源氏物語

源氏物語たより611

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     身も凍る風情   源氏物語たより611

  例の雪の朝、末摘花の容姿や挙措あるいは身なりの異常な様を雪の光りで「のこりなく」見てしまった光源氏は、何とも複雑な気持ちで彼女の邸を出る。ところが門を出るまでに彼が目にした物もまた彼にとっては信じられない趣のものばかりであった。車を寄せていた中門は、
  『いといとう歪みよろぼひて、(昨夜は)夜目にこそしるきながらも(はっきり見えたようでも)よろず隠ろへたること多かりけれ、いとあはれに淋しく荒れ惑へる』
という状況である。ここの場面は、国宝「源氏物語絵巻」を見ればよく理解できるところで、この絵巻には、寝殿の簀子が強調されて描かれているが、その状態たるや凄まじいばかりの歪みとよろぼひで、まともな板は一枚としてない。あれから想像すれば、中門はおそらく屋根は崩れ、塀は穴だらけであったのだろう。
  そんな中で、松に積もる雪だけが、「暖かそうに」見えるというのだから、いかに邸中が身も凍る程の状況になっているかということである。源氏はそんな風情に反、逆の想像をたくましくする。
  「こんな葎の門に、可愛い女を据え置いて、気をもんだり恋しく思ったりすることができれば、藤壺宮との苦しい恋も忘れられるというのに・・。でもあの人ではとてもとても」
と、結局絶望的な気持ちにさいなまれて想像を中断しててしまう。
  橘の木も、雪の重みでいかにも苦しそうである。それを見た源氏は、随身に払い落とさせる。と、先ほどの松も「私の雪も払ってくれ」と言わんばかりに、自身で枝の雪をさっと振り散らす。

  さて車を出そうと思った門はまだ開いていない。そこで鍵の預かり人を呼ぶと、恐ろしく年老いた翁が出で来た。その後ろには、翁の娘なのだろうかあるいは孫なのだろうか、中途半端の年頃の子が付いてきたが、その着物は雪の光りでひどく煤けて見える。その子は
  『寒しと思へる気色深うて、怪しきものに火をただほのかに入れて、袖ぐくみに持』
っている。火取りにわずかな炭火を入れて、袖に隠し持っているのだ。背筋も寒々してくる光景である。
  翁は、門を鍵で開けようとするが、開かない。すると女の子が助けるのだが、これも開かない。見かねた源氏の供の者が開ける、という体たらくである。源氏は思わず歌を口ずさむ。
  『ふりにける頭の雪を見る人も 劣らず濡らす朝の袖かな』
  「翁の白髪を見ているとひどく憐れを感じるが、見ている自分までも袖が冷たく濡れてくるわい」と言うような意味であろう。

  ここには雪を中心として、身も凍るほどの救いようのない侘しい事象が、これでもかと言うように枚挙されている。軒から垂れる氷柱(つらら)、荒れ果てた中門、松や橘の木に深々と積もった雪、明日をも知れない翁、煤こげた着物を着た娘、その袖に隠し持った火取り、そして、手がかじかんでいるのだろう、鍵も思うに任せない翁と娘。
  これらのすべてが末摘花の鼻に収斂されていく。源氏は先の末摘花を
  『鼻の、色に出でて「いと寒し」と見えつる御おもかげ、ふと思ひ出でられて、ほほゑまれ給ふ』
のである。
 ここでは
  
  「さまざまな事象」⇒「身も凍る寒さ」⇒「鼻が赤くなる」⇒「末摘花の鼻」

と言う公式が成り立ちそうである。それはあたかも「帰納的推論」や「三段論法」を駆使しているようでもある。
  
  ここで、末摘花の鼻の赤さを特出して、紫式部のえげつないまでの末摘花いじめや、貶(おとし)め・侮りを言うつもりはない。むしろ、よくここまで鼻に帰納していく事象を列挙し、それを見事にまとめ上げたものだと、彼女の筆さばきに感動してしまったことを言いたいのである。 
  しかも、いずれの事象も無理をして意図的に持ち込んできたものではない。末摘花邸にしかない特異な現象を、源氏の目に触れるままにごく自然に取り挙げているだけである。
  鍵の預かり人として頭の真っ白な翁しかいないのも仕方がないことなのである。末摘花のあまりの生活感覚のなさのために極度な貧困に陥り、呆れ果てた使用人が次々みな去ってしまったのだから。その娘が着ている衣が煤けているのも仕方のないことなのである。なにしろ邸の主さえ、「寒いから」と言って、黒貂の皮衣を着ているのだから。
  またこの邸には、他と違って雪が一層深く積もるのも、邸全体が寒々としているために自ずからそうならざるを得ないのである。後の『蓬生』の巻に、
  『霜月ばかりになれば、雪・霰がちにて、他では消ゆる間もあるを、朝日・夕日を防ぐ蓬・葎のかげに、深う積もりて、越の白山思ひやらるる雪の中』
とある。「越の白山」とは、石川県(岐阜も)の白山のことで、この山は年中雪をかぶっている。末摘花の邸は、夏には蓬や葎が生い茂り、秋になって枯れてもそれを片付ける人手もない。こうして冬になっても邸は鬱然として暗く、雪が消える余裕もなくなるのだ。
  すべてありのままの末摘花邸の風情を作者は列挙したにすぎない。
 
  『末摘花』の巻は、どうも紫式部による末摘花いじめが目立ってしまうのだが、細かに見ていくと、彼女の、主題にまつわる素材を徹底して追求していく気概をひしひし感じ取ることができるし、追求した素材を見事なまでに構築していく筆さばきには改めて感動させられる。


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