源氏物語

源氏物語たより587

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     大切なことを見落している  源氏物語たより587

  『夕顔』の巻を読むたびに感じることは、源氏物語の専門の方々がなぜあれほど大事で、しかも単純なことを見落としてしまっているのかということである。そのために、この巻の優れている点を見逃してしまっているのではないかと心配になる。このことは今までも何度も述べてきたところであるが、やはり再々度触れなければならないことだと思うので、あえて繰り返してみることにする。そうでないと、紫式部がこの巻の創作にあたって、きめ細かな構想や柔軟な発想のもとに、波乱に満ちたストーリを構築した努力が報われないと思うからである。

  「見落している」というのは、光源氏が惟光の母(源氏の乳母)の病を見舞った時に、しばしむさくるしい五条の大路に車を止めていて、傍らのほどもない屋敷に興味を惹かれ、それを眺める場面についての解釈である。その場の様子がこう描かれている。
  『この家のかたはらに、桧垣といふもの新しうして、上は半蔀(はじとみ)四、五枚ばかり上げ渡して、簾垂などもいと白う涼しげなるに、をかしき額つきの透き影あまた見えて覗く』
  「蔀」とは、簀子と廂の間を遮り、日の光りや雨風を防ぐためのいわゆる雨戸のことである。「半蔀」は、蔀が上下半分に分かれていて、上の部分は外側に釣り上げて軒に水平に支えておく。下の部分ははめ込みになっている。
  源氏が珍しいと思って眺めている家では、上半分が揚げられ、そこに簾垂がかかっているのだが、その簾垂を透かして女たちが見えるという情景である。
  彼女たちは大路の方を眺めているというのだが、何のために眺めているのであろうか。もちろんここだけでは彼女たちの行動の目的はわからない。だが、「あまたの女」が覗いているというのはいかにも異常である。したがってここには何か意味があるはずなのだが、専門家たちはこれについての言及をあまりしていない。
  しかし、このことをはっきりさせないがために、誤った解釈が出てきてしまうのである。
  後に分かることであるが、彼女たちが大路を眺めていたのは、そこを通る貴公子の車を見るためである。では、なぜ彼女たちはそのような異様な行動を取っていたのだろうか。それは彼女たちが、頭中将のお通りを見極めようがためである。
  種明かしをしてしまえば、この邸に住む女主は、誰あろう、『帚木』の巻で、頭中将が「常夏」と言っていた女、頭中将の北の方からの圧迫に堪えられずに姿を消してしまった夕顔なのである。
  頭中将から身を隠したと言っても、やはり彼の存在が常に気になっていたのだ。おそらく女主が、再び頭中将と昔の関係に戻ってくれないものかというはかない願いを彼女たちは持っていたのだろう。
  後に、頭中将の車が通ったと言って、この屋敷の童や女房たちが大騒ぎする場面があることで、そのことを知ることができる。

  さて、源氏はこの屋敷の様子や女たちの行動に興味を持ったのだろう、物見窓から顔を出して覗く。通常貴公子はそんなはしたないことはしないのだが、彼は、どうせこのあたりの者は自分のことなど知っているはずはないと気を許していたのだ。
  するとこの屋敷の切懸塀に見たこともない白い花が咲き懸かっているのを見て、強い関心を寄せ、こう独り言を言う。
  『をちかた人にもの申す』
  彼は、その白い花の名を知りたく思い、古今集の次の旋頭歌を引いたのである。
  『うち渡すをちかた人にもの申す我 そのそこに白く咲けるは何の花ぞも』
  (その向こうにいらっしゃるお方・・そこに咲いている白い花は何という名の花ですか?)
  気を付けなければならないことは、源氏は「をちかた人にもの申す」の部分だけを取り上げて独り言を言ったのではないということである。「うち渡すをちかた人にもの申す我 そのそこに白く咲けるは何の花ぞも」とこの歌全体を朗誦したのである。我々は、源氏物語などに出て来る引き歌を、その部分だけを引いているように錯覚しがちであるが、多くはその歌全体を引き写したりあるいは詠ったりしているのである。
  源氏の独り言を聞きつけた随人は即座に
  『夕顔と申し侍る』
と答えている。しかしこれは野暮な反応と言うしかない。なぜなら源氏は随人に答えてもらいたいと思って、先の旋頭歌を朗誦したわけではないのである。彼は、この屋敷から大路を覗いているあまたの女たちに答えてもらうことであった。そもそも「随人」では「をちかた人」にならないではないか。このことを専門家たちは見落としていると私は言いたいのである。
  ただ、問題なのは、屋敷内にいる女たちに源氏の声が聞こえるかということである。でもそれは安心してよい。何しろ源氏の声たるや
  『迦陵頻伽の声ならむ』(『紅葉賀』の巻)
というほどの美声なのだから。迦陵頻伽とは、極楽浄土に住むという鳥で、「妙音鳥」または「好声鳥」とも呼ばれている美妙な声を持つ鳥である。だから源氏の朗々たる詠唱はどこまでも響き渡って行く。

  更に女たちの行動がそれを可能にする。つまりこの屋敷の女たちは、大路のことに目を注ぐばかりか、耳も一心に傾けていたからこそ、源氏の独り言がさらによく聞き取れたのである。女房たちの先の行動を見落とすと、「源氏の独り言など聞えるはずがないではないか」という短絡した受け取り方になってしまう。
  おそらく女の一人は、主の所に飛んで行って、
  「大路の貴公子が、夕顔の花の名を聞いていますが、いかがいたしましょうか」
と注進に及んだはずである。そのために、後に、黄なる生絹(すずし)の単袴(ひとえばかま)を長く着なした可愛い女の子が、ほどよく香を焚かせた扇を持って出て来るのである。扇には
  『心あてにそれかとぞ見る 白露に光添へたる夕顔の花』
と書かれていた。これこそ源氏の朗誦が彼女たちに聞こえていた証拠である。
  女主の歌の意味は
  「あなたさまがお聞きになっている花は、どの花のことかよくは存じませんが、推量いたしますに、夕日を美しく受けた露によって、一層光を増している夕顔の花を指していらしゃるのではないでしょうか」
である。「をちかた人に」とこの歌が、まだ見ぬ男と女の見事な贈答歌になっているのである。

  このことを専門家の方々の誰もが気づかないというのが不思議でならない。それなのに、「見も知らぬ男に向かって歌を詠いかけるなどは、誠にはしたない行為で、当時あり得ないことであった」などと得々と言っているのである。例えば、玉上琢弥の『源氏物語評釈』(角川書店)を見てみよう。
  「この歌の作り主は結局だれとも明記されていないが、夕顔の花咲く宿の女主人と見るべきだろう。ところが、この女あるじは「源氏物語」の中でも無類のはにかみ屋であって、一目見た路上の人に、こんな歌を贈るべき人ではない。が、この歌がなくてはこの巻の話は起こらないので、この一事は作者の無理、失策なのであろう」
  呆れた評と言うしかない。女主の歌は、源氏の「をちかた人にもの申す」という問いに対する返歌であるということに全く気付いていない。

  玉上琢弥はこの『夕顔』の巻に対して、徹底した批判、中傷、攻撃を仕掛けている。そのいくつかを列記してみよう。
  「この作者は理屈っぽいところがある。とにかくこの夕顔の巻では、作者は筋の運びに自信がないようで、説明やら弁解を(盛んに)試みる」
  (玉上の方がよほど理屈っぽいのだが)
  「物見高いは若い女の常。五条大路を通る車をよく覗くという」
  (これは全く情況を捉えていない。彼女らが大路を覗いていたのは先の理由の通りで、物見高さからではない。それにしてもどの資料にあるのだろうか、五条大路を覗くのは若い女の常、などと一般化しているのだが)
  「夕顔の巻には、こうした不注意がある。ありうべからざることを平気で語った昔話に馴れて、反省が不十分なのである」
  (源氏が廃院に夕顔を連れ出したことに対して、諸条件を考え合わせればあり得ないことと、玉上は怒っているのであるが、よく読んでみるとそんなことはない。それにしても「反省が不十分」とは厳しい)
  この他、やれ「結論を急いでいる」とか、やれ「記憶違いがある」とか散々である。玉上琢弥よれば、『夕霧』の巻はもう物語の体をなしていないということになってしまう。

  源氏が、夕顔と親しく睦んだのは、わずか一カ月ほどで、夕顔の頓死をもって二人の関係は、はかなく終わってしまう。そのわずかな一か月ほどのことではあるが、物語の構成は実に緊密にできていて疎漏がなく、しかも「昔話」的な波乱万丈の面白さも含んでいる。 
  私は、源氏物語の中でもこの巻は、最も娯楽性が豊かであるとともに、男と女の「あはれ」をも見事に描き切った好篇であると思っている。

  実は、先の「をちこち人にもの申す」の旋頭歌の返しの歌も、この物語の陰に隠されて重要な働きをしているのではないかと思っているのである。その返しの歌とは
  『春されば野辺にまづ咲く見れど飽かぬ花 幣(まひ)なしにただ名のるべき花の名なれや』
で、「春が来るとまず咲くこの花は、いくら見ても見飽きない私の愛している花なので、お礼もなしに、ただでこの花の名を教えることなどできません」というつれない返事なのである。
  源氏は、夕顔を廃院に連れ出した時に
  「こんなに親しい関係になったのだから」
と初めて自分の名を告げる。とともに夕顔の名を聞き出そうとするのだが、彼女は頑なに自分の名を明かそうとはしない。そして、ただ
  『海士の子なれば・・』
と言葉を濁すだけであった。源氏が彼女の身分を知ったのはずっと後のことで、彼女の侍女・右近から初めて聞くことになる。源氏は「夕顔の死」という誠に高価な「幣(まひ)」を払っても彼女の名を知ることはできなかったのである。
  この解釈が正しいものであるどうかは知れないけれども、紫式部のことである、そのくらい遠大な構想は持っていたのではなかろうか。

  紫式部は、読者の反応に対してきわめて臆病であり慎重であった。そのために、物語の執筆に当たっては、細心にして用心深く、用意周到極まりなかい。唐突な感を持たれてはいけない時などは、必ずその伏線を事前に張り巡らせている。あるいは、後の記述で「ああ、そういうことだったのか」と読者を納得させる配慮に怠りはない。彼女ほど緊密な構想の上に細心の注意を払って物語を展開する作者はいない。
  だから、彼女の作品に不注意や不十分、無理や失策、あるいは結論を急ぐなどということがあろうはずはないのである。


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