源氏物語

源氏物語たより588その3

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     強姦か密通か その3   源氏物語たより590

  末摘花、明石君、紫上の場合はどうだろうか。今井源衛は
  「源氏物語に現れる男女間の情交、露骨な言葉を使えば性交の実態について細かく見てゆくと、その実態はさまざまであり・・結論から先に言えば、源氏物語のそれらの大半は実質的にはまぎれもなく強姦であって・・たとえば理想の女性とされる紫の上が源氏と新枕を交わす条の残酷さは周知のことであり・・幼い紫の上に強いる源氏の行為は、この物語に描かれた多くの情交のいわば象徴とも言えるのではなかろうか」
と規定し、末摘花については
  「二人の関係が強姦らしいものによって始まったことは明らかである」
と言い、また明石君については
  「この結婚が強姦に近いものだったことを否定することはできないだろう」
と断定しているのだが。

  光源氏と末摘花の出会いは、彼女の所にしばしば出入りしている靫負(ゆげい)の命婦の紹介によって始まる。困窮の極みにあった末摘花を、源氏の援助を得ることで何とか救ってあげたいという命婦の義侠心的なものが発端になっていたのであろう。
  散々じらされた挙句、源氏は、八月二十日余りに命婦の案内で初めて末摘花に逢うことになった。命婦が、源氏の来訪を告げると、男を全く知らない末摘花は、
  『人(男 源氏)にもの聞こえんやうも知らぬを』
と随分初心(うぶ)なことを言って部屋の奥の方にいざり入ってしまう。命婦に説得されて、「それでは」ということになったのだが、さらに信じられないことを言い出す。
  『答(いら)へ聞こえで、ただ聞けとあらば、格子などさしてはありなむ』
  「相手の言うことに答えないで、ただ聞いているだけでいいというのならお会いしましょう。でも格子は下しておいてね」とごねるのだから驚くしかない。いやしくも天下の正三位中将・光源氏様に逢うのに、格子を下して対応するというのである。つまり源氏は簀子に控えていなければならないということだ。この時も命婦に説得されて、障子(襖のこと)を隔てて逢うことになった。障子にはしっかりと錠が鎖された。
  さて、いよいよ二人は会話を始めるのだが、会話にならない。なぜなら何を話しても末摘花からは何の「答(いら)へ」もないからである。業を煮やした源氏は
  『やをら(障子を)押し開けて入り給ひにけり)』
と強硬手段を取り、ついに情交に至るのである。末摘花は
  『ただ我にもあらず恥づかしく、つつましきより他のことなければ』
という狼狽えぶりである。
  さて、これを強姦と言うであろうか。
 
  次に、明石君の場合を見ておこう。須磨から神の導きによって明石に移った源氏は、明石入道の邸で過ごすことになった。明石入道には当初から目算があった。目算と言うよりも彼の悲願で、それは光源氏とわが娘・明石君とを結婚させることである。
ことは入道の思い通りに運んで行くが、娘の気持ちが定まらない。
  「田舎育ちの自分が、最高の身分の方でありすべてを具したご立派な源氏さまと結婚すれば、いずれは不幸を嘆く身になること必定である」
と案じていたのだ。
  しかし、親の強い希望でもある結婚をそう何時までも延ばすわけにもいかない。八月十三日の月が華やかに射している晩、源氏は月毛の駒に乗って明石君を訪れる。
  ところが、女の気持ちは晴れず、「まさかこんなに近くで源氏さまにお会いするとは」と引きこもるばかりで、事ははかばかしくも進展しない。それでも歌などを贈答し合うのだが、やはり
  『いとわりなくて、近かりける曹司の内に入りて、いかで堅めけるにか、(戸は)いと強きを、(源氏は女の曹司に)強ひても押し立ち給はぬ様なり。されど、さのみもいかでかはあらむ』
ということで、ついに源氏は堅く鎖された錠を開いて(恐らく女房の誰かが開いたのだろうが)、女の部屋に入り込み、事を成し遂げる。「さのみもいかでかあらむ」とは、いつまでも女が軟化するのを待つわけにもいかないということである。
  さて、これをしも強姦と言うのであろうか。

  両者に共通するのは、周囲はみな源氏と女君が結ばれることを願っていることである。特に明石君の場合は、そうなるのが親の悲願なのである。当時の結婚の条件は、親の承諾があることが第一で、兄弟・親族の承認を得ることが次の要件であった。明石君は、親が最も望んでいることであるから、上記の要件は十二分に満たしている。誰にも文句の付けようがない。
  末摘花も、誰かの援助がなければ生きていけないし、このままでは多くの(そう多くなないが)女房や下仕えの者たちは路頭に迷うことになる。姫君が源氏と結ばれることが喫緊の課題だったのである。
  確かに二人とも、源氏と即座に情交するという用意、覚悟は持ち合わせていなかったようであるが、しかし、男が「会い」に来るということは、男女が結ばれることを意味しているのだから、「覚悟ができていないのに・・」ということは理由にならない。誰かが無理にも押してあげないと事は先に進まない。女房が押すか男が押すかである。
 
  いずれは夫婦関係(愛人関係)になるのが確定している男女が、手段はともあれ情交することを非難することなどできるはずはない。

  まして紫上の場合は、源氏の取った行為に何の咎もない。紫上自身、随分早くから源氏のことを「夫」と認識しているのである。新しい年がやって来た時、相変わらず雛遊びに熱中する幼いままの紫上を心配した乳母の少納言がこう意見をする。
  『(せめて今年からでも、大人らしくなりなさい)。かく御男などまうけたてまつり給ひては、あるべかしう、しめやかにてこそ、見えたてまつらせ給はめ』
  すると紫上は心の中で
  『我はさは、男まうけてけり。この人々(女房たち)の男(夫)とてあるは、醜くこそあれ。我はかくをかしげにて若き人(源氏)をも持たりけるかな』
  「女房たちの夫と言うのはみな醜い人ばっかり。それに比べて私の夫は・・」と自慢しているのである。この時、紫上十一歳。
 
  源氏が、紫上を北山で見つけた時には、彼女は十歳であった。それから源氏は彼女が成長するのをずっと気長に待った。そして十四歳になった時、源氏は彼女をこう観察するのである。
  『姫君、何事もあらまほしう、整ひ果てて、いとめでたうのみ見え給ふを、似げなからぬほどに見なし給へれば』
  あの幼いばかりだった紫上が、今では女性としてすっかり理想的に成長し、情交(結婚)するに相応しい体恰好になったと見たのである。
  そして、あの有名な朝を迎えるのである。
  『男君はとく起き給ひて、女君はさらに起き給はぬ朝あり』
  四年越しの同棲の末、二人はまがうことなき夫婦になったのである。源氏の元に引き取られなければ、下手をすれば継子になって惨めな境遇を余儀なくされたかもしれないのだ。それが一転、将来を嘱望される正三位中将・光源氏様の正式な妻になれたのである。この夜を以って何の不安もない生涯を保証されることになった。
  紫上は歓びこそすれ、源氏を恨むことは何一つない。

  ところがここで信じられない事態が発生してしまった。女君が朝になっても起きてこないのである。なぜか、それは昨夜の源氏の行為が、あまりに突然であり彼女の予想外の出来事だったからである。彼女にとってそのショックはあまりに大きかった。
  『かかる(源氏の)御心おはすらんとは、かけても思しよらざりしかば、などてかう心うかりける御心を、うらなく頼もしきものに思ひ聞こえけむ、とあさましう思さる』   
  「源氏さまにこんなこと(情交)をするお気持ちがあろうとは、全く思いもしなかったのに、それを今まで何の疑いもなく頼り切っていたこの私。何とも呆れかえったこと」というほどの激震であった。しかもこのショックは何時まで経っても癒えることがなかった。その後、彼女が、源氏の無理無体(?)な情交を許し、気分が回復したという記述は物語上にはない。それほどの衝撃であったのだ。
  この紫上の反応だけを見れば、源氏の行為は、今井源衛が言うように「強姦」と言わざるを得ないところもあるのだが、ただ、なぜ彼女がこれほど常軌を外した衝撃を受けたのか、それがむしろ私には理解し難い。
  十四歳と言えば、当時は結婚適齢期であった。道長の娘・彰子などは十二歳で一条天皇に入っている。十四歳にもなって、結婚すれば男と女の間にどういうことが行われるのかを、知らないという方がむしろ不可解である。源氏の目から見ても、彼女は精神的、肉体的に理想の女性に成長しているのだから。
  この間、乳母やお付きの女房たちは、その面のことを全く教えなかったとでもいうのだろうか。私はこの一件は、今井源衛が指摘しているように「残酷」とは思わない。むしろ紫上の方が異常すぎる反応をしていると捉えたい。

  三者に共通することは、彼女らが日本の習慣(伝統)を忘れているということである。誰かが『古事記』の例の部分を読んであげていればこんなことは起こらなかった
  こういう場合には男が積極的にならなければならないのである。それは男の責務で、女から「結婚しましょう」などと言ってはいけないのである。蛭の子が生まれてしまう。 
  ついでに言っておけば、イザナギノミコトがイザナミノミコトに言ったことも忘れてはなるまい。
  『わが身は、成り成りてなり余れる処一処あり。故にこのわが身の成り余れる処を以ちて、汝が身の成り合はざる処に刺し塞ぎて、国土を生み成さむと思ふ』
  源氏は、この本道を行っただけである。四年間じっと紫上の成長を待っていた彼は褒められこそすれ、何の非難をされる咎もない。男が消極的であったが故に、いくつもの男・女が別れて行った事実を想起すべきであろう。


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