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源氏物語

源氏物語たより606

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     身も凍る応酬   源氏物語たより606
 
  わらは病の治療を終った光源氏は、まず内裏に行って、父帝にその報告をする。たまたま左大臣も参内していて、
「我が家で二三日のんびりお休み下さい」
と誘う。源氏は
  『さしも思さねど、ひかされてまかで給ふ』
  左大臣邸(葵上)には久しく行っていない。葵上に会うのが気兼ねなので、別に行きたくはないが、左大臣の熱意にほだされて、一緒の車で内裏を下がることにした。車の中では、左大臣は後ろの席に控えている。そんなにまでして源氏を大切に扱う義父の殊勝さには「気の毒に」とまで思ってしまう。
 
  ところが、左大臣の所に行ってみると、肝心の葵上が
  『例のはひ隠れ、とみにも出で給はぬ』
のである。左大臣が無理に尻を押したので、やっと源氏の所にやって来た。が、端然と構えているだけで、一言も発しようとしない。

  ここから二人の世にも珍しく、また身も凍るような応対、応酬が始まる。
  源氏は北山でのことを葵上に語って聞かせたいのだが、どうせろくな受け答えも返ってこないだろうと思うと、つい口をつぐんでしまう。こんな時に快く応じてくれたなら、愛情も湧くというのに、と思うとやるせない気持ちがするばかりである。年とともに葵上は、源氏のことを疎々しい存在に感じているようである。
さすがに心外に思った源氏はこう不満をぶつける。
  『時々は世の常なる御気色を見ばや。堪へがたう患ひ侍りしをも、「いかが」とだに問ひ給はぬこそ、珍しからぬことなれど、なほうらめしう』
  「たまには世間並みの妻のような様子を見たいと思っているのに・・。堪えられないほど辛い病をしたのだよ。「どうでした?」くらい問うてくれてもよさそうなものではないか。まあ、あなたがそうしてくれないのは別に珍しいことでもないけれど、やっぱり恨めしい」という意味である。
  いくら心外でもこれほど棘々しい話しかけでは、どんな妻でもカチンとくる。「珍しからぬことなれど」などは、明らかに言わずもがなの挿入句である。

  と、やっと葵上は、横向きのままちらりと源氏を見て、こう応じる。
  『「とはぬ」は辛きものにやあらん』
  この葵上の言葉には少々説明がいる。実は源氏は「御病気はいかがでしたか」と問うてくれることを期待したのだが、葵上は見事に源氏の意図を外してしまった。「問う」を「訪う」にすり替えてしまったのだ。つまり、
  「訪わないということも、どれほど辛いことでありましょうか」
と反撃したのである。
  これは源氏の完敗である。なぜなら源氏はこの何日間も(あるいは何か月間も)、葵上を訪れていないのである。そこで、彼女は
  「私にしたってあなたが訪うてくれない辛さをどれほど味わっていることか」
と源氏の怠りをぐさりと突いたのだ。
  源氏はぐうの音も出ないはずなのだが、そこは屁理屈屋の源氏である。おたおたしながらもこう反論する。
  「偶(たま)にものを言ったかと思えば、呆れたことを。そもそも「訪う」「訪わない」などと言うのは、恋人同士の時のやり取りに使う言葉ではないか。我々のように長年(六年)夫婦の関係にある者が使うものではない。あなたは、何とも情けのないことをおっしゃる。私としてはいろいろ努力していると言うのに、年とともに私をすげなく扱いなさる。
  ええ、長生きすればいいのでしょ、そのうちに考え直すこともあるでしょうから」
  なんという刺々しい言葉であろうか。その内容を分析してみれば、相手への攻撃と訓戒、自己弁護、そして最後は完全な捨て台詞である。いくら長生きしたとしても、本人(源氏)が変わらなければ相手は変わるはずはないというのに。
  それにしても凄まじいばかりの夫婦である。痴話喧嘩どころではない。恨み辛みさえ超越してしまっていて、背筋が凍りつくほどの冷めたい応酬である。
  とにかく今日だって「さしも思さねど」、左大臣が熱心に誘うものだから、やって来ただけなのだ。葵が素直になれるはずはなく、「はい隠れる」のもまた当然なことだし、「御病気はいかがでしたか?」などと問えるはずもないのである。源氏が勝手な期待を強要するものだから、葵上としても手厳しい反発を浴びせたくなるのだ。

  葵上は、源氏物語に登場する女性の中で、唯一歌を詠まずに終わってしまった人物である。それゆえに、「歌を詠まぬ(情を知らない)姫君」などと言う人もあるし、うるはしいばかりでデリカシーもなく「あんなに毅然として気位ばかり高いのでは、源氏が厭うのも当然」と言う人もある。
  しかし、そうなったのはすべて源氏の責任なのである。それは彼が葵上を訪れないからだけではない。源氏の頭の中に常に巣食っているものがあるからである。それは「藤壺宮」である。彼は
  「内裏住みをのみ好ましきもの」
にしている。内裏にいればあるいは藤壺宮に逢うチャンスが巡って来るかも知れないからである。別の女を熱愛している源氏が、たまたま葵上の所に通って来たとしても、女の勘で、「男(源氏)の心ここにあらず」と気づいてしまう。あるいは閨で寝ぼけた源氏が「藤壺さま・・」などと言うこともあったのかも知れない。
  しかも源氏は藤壺宮だけでなく、六条御息所やら空蝉やら夕顔やらとの交情にうつつを抜かしているのだから、葵上とすればいたたまれない。

  この後、源氏はふてくされたように夜の御ましに入ってしまう。しかし、葵上は
  『ふとも入り給はず』
なのである。当然であろう。「藤壺さま・・」などという寝言を聞かされたのではたまらない。源氏もまた、閨に来るように誘う言葉も見付けあぐねている。

  ところで、二人はいかにも絶望的な夫婦に見えるが、でも現実にもこういう夫婦は案外あるのではなかろうか。同じ家に住みながら「家庭内別居」をしている夫婦を大勢知っている。生活のリズムが合わないとか、いやいびきがうるさいなどという単純な理由でそうしている夫婦もあるようだが、中には性格が合わないにもかかわらず、我慢に我慢を重ねている夫婦もあるかもしれない。互いに愛情も尊敬の念も失せ果てているのに、別れることもできないでいる、これは時代を超えた現象ではなかろうか。これではいかにも侘しいし悲しいし、源氏と葵上の関係と同じように「冷え切った」関係と言わざるを得ない。

  源氏は、招請婚(通い婚)なので通わなくしてしまえば、それで葵上との関係は終わってしまうのだが、なかなかそうもいかない。何しろ相手の父親は時の権力者・左大臣なのである。その左大臣が、下にも置かず源氏を大切にもてなしていて、その姿を見た源氏をして「あはれ(殊勝でもったいないこと)」とまで感じさせているのである。義父の信頼を裏切ることもできずに、義務として通っている。
  そういう義務感が、ますます源氏の気持ちを重くしていることもあろう。そしてその感情は葵上にもまた伝染していく。それが二人の関係をますます冷たいものに助長していっている、悪循環である。
  源氏の意識から藤壺宮を消すこと、そして義務感でなく素直な気持ちで葵上の所に通うこと、そんな日がはたして来るのだろうか。そうでない限り絶望的な夫婦の関係は続いて行く。

                                         関連記事「たより119 救いがたい夫婦仲」


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