源氏物語

源氏物語たより588その2

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     強姦か密通かその2   源氏物語たより589
  次に、光源氏と、六条御息所、藤壺宮とのかかわりについてみてみよう。この二人に共通するところは、源氏との初回の出会いが物語の上にはなにも描かれていないということである。後に物語の重大な役割を果たす二人が、源氏と初めて会った場面が描かれていないというのは誠に不思議なことで、古来謎とされてきた問題である。そのためにその描かれなかった部分を創作してしまうようなこともなされてきたという。当然のことだが、二人とも源氏との最初の逢瀬があったことは疑う余地はないのだが、その様子が果たしてどんなものであったかは想像する以外にない。
 
  六条御息所は春宮の妃であったのだが、春宮が亡くなって独り身になった。大臣の娘であり春宮の妃でもあるという最高の身分である上に、教養、センスは抜群で、一種の文芸サロンの主的な人物でもあった。人柄も勝れた女性であったのだろう、男たちの憧れの的になっていた。
  「優れた女性」には異常なほどの関心を示す源氏が、この女性を見過ごすはずはなく、猛烈なアタックを開始する。彼女はその熱意に折れたのか、ついに陥落してしまう。この間のことを、今井源衛はこう述べている。
  「この御息所の口説き落としに、源氏がどんな手を使ったかは、何の記事もないことだから分かりようもないけれども、空蝉の場合に示したような、強引極まる迫り方がなかったという保証はない」
  「強引極まる迫り方」とは「強姦」という手段を言っているのだが、私も恐らくそうであろうとは思う。何しろ御息所は、当初は源氏の求愛に対して乗り気ではなかったのだから。それにはいくつかの理由がある。一つには、自分が春宮の妃であったということ、そんな身分の者が再婚ともなれば世間は「尻軽」の評判を立てるであろうと心配したのかもしれない。もう一つは、彼女の歳の問題にある。源氏より九歳も年上ということは、二十歳も半ばを過ぎていたであろう。そのことが
  『齢のほども似げなく、人のもり聞かむに』
と語られている。世間に「いい歳をして・・」と言われるのが耐えられなかったのだ。そんな頑なな心情でいる御息所なので、源氏としても何らかの非常手段を用いざるを得なかったであろう。その手段が「強姦」であったとは考えやすいことである。
  しかし、どうもこの場合も「強姦」という言葉はしっくりしない。片や天皇の子であり、片や春宮の元妃という身分である。しかも教養豊かな二人である。恐らく「性」よりも、源氏の類ない言の葉や諸芸、諸能力に、御息所は自ら体を開いていったと解釈した方が相応しい気がする。
  むしろ私がここで問題にしたいのは、源氏のその後の御息所への対応である。
  『おもぶけ聞こえ給ひて後、ひき返しなのめならんは、いとほしかし』
と源氏が御息所に対して気の毒に思っている。それは彼自身の勝手な振る舞いについてである。「おもぶけ」とは「従わせる」ということ、口説き落とすことである。あれほど強引に口説き落としておきながら、その後、見る影もないほどいい加減な扱いをしていることに、彼自身忸怩(じくじ)たる思いに苛(さいな)まれているのだ。
  しかし彼はそう感じるだけで、結局は夜枯れを続け、ないがしろに扱うことに変わりはなかった。
  私は、こういう仕打ちこそ「暴行」と言うのではあるまいかと思う。一度世話した女性はどんな女でも最後まで面倒を見るという源氏の気長さ、寛容の精神が、御息所に対しては微塵も発揮されないのである。その理由はいろいろあるのだが今は述べまい。
  いずれにしても、彼のそういう「暴行」が、京に生まれ京しか知らない御息所を、はるかなる蛮地・伊勢に追いやるというあさましい結果を招くのである。最初の出会いが「強姦」であったかどうかを問う前に、男の勝手という暴行を問題にすることこそ大切なのではなかろうか。

  藤壺宮との初会の場面も物語には描かれない。『若紫』の巻で、源氏は宮と密会しているが、それが二度目であることは、
  『宮も、あさましかりしを思し出づるだに、世とともの御もの思ひなるを・・』
とあるところからも明らかである。「あさましかりし」の「し」は過去を表す助動詞(「き」の連用形)で、「以前あったあのとんでもない出来事が、生きている間中の物思いの種になっている」というのだから、宮にとっては最初の出会いが相当ショックであったということだ。当然、源氏に泣きつかれた例の王命婦が手引きしたものであろうが、宮が「あさましかりし」と感じているかぎり「強姦」に違いないだろう。
  しかし、これも通常いうところの強姦とは趣を異にする。なぜなら二人は七、八年越しの知り人であるのだから。源氏が十二歳で元服して以来、まともに顔を合わせることはなくなったとはいえ、互いの心に深く浸みこんでいた男であり、女であったのだ。特に源氏は、どんな時にも宮のことが心から離れることとてなかった。事あるたびに彼の脳裏には宮の姿が浮かんでくる。
  この間、宮は源氏のことをどう思っていたのであろうか。それは想像する以外にないのだが、入内当時、桐壷帝は、寵愛する源氏をいつも宮の部屋に連れて行き、御簾の内に入れて宮のそばに控えさせていた。二人は時には言葉を交わすこともあったろうし、現に琴、笛を合奏し合っている。あの頃のことが
  『源氏の君は、(帝の)御あたり去り給はぬを、ましてしげく(宮の所に)渡らせ給ふ御方(宮)は、え恥ぢあへ給はず』
とあった。「え恥ぢあへ給はず」とは、恥ずかしがって隠れようとするのだが、いつも源氏から完全に隠れきるということはできなかった、ということで、御簾や几帳があっても自ずから互いの姿が見え隠れしていたのである。
  光源氏はとびぬけた美少年であった。源氏を思わず見てしまった宮の心は平静ではいられなかったはずである。それに源氏との歳の差はわずか五歳、帝とは二十歳も離れているというのに。
  それから六年後、源氏が突然自分の前に現れる。「あさまし」と思う一方で、宮の心にはどういう漣が立ったであろうか。

  二度目の逢瀬の時、宮は
  「あの時だけで止めようと思っていたのに、こうして再び現れた。何とも辛く悲しい」
と思っていられるのだが、では三度目のように完全に源氏を拒否しただろうか。そうではなく
  『なつかしうらうたげ』
に源氏には見えたのである。「なつかし」とは、心惹かれるということ、優しいということで、源氏には宮の様子が優しく可愛く見えたのである。拒否の態度を貫いていれば、源氏がそう感じるはずはないのである。
  それに何よりもこの二度目の逢瀬は、源氏物語には数少ない愛の絶頂を讃歌するほどの感動的なものとなったのである。今井源衛はこの場面を
  「贈答歌二首を含めて、この条全体を覆う名状しがたい暗鬱な色調は特徴的である。・・そこに通常の密会の恋人たちの歓びはない」
と断定しているのだが、私にはどうしてもそうは読み取れない。このことは何度も述べているが、この二人の逢瀬と贈答歌は、愛の絶唱だと思う。源氏は
  「この夢の中で死んでしまいたい」
と歌い、宮は
  「たとえ夢の中に死んでしまったとしても、世の人はなんと語り伝えるでしょうか。とても辛いことです」
と歌う。歌の中に「死」や「辛い」が詠われていたとしても、暗鬱とは思えないし、むしろ愛する者同士が「このまま永久に」と願った時には、究極、死に向かうのではなかろうか。これほどの相思相愛の男・女を私は知らない。
  これが、一回目の逢瀬が「強姦」でなかった根拠とならないだろうか。

  (余談)
  私は大磯の高麗山が好きで、この十年間に三十回以上も登っている。200メートルにも満たない山であるが、木々の趣が奥深いとともに「なつかしい」雰囲気を漂わせている。湘南平に登る手前を、海側に折れる下り道がある。大磯駅に出る道である。この細い尾根筋は春夏秋冬、四季を通して快い。
  ここが「坂田山」である。そう「天国に結ぶ恋」の坂田山である。昭和の初め、慶応大学の学生と素封家の娘が、かなわぬ恋を清算すべくここで心中した。私はここを通るたびに「死ぬならここで」と思う。まして、めったに逢うことのできない愛しい人とここで死ねたらどれほど幸せであろうか。
  
  『見てもまた逢ふ夜まれなる 夢のうちにやがてまぎるるわが身ともがな』
   ※「やがて」そのまま   「見てもまた」こうして逢っていても再び(逢う夜は)
     「まぎるる」(夢に)まぎれて(消えてしまう)  「かな」(わが身)だったらいいのに


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