源氏物語

源氏物語たより600

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     光源氏と供人たち   源氏物語たより600

  「供人」とは、身分ある人の供をする人ということで、いわゆる「従者」である。ここであえて「光源氏“と”供人たち」としたのは、源氏が、わらわ病の治療のために、北山に籠っている聖を訪ねた時の、供人と源氏の関係があまりに睦まじいことに由来している。彼らは、源氏の「従者」とはとても思えず、「仲間」という印象しか与えないほどの親しいやり取りをしているので、あえて「と」と平等の関係にしたということである。
 
  ところで、古代、貴人の外出には護衛兵として舎人などが与えられるという制度があった。これを「随人」という。たとえば、摂政・関白などには10人が、大臣・大将などには8人が付いた。源氏はこの時、三位の中将なので、通常なら4人の随人が従っていたはずである。ただ、北山に行ったのは、病気の治療という私的なことなので、随人が付けられたかどうかは定かではない。

  文章上にある、
  『御供に、むつましき四、五人ばかりして』
とあるのは、随人とは別の者で、いつも親しくしている源氏お気に入りの供人を指している。随人はいつも源氏に従っているのだが、物語上表面に出て来ることは少ない(時に『夕顔』の巻の随人のように一働きすることもあるのだが)。
  この供人たちと源氏との間には、歴然たる身分の差がある。源氏は、臣籍に降りているとはいえ、天皇の第二皇子で、しかも帝寵厚くその信頼も並大抵なものではない。彼の将来は洋々たるもので、めったな者がお傍近く寄れる人物ではない。
  それにもかかわらず、この北山行の時の供人の態度は、いかにも源氏に親しげであり遠慮がない。その和やかで明るく爽やかな様子は、まるで物見遊山にでも来たような感じがする。
  この時、源氏は十八歳。恐らく供人たちも同じような年回りであろう。源氏の第一の供人・惟光などは、源氏の乳母子(めのとご)なので、源氏とは全く同い年であるはずだ。そんな「仲間」だから、身分を越えてざっくばらんに騒ぎたいというのも理解できないではなが。

  北山の聖の、薬の処方や加持を済ませた源氏は、日が高くなってきたので、聖の庵から少しばかり外に出て、周囲の景色を眺めてみることにした。すると眼下に小ざっぱりとした僧坊が見えるではないか。興を覚えた源氏は、供人に誰の家なのかを問う。供人の一人が、「何がしの僧都がこの二年ほど籠っているところ」であると答える。すると、別の供人が余計なことを言い始める。
  『かしこには、女こそありけれ』
  『僧都は、よも、さやうにはすゑ給はじを』
  『いかなる人(女)ならん』
と、興に任せて口々に勝手なことを憶測し、しゃべり合う。二番目の供人の言葉の意味は
  「まさか、僧都たるもの、そんなふうに女を僧坊に籠めおくことなどしはしまい」
ということで、語尾の「を」は、感動・詠嘆の意を表す助詞である。もう彼らは、「お坊さんに女」ということで、興奮しきっている。
  「恐れ多くも光源氏様の御前であるぞ」
と注意したいほどなのだが、肝心な源氏その人が、このことに興味津々のようなのだから、注意のしようがない。

  さて、源氏は自分のわらは病の症状がこれからどうなるのか心配でならないのだが、供人はそんなことは気にしない。
   『とこうまぎらはさせ給ひて、おぼし入れぬなむ、よく侍る』
と無責任なことを言う。「気にしないのがよい」というのだ。そこで、源氏は庵から出て、しりえの山に登って周囲の風景を眺めてみることにした。かすかに煙るように見える京の方、咲き残った山桜、源氏にはそれがまるで絵のように素晴らしく、感動深く見える。するとまた供人たちが、
  「いやいや、これくらいの風景はまだまだ。遠い国々には、海・山の佇まいに感動させられるところがいくらでもあります。富士の山、何がしの嶽・・。それらをご覧になれば、源氏様の絵も大層優れたものになるのでは」
と、もう言いたい放題。何しろ源氏は、一度として京を離れたことがないのだから、彼らの言いなりである。

  すると、「海・山」という言葉に促されたのだろう、良清(惟光に次ぐ源氏に親しい供人)が、明石の海の景について、自慢げに長広舌を始める。
  『近き所には、播磨の明石の浦こそ、なほ殊に侍れ。何のいたり深き隈はなけれど、ただ海の面を見渡したるほどなむ、あやしくこと所に似ず、ゆほびかなる(ゆったりとして穏やかな)所に侍る』
  この後、良清の話は、明石入道のことに至り、ついにはその娘(後の明石君)の話にまで繋がって行く。
  「娘」と聞いた源氏の関心はいやがうえにも高まっていく。それに対して、良清は
  「明石入道が厳しく育てている娘で、彼が期待しているような高貴な身分の男と結婚できなければ、海に入って死んでしまえ、という遺言までしたためている」
と補足説明する。その話を源氏が興味深く聞いているというのに、別の供人が、
  『海龍王の后になるべき、いつき(大切な)娘なゝり』
と茶化す。良清は、今は従五位下の身分であるが、親が元播磨守であったために、彼も父と一緒に播磨下りをしていたことがある。そこで、ほかの供人たちがさらにはやし立てる。
  『(良清は)いと好きたる者なれば、かの入道の遺言、破りつべき心はあらむかし』
  『(それで、明石入道の所をうろうろうろつきまわっているのだな)』

  勝手放題なことを言い言いしているうちに夕方になった。聖は、源氏のわらは病には物の怪が加わっているかもしれないから、さらに一晩山に泊まって行くことを勧める。供人たちも一斉に
  『さもあること』
と聖の勧めに同調する。これはおそらく源氏のためを思ってではない。彼ら自身が、めったにない外出をもっとゆっくり楽しみたいがためであると思われる。
  これらのやり取りを見ていて本当に羨ましいと思う。互いに身分の上下を忘れた遠慮のない間柄で、「友はこうあるべき」と思わせるからである。
  「めったにない外出を・・」と言ったが、実はそうではないのかもしれない。源氏その人と一緒にいることが楽しいからかもしれない。彼らは、源氏という人がらそのものに惚れているからこそ、きっと山から帰りたくないのだ。
 
  良清の話は、後に大変なことに結びついて行く。源氏が、右大臣側(弘徽殿女御など)との争いに負け、都を離れなければならない情況がやって来る。最初に彼が流れて行った先が須磨であり、次が、なんと良清が長広舌していた明石なのである。
  須磨に流れて行く時には
  『ただいと近う仕うまつり馴れたるかぎり、七、八人ばかり御供にて』
である。この中にはもちろん惟光や良清もいた。彼らは、大切な親や愛する妻子を京に残して行くのだから、その悲嘆や無念さは計り知れないほどの、まさに都落ちであったであろう。

  春三月、都を離れてから、すでに秋になっていた。須磨でのあまりに侘しく凄まじい生活に耐え切れなくなったのだろう、源氏はある夜、琴を掻き鳴らす。その音に、寝ていた供人たちは思わず目を覚ます。この時源氏はこう思う。
  『げに(供人たちは)いかに思ふらん。わが身一つによりて、親、兄弟、片時(も)立ち離れがたく、ほど(身分)につけつつ思ふらむ家を別れて、かく惑ひあへる』
  自分の失策のために、供人たちに都落ちという辛い思いをさせてしまって・・と反省するのだが、しかし、供人たちの思いはまた別であった。もちろん愛する親・妻子を都に残しておくことが悲しくないはずはないが、源氏が昼間、手習いがてらに絵を描いている姿などを眺めることができるのを
  『なつかしうめでたき御さまに、世のもの思ひ忘れて、近う馴れ仕うまつるを、嬉しきことにて、四、五人ばかりぞ、つと侍ひける』
のである。「つと」とは、じっとその場にいて動かないことである。とにかく源氏のそばにいたいのである。「なつかし」とは、人の心を惹きつけるという意味である。

  源氏は、女が惚れ惚れするだけでの男ではない。男をも魅了してやまない力を持っている。源氏物語を見ていると、とかく源氏の女口説きの鮮やかさやどの女もみな一様に源氏に靡いてしまう話ばかりが目に付くのだが、男もただではいられない魅力を彼は持っていた。どういう辛酸をなめることになろうが、源氏と一緒にいられることが、彼らにとっては嬉しいことなのである。
  私も、源氏と付き合っていたらどれほど楽しいことであろうか、と思う。多岐にわたる知識を駆使しての人を逸らさぬ話術、一瞬たりとも聞き漏らすまいと思って身を寄せていくのではなかろうか。そればかりではない、和琴も笛も舞も、絵も和歌も漢詩も、何をやらせても超一級である。源氏とだったら、一日いても飽きることはないだろう。須磨に落ちて行った供人たちは、決して悲しみに浸ってばかりいたわけではない。
  源氏が、雁の声や沖行く舟の梶の音を聞きながら、涙を払いつつしているその
  『御手つき、黒き数珠に映え給へるは、故郷の女恋しき人々の心みな慰めにけり』
なのである。

  そう言えば、先のわらは病の癒えた翌日、源氏が京に帰ろうとすると、大勢の者どもが北山に迎えにやって来て、こう怨む場面がある。
  『かうやうの御供は、仕うまつり侍らんと、思ひ給ふるを、あさましく遅らかさせ給へること、と恨み聞こえ』
  「源氏さまの、こんなお供だったらぜひしたいと思っていたのに、ひどいことに私たちをこんなふうに置いてきぼりなさって」と口をとがらすのだ。この人たちの中には、例の「雨夜の品定め」の時の頭中将もいた。
  彼らはいつも源氏にぴったり付き従っていたいのだ。それは、おべっかでもない、恩寵を賜りたいわけでもない、純粋に源氏といることが面白いし楽しいからだ。そこには主人と供人の関係はない。
  こんな男がどこかにいないものかと思う。


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