源氏物語

源氏物語たより591

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     したり顔に・・言へるかな  源氏物語たより591

  いったん間違えて解釈してしまうと、それがどこまでも尾を引いてしまって、次々間違いを重ねていってしまうものである。『夕顔』の巻は、確かに間違いを引き起こしやすい箇所が多いのだが、そのために紫式部の文章作法をまで「稚拙だ」「無理がある」「矛盾が多い」「昔物語の域を抜け出ていない」などと評価するようになってしまうのでは、紫式部本人に対して失礼であるばかりか、読者にも「源氏物語ってその程度なの・・」という固定観念を植え付けかねない。
  この『夕顔』の巻は実に筋がしっかりしていて、矛盾もないし無理も失策もない。まして稚拙などであるはずはなく、面白みの極みの佳作となっているのだ。

  光源氏は、五条大路のほどもない屋敷に咲いている白い花に興味を持ち、古今集の「をちかた人に物申す」を引いて、その花の名を尋ねる。すると、屋敷から可愛い女童が出て来て
  「夕顔の花をこの扇に乗せてご主人(源氏)に差し上げて下さい」
と言う。その扇には、源氏の問いに答えた花の名を教える歌が書かれていた。
  惟光に、その女主の素性を訪ねると、屋敷の主は、今、田舎に行っていて、その妻やはらから(姉妹)は宮仕えをしていて、ここに通って来るのだという。その話を聞いた源氏はこう感じている。
  『さらば、その宮仕へ人ななり。したり顔にもの馴れて言へるかな。と、めざましかるべき際にやあらむ』
  「したり顔」とは、得意顔という意味で、得意そうにもの馴れた様子で歌を返してきた女主の行為について、源氏は、やはり宮仕え人なのか、いかにも社交ずれしているではないかと思い、
  「意外に蓮っ葉な女かも知れない」
と想像するのだ。
  でもすぐに、この女主のことを「憎からず」と思い返している。彼が憎からず思ったのは、もちろん「をちかた人に」という源氏の独り言に対して、即、返歌してくれたことに対してである。まさかこのようにわざわざ(さして)返歌してこようとは思いもしなかったからである。また女が、古今集の旋頭歌を知っていたことも意外だったのかもしれない。
  そればかりではない。小さなみすぼらしい家ばかりが並んでいる五条の通りなのに、この女の屋敷の引き戸口などはなかなか風情があるではないか。また、何よりも彼を感動させたのは、その粗末な屋敷から出てきた女童の可愛いらしさと、その手に持っていた扇ではなかったろうか。扇は深く香を焚きしめられている。こんな雑々な所に住む者のできる技ではない
  これらすべてを含めて源氏は、「なかなか得意顔に、もの馴れたことをするではないか」と感じるとともに即座に「にくからず」とも思ったのだ。
  このあたり、諸解説書には相当の混乱がある。それもみな源氏の独り言「をちかた人に」が、問いかけの言葉と捉えられなかったことからくる混乱である。(このあたりのことは「たより1~4」、「たより84,362,587」などに記述)

  やはり問題の歌を改めて上げておくべきであろう。
  『心あてにそれかとぞ見る 白露の光添へたる夕顔の花』
  この歌を私は次のように解釈している。
  「あなた様がお聞きになっている花は、どの花を指しているのかよくは分かりませんが、当て推量にお答え申し上げれば、あのどこと言って特徴のない夕顔の花のことではないでしょうか。そんな花にあなた様は輝くばかりの光を当ててくださいました」
このように解釈する人はいない。小学館「日本の古典」は
  「当て推量にそのお方―源氏の君かとお見受けします。白露が光を添えている夕顔の花―夕影の中に美しい顔を」
  また、瀬戸内寂聴(講談社)は
  「あるいはあのお方 源氏の君ではないかしら 白露に濡れ濡れて ひとしお美しく光をました 夕顔の花のようなお顔は」
である。いずれも大路に停めてこちらを覗いている貴公子を「光源氏」と喝破しているのだ。そんなことはありえないのに。 

  さてそうすると、表題の「したり顔」は、単に辞書的に「得意顔」と訳したのではいけないのではないだろうか。「自信ありげに」などの方があっているように思われる。なぜなら、この女主は、古今集の旋頭歌を知っているのだし、この返歌も古今集の凡河内躬恒の歌を引いているのだ。さらにそれとなくこちらのことを「光りあり」と褒めあげている。凡庸な女にできる技ではない。だからこそ源氏は、「心あてに」の歌を初め、女のすべてを
  『なつかしくて、をかしう・・あてはかに、ゆゑづきたれば』
と感じとったのである。「なつかし」は人の心を惹きつける意味であり、「ゆゑづき」は趣味教養が豊かということである。
  源氏が、惟光にこの女主の正体を盛んに探し回らせ、やがては死の危険を賭して夕顔に惑溺していったのである。


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