源氏物語

源氏物語たより41

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  官位がすべて 夕霧の場合 源氏物語たより41

 官位とは、官職と位階のことで、官職とは、たとえば左大臣とか大納言、左近中将などのことである。また、位階とは、正一位とか従三位(じゅさんみ)などのことである。官職と位階は、「官位相当」といって通常連動していて、左大臣の場合だと正二位、大納言の場合だと正三位などという具合に決められている。
 

 当然貴族たちは、より高い官職につくことに必死になった。ただし、紫式部の頃は、概ね大臣や大納言などの要職は、藤原氏によって独占されていた。
 地方官僚である国司には、従五位から従六位の位階の者が叙せられる。彼らもまた、常陸や播磨や越前など大きな国に任命されることに必死であった。紫式部の父・藤原為時は、一度任命された淡路の国が不満で、嘆願書を書き、大国・越前の国に代えてもらっている。除目の日は、五位、六位の中級貴族にとっては、いい国に任じてもらえるかどうか、悲喜こもごもであった。このことは枕草子(二十三段)などにも生々しく描かれている。

 光源氏の息子・夕霧は、この位階のことで苦い思いをしている。
 夕霧は、12歳で元服した。超上級の貴族の嫡男が元服すると、通常はその段階で四位または五位に叙せられるのが例であった。当時、夕霧の父・源氏は、内大臣で、実務的には政界トップの座にあったから、息子をどの位階に叙するかは思いのままで、おおかた四位くらいには叙せられるものと、予想されていた。だが、なんと六位という低さにとどめたのだ。これには、本人の失望はもとより、夕霧をこよなく愛していた祖母の大宮(葵上の母で左大臣の妻、桐壺帝の妹にあたる)は、源氏の措置をひどく不満に思った。
 問題なのは、位階によって衣服(束帯の袍)の色が決められていることである。
 一位は深紫(こきむらさき)、二位、三位は浅紫(うすきむらさき)、四位は深緋色、五位は浅緋色、六位は深緑・・
と言う具合である。
 ということで、夕霧の場合は、『深緑』になる。この色のことを別に『浅葱(あさぎ 浅黄)』といい、緑がかったうすい青色である。浅葱の袍を着ていれば、一目で六位ということが分かってしまうのだ。時の内大臣の嫡男が、浅葱ということは、誰の目にも奇異に見える。まして、本人の夕霧は、自尊心をひどく傷つけられ、耐えられないことであった。
 私も、この源氏の処置を不審に思って、横浜市大の『源氏物語講座』を受講した時に、講師に質問したことがある。すると講師はこう言った
 「そう、あれはいけませんな。あり得ないことです。恐らく源氏は葵上(夕顔の母親)が嫌いだったからでしょう。」
 まさか葵上のことが嫌いだったからその子の夕霧を六位にしたとは思えないのだが、理解に苦しむ源氏の措置である。源氏は、たとえ位階を高くしても、親の七光りで周りにちやほやされるだけで、慢心してしまい、いいことは何もない、という論理なのだが、それにしても六位とは。

 源氏は、この時、さらに厳しい試練を夕霧に課す。それは、夕霧を大学に入れるということである。超高級貴族の子弟は、大学になど入らなくても、自然に官位が上がっていく。まして内大臣の嫡男ともなれば、漢学の勉強などなんの必要もない。間違いなく末は大臣である。
 ただ、この措置については、源氏は、大宮(夕霧の祖母)に諄々と説いているので、彼の考え方は理解できる。
 「自分は天皇の子どもであり、黙っていても人々の尊敬を受けるし、一世源氏として、安泰にやっていける。しかし末に行くに従って、周囲の尊敬の気持ちは薄れていくものだ。そうなれば、本人の実力が問題になってくる。若い時に漢学の才を磨き、自力で世を切り開いていかなければならなくなる」
と。大宮も、源氏のこの遠大な考えに素直に納得する。
 しかし、当の本人は納得できない。何もつらい漢学の勉強までしなくても楽に社会を渡っていけるものを、
 『殿(源氏)を、つらくもおはしますかな。かく苦しからでも、高き位に上り、世に用ゐらるる人は、なくやはある(いるではないか)』
と。現に夕霧の従兄弟たちは、位も高く相当な官職に就き、管弦を楽しんだりして安穏な生活している。
 特に、彼にとってやりきれないのは、浅葱の袍の色だ。
 『浅葱の心やましければ、内裏に参ることもせず、ものうがり給ふ』
ほど落ち込んでしまった。
 それに、何より雲居雁との関係が思わしくなくなることだ。当時、夕霧は、大宮の家で一緒に育った雲居雁と相思相愛の関係にあって、ぜひ結婚したいと思っていた。しかし、雲居雁の父・頭中将(今は権中納言)が許してくれない。頭中将は、雲居雁を東宮に入れたいと思っていたのだ。それに、何せ、夕霧の官位が低すぎる。特に彼を滅入らせたのが、雲居雁の乳母の言葉だ。
 『めでたくも、もののはじめの、六位宿世よ』
 (夕霧がいくら立派な人物と言っても、せっかくの御縁組に六位ふぜいが相手では)
 これを聞いた夕霧の落ち込むこと、
 『われを位なしとはしたむる(辱める)なりけり』
と嘆く。
 しかし、大学を優秀な成績で卒業した夕霧のその後の出世は凄まじく、13歳で従五位になるや、18歳で宰相の中将(正四位)、同じ年に中納言(従三位)になり昇ってしまった。才能もあったのだろうが、彼の意気込みが凄かった。
『浅緑と聞こえごちし(侮り言っていた)御乳母どもに、納言に昇りてみえんの御心深かるべし』
 こうなると、かつて自分のことを『六位ふぜい』と侮っていた乳母たちに、なにか言ってやりたくなるのが人情というもの、彼は皮肉たっぷりの歌で恨みを晴らした。
 乳母も、夕霧の将来は洋々たるものであることは十分承知していたはずである。
 が、それにも勝ることは、姫が東宮の妃になることだ。源氏は臣籍に落とされているのだし、まして夕霧はその子供に過ぎない。いわゆる『ただ人』である。それに比べて、自分が大事に育ててきた姫君が、皇后となり、さらに皇子でも生めば、「ただ人何するものぞ」である。
 とにかく、夕霧は、中納言(従三位)になって無事雲居雁と結婚でき、大勢の子供にも恵まれる。
 
 なお、藤原道長の甥にあたる藤原伊周(これちか 摂政関白である藤原道隆の嫡男)は、20歳にして、大納言(正三位)になり昇っているから、夕霧の18歳での中納言は必ずしも異例の出世とまでは言えない。源氏は、須磨・明石流謫後、政界に返り咲いて、28歳で権大納言に任じられている。
 秋の除目の日は、彼らは官位昇進の結果に一喜一憂するのである。
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