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源氏物語

源氏物語たより583

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     何心なき空の気色も   源氏物語たより583

  光源氏は、強引に空蝉と契った翌朝、彼女と別れて、簀子に置かれた小屏風の上から外の景色を眺める。それは
  『月は有明にて、光をさまれるものから、影さやかに見えて、なかなかをかしきあけぼのなり』
という景であった。「今はもう有明の時刻なので、月は光を薄めてその輪郭だけを空にはっきりと残している。その様は、夜中に煌々と照り輝いているよりも、かえって情趣深く見える曙の風情である」と見ていたのである。 
  そして彼はこういう感慨を持つ。
  『何心なき空の気色も、ただ見る人から、艶にも凄くも見ゆるなりけり』
  源氏物語の中には自然の描写が非常に多いが、その意味がこの言葉の中に凝縮されている。つまり源氏物語の自然は、自然そのものとして独立しているわけではない。自然は人の心を映してこそ、その存在理由があるということである。有明の空に残る月には別に何も心があるわけではないが、しかし、見る者の心次第で、優美に見えることもあるし、ぞっとするほど恐ろしく見えることもある、というのである。

  芭蕉は、奥の細道に旅立つに当たって、この部分を次のように引用している。
  『弥生も末の七日、あけぼのの空朧々として、月は有明にて光おさまれるものから、不二の峰かすかに見えて、上野谷中の花の梢またいつかはと心細し』
  芭蕉の目に入った景色は、実に複雑にして万感である。何しろこれから前途三千里の旅に出なければならないのだ。しかも人跡稀な僻地の旅である。いかなる困難が待っていようか計り知れない。
  上野谷中の桜は華やかに咲いているはずであるが、でも彼の目には心細く映るのみである。また月はすっかり光を収めていて朧にかすみ、富士はかすかにその姿を見せている。いずれも心細さを助長するばかりで、再び戻って来られるのかと思うと、目に入るすべての自然が万感の思いを誘う。そして
  『行(く)春や鳥啼き魚の目に泪』
の句を残して奥へと旅立っていく。鳥にも魚にも何心もないのだが。
  『奥の細道』の目的は、現代の観光旅行とは全く違う。もちろん松島、象潟など名勝、風光の地を訪ねはするが、多くは世の変転無常や懐旧の跡を訪ねるものである。だから、彼の目に入る柳は、西行に繋がるものであるし、夏草は、武士(ものふ)の悲劇を偲ぶものである。また佐渡に流れる天の川は、悠久の時の象徴として見るのである。
  芭蕉の句は、すべて自然と心情の混沌で、ここにも平安人の思考方向が色濃く流れていると言ってよい。

  それでは平安に遡って古今集の歌を見てみよう。まず小野小町の例の歌
  『花の色はうつりにけりな いたづらに我が身世にふるながめせしまに』
  絢爛、華麗に散る桜の花も、小町の目には自らの「容色の衰え」を認識させるものでしかない。といって、衰えを留めるつてとてない。いつまでもむなしく降り続く雨を眺めながら、自分もまたむなしくこれからの世を眺め暮らしていくしかないのか。
  次に在原業平が、太政大臣藤原基経の四十歳を賀して詠った歌。
  『さくら花 散りかひ曇れ 老いらくの来むといふなる道まがふがに』
  (桜の花よ 老いというものがやって来るという道が分からなくなるくらいに、曇り乱れて散ってくれまいか)
  目前に桜が散っていたのだろうか。でもその桜は太政大臣を祝うための手段に過ぎない。中心は祝う心であって、自然は従になっている。
  たまたま二首とも桜と人の老いとにかかわる歌になってしまったが、古今集は、自然を嘱目の景としてストレートに詠ってはいない。自然を常に移り変わるものとして捉え、そこにまた人の移り変わる心や人生を共鳴させて表現しているのである。

  このような思考方向は、現代人にはやや縁の薄いものになってしまった。現代人は自然そのものを賛美する。それが一番顕著に表れて文学となったのが、正岡子規が主導した写生歌であろう。子規の弟子(あるいは又弟子)である伊藤左千夫と長塚節と島木赤彦の歌を並べて見てみよう。順に
  『夕闇は四方をつつみて関口の小橋のあたりにほ鳥の鳴く』
   ※「関口」~池水の落ちる辺り、「にほ鳥」~カイツブリ
  『ザボン植えて庭暖かき冬の日の障子に足らず いまは傾きぬ』
   ※「ザボン」~ミカン科の常緑高木
  『降る雨に音するばかり この山のクヌギ若葉は開きけるかも』
  いずれもまことに平明そのもので、一読「ああそうですか」と納得できる歌ばかりである。でも、好き嫌いはあるであろうが、源氏物語や古今集に慣れてしまった目には、何か物足りず、 
  「だからなんなの?」
という感じを否むことができない。

  ただ、現代の我々でも、その時の気持ち次第で、自然が艶に見えたりぞっとするように見えたりすることはあるものだ。嫌なことがあった後に、桜の満開を見ても少しも心弾まないし、楽しいことがあった時には、なんとない道端のスミレの花にも心打たれることもある。「月がとっても青いから 遠回りして行った」のも、何か嬉しいことがあったからだ。

  さて、源氏物語に戻ろう。源氏は、あの夜、空蝉を強姦まがいに犯してしまった。そのためもあろう、あるいは夫・伊予介への懺悔の気持ちもあるのだろう、空蝉は最後まで源氏に心を開こうとはしなかった。源氏ほどの男が言い寄れば靡かな女などいないのだ。彼は、どうしてそこまで頑ななのか納得いかず、盛んに恨み掛かる。しかし、情況は一向に変わらない。自尊心を傷つけられた傷心の気持ちのまま、空蝉を部屋まで送り、先の簀子に出て有明の月を見るという成り行きになるのだが、そんな心境で見た有明の月がどうして彼の心には
  「をかし」
と映ったのだろうか。「をかし」は、「趣がある」、「風流だ」、「素晴らしい」、「美しい」、「面白い」などの意味を持つ。事態が思い通りに展開せず、空しく切なく悔しい気持ちでいた源氏には、むしろ有明の月は「凄く」見えるのではなかろうか。少なくとも「面白い」や「素晴らしい」の意味は当てはまらないし、「趣がある」にしても、彼の心境にはそぐわないから先の論理に悖ることになってしまう。
  さてこれは一体どうしたことであろうか。今考えあぐねているところである。
  でも、いずれにしても彼の論理に間違いはない。

  月形半平太が、三条の宿を出ようとすると、舞妓の雛菊が
  「月様、雨が・・」
と声をかけ、傘を差し出す。すると半平太
  「春雨じゃ、濡れて参ろう」
と傘を断る。なぜ半平太は「濡れて参ろう」と言ったのかが話題になるそうだが、
  「春雨は温かいから、濡れてもいいので」
などと解釈したのでは、自然現象をそのまま受けただけで、艶消しになってしまう。そうではなく、おそらく裏には
  「恋しい女との差しつ差されつの嬉しい一時を過ごしたので、体と心は温かい。だからどんな雨だろうが冷たくは感じない」
などというような心理が流れているのではあるまいか。もしこういう解釈が許されるのなら、月形半平太も、平安人の自然観に繋がってくるのだが。


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