置付ける人さえいる。それにしても、この部分ほど滑稽な描写が頻発する箇所は他にはない。これは一体どうしたことであろうか。
  それではその滑稽な場面を箇条書きにしてみよう。

[第一の笑い]
  「雨夜の品定め」の翌日、源氏は、内裏にばかり籠っていて、妻・葵上の所に久しく行っていないことを申し訳なく思い、彼女の家である大臣邸に出かける。もっとも彼がそう思ったのは、葵上への配慮からではない。葵上に冷たく当たることが、彼女の父・左大臣を悲しませることに繋がるからだ。それが申し訳ないと思わせているにすぎない。
  左大臣邸に行くと、例の通り、葵上はつんと澄まして取り付く島もない。彼女と一緒にいるのは気詰まりなのだろう、源氏はお気に入りの女房たちを集めて、戯れごとなどを言っては梅雨の蒸し暑さを凌いでいた。
  ところがそこに左大臣がやって来てしまう。几帳を隔てて対話しているので、左大臣には自分の姿が見えないのをよいことに、
  『暑きに』
と苦々しい顔をする。「このくそ暑いのに!」と言うわけである。直衣の襟の緒を解いてリラックスしていたのに、襟を正さなければならない人が来てしまった、煩わしいと苦虫をつぶしたのだ。それを見聞きしていた女房たちは、一斉に笑う。源氏は、その笑い声が左大臣に聞こえてはまずいので、慌てて彼女たちを静まらせる。
  確かに源氏は天皇の子ではある。しかし、相手は左大臣でもあり義父でもある。こんな失礼なことを言うべき相手ではない。冗談が過ぎるのだが、それでも彼の天衣無縫には女房共々笑ってしまう。

[第二の笑い]
  日も落ちかかって暗くなり始めた。女房たちが言う。
  『今宵、中神、内裏よりは塞がりてはべり』
  内裏の方向からだと左大臣邸は、中神が鎮座しているので方角が塞がっています、だから方違えをしなければなりませんよ、と注意したのだ。ところが、自分の邸である二条院も方が塞がっている。今更、方違え先を探すのも億劫とばかり、なんと寝てしまった。これには女房たちが驚いた。そこで彼女らは「とんでもないこと」と盛んに諌めるのである。
  寝てしまうという源氏の型破りの行動も可笑しいが、今日が左大臣邸は「方が塞がっている日である」などということは、源氏は先刻承知のはずである。そこにわざわざやって来たのは、直ぐ方違えをしてしまえば、葵上に会う時間を少なくできるからだ。同時に左大臣にも「やっては来ました」ということで面目は立つ。彼の見え透いたポーズと皮肉な魂胆が見て取れて、笑える。
供の者が
  「紀伊守の邸で、最近遣水に手を入れてとても涼しい陰を造ったと言いますよ」
と声をかけると、即座に「それは好い。早速そこに行こう」と乗り気になるのも、早く左大臣邸を離れたいという気持ちを如実に表している。

[第三の笑い]
  紀伊守に「方違え先に」と申し入れると、「父親の奥さんが来ているので・・」とやんわり断ろうとする。すると源氏はこう言う。
  『その人近からんなむ、嬉しかるべき。女遠き旅寝は、もの恐ろしき心地すべきを。ただその几帳の後ろに』
  随分人を食った言い分である。女のいないような旅寝では、もの恐ろしくてならないと言い、その女のいる几帳のすぐ隣に寝たいものだと言うのである。たとえ皇子に生まれたとしても、「女が近くにいない旅寝など空恐ろしい」はずはないし、「女の几帳のすぐ後ろに」などとは、十七歳の若者が言う言葉ではない。
しかも源氏の話を聞いた供の者が 
  『げに、よろしき御座所(おましどころ)にも』
と囃すのである。彼らは、源氏の色好みを知悉しているから、源氏さまにはうってつけだ、と笑うのだ。このあたりを読んでいた当時の姫君たちは、源氏主従のやり取りに笑いを堪(こら)えていたのではあるまいか。

[第四の笑い]
  源氏のふてぶてしさはまだまだ続く。紀伊守が、源氏のお世話をすべくやって来ると彼は
  「寝室の用意はできているかね。そういう配慮がないようでは、面白くないぞ」
と催促する。実はこの時、源氏は催馬楽を使って催促したのである。この催馬楽が、実に卑猥な内容で、「ウニやサザエやアワビ」が登場する。どうやらウニなどは女陰を表すもののようである。
  「女の用意はできているかね。そこまで配慮しないとね」
と言うのだから呆れる。もちろん冗談で言ったものであろうが、源氏に頭の上がらない紀伊守とすれば、はなはだ迷惑だし困惑する冗談である。

  ただ、少なくとも彼の意識の中には、紀伊守が言う「親の妻」が入っていたことに間違いはない。というのは、紀伊守の親というのは伊予介のことで、その妻になった女性(空蝉)については、宮中でも噂になっていたからである。源氏は彼女のことをこんなふうに言っている。
  『(空蝉は)思ひ上がれる気色に聞き置き給へる女なれば、ゆかしくて』
  「思ひあがれる」とは、気位の高いということである。空蝉は、本来ならば内裏に上がって上級女官になっていたであろうが、こと志とは違って、年老いた受領の妻になり下がってしまった。だから、源氏にすれば、そんな失意の彼女には
  「おそらく隙(好き)があるはず」
と思っていたのだ。「ゆかし」とは、見たい逢いたいということである。しかし、まさか「その妻を・・」などとは言えないものだから、ウニだアワビだと言って冗談に紛らわしたのだろう。でも本音であることも事実で、これではひと悶着起こること必定である。

[第五の笑い]
  案の定、夜になると彼は、空蝉を求めて部屋をうろつき始める。彼女は源氏の寝室に近いところに寝ていた。そして一人寝は寂しいからだろう、「中将の君」という女房にこう呼び掛ける。
  『中将の君はいづくにぞ。人げ遠き心地して、もの恐ろし』
  この言葉はどこかで聞いた覚えがある。そう、源氏が紀伊守の邸に来る時に漏らした言葉と同じなのである。
  『その人近からんなむ、嬉しかるべき。女遠き旅寝は、もの恐ろしき心地すべきを』
である。空蝉と源氏の思いが、妙な形で一致してしまった。源氏は彼女の部屋にのこのこと入って行って、こう言う。
  『中将、召しつればなん(参りました)。人知れぬ思ひのしるしある心地して』
  「こうして逢うことができたのは、ずっと以前からこっそりあなたを思い続けてきた験(しるし)であるような気がします」と言うのである。もちろん、空蝉に逢うのは初めてのことである。なんとも驚き呆れた無恥の限りではないか。
  ところで、この「中将、召しつればなん」とはどういう意味であろうか。勘の鈍い者は、見逃してしまうかもしれないが、実は源氏は現在「近衛の中将」のである。つまり、女房の「中将の君」を「近衛の中将」にすり替えてしまったのだ。巧妙にして上等な滑稽である。このあたりを指して紫式部を「ユーモア作家」という人がいるのだろうが、この中将の話などは、ユーモア作家・紫式部の面目躍如である。

  後の『末摘花』の巻も、滑稽や皮肉が多いが、この巻における笑いの方が素直に笑えて楽しい。それにしてもここに滑稽や皮肉や冗談が頻発するのはなぜなのだろうか。
  私は、それは「雨夜の品定め」の余韻が揺曳しているからだと思っている。
  左馬頭の話を、居眠りをしたり興味なさそうに聞いていたりした源氏ではあったが、そんなことはなかったのだ。むしろ誰よりも真剣に聞いていたのだ。
  源氏が今まで相手にしてきた女性は、常にすべて「上の品」であった。ところが、左馬頭や頭中将の話によって、「中の品」に勝れた女性がいるということを初めて源氏は知った。以来彼の脳裏には「中の品の女・・、中の品の女・・」と言う思いが駆け回っていたのだ。たまたま紀伊守は、受領階級のまさに「中の品」であった。空蝉も当然「中の品」になる。彼の心が浮き立たないはずはない。
  「雨夜の品定め」の高揚感が、翌朝まで続いていて、その浮き立った感情が滑稽や冗談や皮肉として迸り出たものと私は考える。



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