源氏物語

源氏物語たより40

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  紫上はいつも哀しい その1 源氏物語たより40

 紫上は、心から笑ったことがあるのだろうか。心から幸せだと思ったことがあるのだろうか。自己の本心を真実吐露したことがあるのだろうか。

 彼女ほど.主体性がない生き方をした女性も少ないのではないだろうか。いや彼女の場合は、「生きた」というよりも「生かされた」と言った方が当たっているのかもしれない。もちろん平安時代の女性たちが、主体的に生きられたとは思ってはいないが、それにしても紫上は、ロボット的な生き方をするしかなかった女性で、私には、常に彼女は哀しくのみ見えてしかたがないのである。
 朧月夜は、大胆にも男(光源氏)を自邸に呼んで、官能の限りを尽くしているし、六条御息所は、光源氏の煮え切らない愛にきっぱり見切りをつけて、伊勢に下っている。空蝉でさえ、源氏のしゅうねき求愛を賢くかわしているのだ。
 紫上ばかりは、源氏に縛られ続けて生きるしかなかった。しかも、源氏のこれ以上はないという深い愛に守られながらである。

 彼女は、物心がつく以前から、源氏に拉致同然に二条院(源氏の住まい)に引き取られ、源氏の理想に沿って育てられ、そして、源氏の思いのままの最高の女性に造り上げられた。
 しかし、それは、源氏が、常に慕い続け愛し続けてきた藤壺宮という女性の影を映した存在としてである。紫上は、藤壺宮の姪にあたり、面影が似通っていたのだ。つまり紫上は、源氏の理想の女性・藤壺宮のサイボーグのようなものであった。
 源氏は、紫上を、「あなたは最高の女性である」とたたえ、「私にとってあなたほどいとしい存在はない」と言い続けていたにもかかわらず、いつも彼女を裏切り、翻弄し続けた。
 彼女が女盛りであった時には、源氏は須磨・明石に流謫の身となっていたが、そこから、
 「あなたをいかに愛しているか、どれほどあなたのところに飛んで帰りたいか、できることなら今すぐにもここ須磨・明石にあなたを呼び寄せたい」
と、情のかぎりをつくした消息文を紫上の元に送り続けた。
 しかし、一方で、流謫地の女・明石の君と契りを交わし、子供まで作ってしまっている。あの消息文は、あだなる慰めの言葉にすぎなかったのだろうか。

 明石の君とその子が、大堰川(桂川の上流)のほとりに上京してきた時、めかしこんで逢いに行こうとしている源氏に向かって、紫上は珍しく自己表現してこう言う。
 『斧の柄さへ、あらため給はんほどや。待ち遠に』
 (どうせ斧の柄が腐ってしまうほど、長い間大堰にいらっしゃるのでしょう。待ち遠しいことですわ)
 紫上の予想通り、三日と言っていたのに、彼は四日もたって帰ってきた。
 源氏は、いつも紫上が口を開くや「焼きもちやきなのだから」とたしなめ、諭す。この時も、
 「明石の君は、あなたとは比較にならないほどの身分なのだから、それと比較するなど愚かなことです。『“我は我”と思ひなし給へ』」
と諭している。“我は我”とは、「あれはあれ、我は我とおっとりと構えていたらいいのだよ(林望、源氏物語謹訳)」という意味である。そもそも紫上には子供がないのだ。それが常に彼女の負い目になっていたのだ。大堰にいる女は、立派に源氏の子を産んでいる。「我は我」などとのどかに構えていられる状況ではない。焼きもちの一つも焼くのが当然というものである。

 そして、なんと明石の君が生んだ姫君を、「子供が好きだから」という理由で、紫上が引き取り育てることになるのである。もちろんここには源氏の遠大な考えがあるのだが、私の目からすれば、紫上は体の好い乳母にすぎない。
 その姫君を抱いて、彼女は理解に苦しむ行動をとる場面がある。
 『美しげなる御乳をくくめ給ひつつ、戯れいたる御さま』
 彼女は子供を産んだことがないのだから、乳など出るはずはないのに、姫君に自らの乳首を含ませようとしているのだ。比類なく美しい女性が、おそらく比類なく美しいであろう乳房をあらわにして、それを含ませようとしている。なんとも妖艶である。少なくともこれを単なる「戯れ」ととってはならないだろう。あるいは、彼女のはかない抵抗なのか、いずれにしても彼女の複雑な心理は読めない。未だに私には理解できない行為である。

 源氏は、三十九歳の時に、“準太上天皇”に任じられた。
 明石姫君は東宮の妃として入内した。息子・夕霧は、相愛の人であり太政大臣の娘である雲居雁と結婚できた。しかも十八歳にして中納言という洋々たる身分である。
 六条院(源氏の後の住まい)は、まさに「欠けたるところもない」隆盛の極みであった。

 しかし、源氏の理想世界の実現には、画竜点睛を欠くものがあった。それは正妻(北の方)がいないということである。今の源氏に相応しい正妻と言えば、天皇の娘・内親王を置いてない。内親王を娶ることは、六条院を権威づけるための絶対的条件であった。
 ここに朱雀院の娘・女三宮が登場する。女三宮は、藤壺宮の従姉妹の子である。ここにもまた藤壺宮の影がちらついている。天皇の娘であるばかりか、源氏にとって永遠理想の女性・藤壺宮の面影をたたえているかもしれない皇女なのだ。源氏は、朱雀院からこの話があった時に、しぶしぶを装いながらながらもこれを承諾した。恐らく内心では喜びに踊っていたことであろう。
 源氏は、この時、三十九歳。今でいえば六十歳近い。初老である。女三宮は13,4歳であるから、通常ではあり得ない結婚である。
 紫上自身も、源氏が女三宮の婿になるなど、噂として聞いても、
 『さしもあらじ』
と安心して構えていた。
 「朝顔(宮様の娘)の時も、随分熱を上げていたが、そのままになってしまったことだし、歳も来年は四十歳になられる、それにあれほど私を愛していると言ってくれているのだから」
と。ところが、彼女の予期に反して、「さしもあってしまった」のである。六条院の実質的正妻として、今まで安泰であったのが、ここで女三宮がそれを襲うことになった。大逆転劇である。あれほど愛していると言い続けていたのに、紫上が正妻となることはついに潰(つい)えてしまったのである。源氏が、彼女を正妻としなかったのには、こんなこともあろうかという深慮遠謀のもとに開けておいたのかもしれない。
 朱雀院からの話を紫上に伝える時には、さすがに彼も
 『なま心苦しうさまざま思し乱れ』
て、苦しい弁解をする。
 『今はさやうのこともうひうひしく、すさまじく思ひにたれば』
 (この歳になれば女のことなど、こ恥ずかしいかぎりだし、まったく似つかわしくないこととは思うのだが)
 「それならどうして結婚などするのだ!」と紫上に代わって言ってやりたい気持ちになるのだが、源氏は、さらに言い続ける。
 「お前への愛は一向に変わりはしない、いやむしろこのこと(女三宮との結婚)で一層お前への愛は深まるはずだ」
と、身勝手なわけのわからない弁解をする。
 源氏の苦しい言い訳を聞きながら、「天から降ってきたような話だし、私にはどうすることもできないことなのだから」と、紫上は静かにそれを認める。 

 しかし彼女の心の中では激しく苦しい思いが交錯していたのだ。このことでどれほど多くの人々の失笑をかうことになるのだろう。それでも、表面的には
 『いとおいらかにのみもてなし給』
 (まったくおおらかにふるまっていらしゃる)
うしかないのである。しかし、彼女の自尊心はどれほど傷つけられたことであろう。小学館『日本の古典』は、ここのところをこう表現している。
 「苦衷を心内に封じ込め、平気を装う処世態度を持す」
 紫上が苦衷を心内に封じ込めたまま、六条院は、内親王を迎えて、絶対的理想世界が構築された。
 しかし、最大のヒロインである紫上を犠牲にした理想世界など可能なのであろうか。いや、そんなことはないはずだ。そしてそれは確かに六条院が音を立てて崩れていく兆しでもあった。
 我々は、やがて紫上の悲痛な叫びを聞かなければならないことになる。

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