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源氏物語

源氏物語たより597

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     老人蔑視の世相   源氏物語たより597

  光源氏が、夕顔の家に泊まった翌朝、隣の家からひどく年老いた様子で盛んにお祈りをしている声が聞こえてきた。立ち居も不自由なようである。恐らく五体投地のように屈んでは仏に祈り坐してはまた仏に祈る行を続けているのだろう。それが源氏には大層堪え難気に聞こえてくるので、内心こう思う。
  『明日の露に異ならぬ世を、何をむさぼる身の祈りにか』
  「人の命そのものが露のようにはかないものだというのに、あんな老齢になって、何を欲しがって(願って)お祈りをしているのだろう」という意味で、その奥には、人間というものは、いくつになっても欲心を捨て切ることはできないものなのだなあと言う感慨が含まれている。
  源氏はこの時十七歳、若さの真っ最中である。隣の翁は、立ち居も不自由と言うのだから、四十歳か五十歳であろう。今で言えば六十歳か七十歳に当たる。確かに欲など捨て去っていいはずの歳ではある。特に若い源氏には「何をいまさら欲張って」と言う侮りが湧くのも仕方がないことかもしれない。
  しかし、私も、今この翁の歳に至って、人間いくつになっても、やってみたことや見てみたいことはあるものだし、美味しいものを食べみたいし、美しい人と語らってみたいもの、そして楽しい人生を送りたいという思いは、若かった時も老いた今も変わりないことを実感している。

  このことは難しい問題を孕んでいる。若い者は、年老いた経験がないからである。いつぞや麻生副首相が
  「九十歳の人が、「これからの生活が心配だ」と言っていた」
と呆れ侮るように笑って言っていたことがある。一時期問題発言として話題になったものである。私も、「麻生さん自身いい歳をしているのに、言ってはいけないことを言ってしまった」と彼の配慮のなさを批判的に聞いていたものだ。老後に一切心配のない人の驕りの言葉と言うしかない。
  余談であるが、麻生さんが
  「河野太郎は、釧路平野だ」
と言ったことがある。それは「河野太郎は、失言(湿原)が多い(から注意しないといけない)」という心である。これに対して菅官房長官がこんな皮肉を言っていた。
  「福岡の太郎さんの方がもっと危ない」
  危ないことを言っても彼の人徳なのだろうか、あの重大失言もいつの間にか消えてしまい、現在まで事なきを得て、安倍さんの横にふんぞり返っている。

  光源氏の感慨も失言である。人間いくつになっても健康でいたいし幸せでいたいものだ。そのための祈りをすることに何の憚ることがあろうか。またこの世は無常ではかないが故に、その短い生を充実して生きたいものである。そのために神や仏を頼ることに遠慮は要らない。
  
 今、私が心配していることがある。それは高齢者による自動車事故の問題である。本当に自動車事故に占める高齢者の事故の比率は高いのだろうか。このことに関しては細かに分析してみる必要があると思っている。何より問題なのは、最近のこのことに対する世間の風当たりが厳しくなっていて、高齢者排除に繋がらないかということである。
  「だから老人はダメなのだ」
という風潮が昂じて「姥捨て」の思考を容認するようになるのではなかろうか。私の身近に
  「老人はおとなしく家に籠っていればいい」
と高言する人がいる。そうだろうか、家から出るからこそ健康でいられるのではなかろうか。大いに外に出て活動することが、ひいては若者のためにもなるというのに。

  実は、源氏の先の感慨は、「いい歳をして・・」ということを言いたかったのではない。あの翁は、御嶽精進のために千日間の勤行をしていたのである。金峰山に登る時には、事前に千日間の勤行をしなければならないのだそうだ。その後、御嶽に入って厳しい修行をする。源氏は、夕顔に向かってこう言う。
  『かれ聞き給へ。この世とのみは思はざりけり』
  この世のみの幸せではなく、永遠の極楽往生を願っての祈りであるというのである。そのことから、
  「私も、あなた(夕顔)と永遠の契りを結び、決して心変わりなどしないよ」
と言いたいがための序だったのである。
  いずれにしても源氏の先の感慨は、若さからくる驕りであることに間違いはない。

  源氏は常に若々しかった。四十の賀(今で言えば還暦の祝い)の時には
  『いと若く、清らにて、かく御賀などいふことは、ひが数へにやとおぼゆる様の、なまめかしく、人の親げなくおはします』
ほどであった。源氏は常に若くなければならない宿命を負っていた。「ひが数へ」とは、間違って歳を数えることということで、まさか子供がいるとは思えないほど若々しく見える、数え間違いではないのというのである。
  源氏が自分の歳をいやがうえにも悟らされたのは、柏木によってである。源氏の若き北の方・女三宮を柏木に寝取られてしまったのだ。その屈辱は彼の栄光を一気に打ち砕くものであった。彼の柏木に向かって言う言葉が、何とも哀れを誘う。
  『衛門督(柏木)、心留めて(私の老耄~ろうもう~を)ほゝ笑まるゝ、いと心恥づかしや。さりとも、(若さは)今しばしならむ。さかさまに行かぬ年月よ。老いはえ逃れぬわざなり』
  この時源氏、四十七歳。何を言っても許され何をしても輝いていた十七歳の頃の光源氏にも、老いは否応なく迫ってくる。
  このころ、源氏が「むさぼり祈っていた」ことは、ただ一つ、それは愛する紫上が健康を取り戻すこと、そして彼女といつまでも一緒に過ごせることである。
  柏木が女三宮を犯す前、紫上はひどい病に倒れた。ちょっとした果物さえ食べられなくなってしまうほどで、源氏は紫上のそばに
  『日一日、添ひおはして、よろづに見奉り嘆き給ふ。・・いかならんとおぼし騒ぎて、御祈りども、数知らず始めさせ給ふ。僧召して御加持などせさせ給ふ』
  紫上にも老いは迫っていたのである。源氏の場合は「何をむさぼる・・祈りにかの対象ははっきりしていた。
  その隙を狙って若き柏木は行動したのである。


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