源氏物語

源氏物語たより613

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     母と子の諍い   源氏物語たより613

  『乙女』の巻に、「源氏物語にもこんな場面が出て来るの」と思わせる、他の箇所とはいささか異色な感じを与える出来事が描かれている。
  源氏物語に登場する人物は、いずれも上級の貴族たちばかりである。庶民が描かれることなどほとんどない。『夕顔』の巻に出て来る庶民や『須磨』の巻に登場する海士などは誠に珍しいことと言える。これらも、前者は、光源氏の耳に入った五条の朝の庶民の会話に過ぎないし、後者は、頭中将が須磨に流謫中の源氏を見舞った時に、珍しい風物として彼の目に留まったものにすぎない。いずれも物語の上では点景あり、それほど重い意味を持っているわけではない。
  ということで、当然のことながら下賤な者の怒鳴り合いや喚きあい、あるいは諍(いさか)いなどが描かれることはない。
  ところが、なんとここに登場するのは、内大臣と彼の母・大宮による、庶民レベルとも言える諍いなのである。内大臣とは、元の頭中将のことであり、彼の父親は左大臣。大宮とは、その呼称から察することができる通り、かつて内親王にあった人かもしれない皇統で、桐壷帝の妹に当たる。つまりいずれも超上級の貴族なのである。そんな親子が激しい口争いをするのだから、貴族生活にすっかり慣れてしまった我々源氏物語の読者にとっては誠に珍しくも興味深くも映るのである。

  これからの記述は、大半は源氏物語の本文そのものをなぞったにすぎないのだが、それほどに特異であり面白いということで、本文に即して述べていくことにする。本来なら原文のままのほうが臨場感を味わえていいのだろうが、難解な部分も多いので、意訳を交えながら綴ってみることにする。
  まずは問題場面に至るまでの経緯を述べなければならないだろう。

  源氏が太政大臣に昇格したことに伴って、右大将であったかつての頭中将は内大臣に昇任した。そのための祝いの大饗が概ね終ったところで、内大臣は、三条に住む母の大宮を訪ね、娘の雲居雁を交えて琵琶、筝の琴、和琴の管弦を楽しむ。そこに源氏の嫡男である夕霧が訪ねて来て、今度は四人による合奏になった。夕霧は笛を担当し、楽しいひと時を過ごす。
  その管弦の遊びが終わった後、内大臣は、彼の召人であろう、ある女房の部屋に忍んで行く。事が終わって、こっそりと身を屈めて出て来る時に、たまたま女房たちの陰口を耳にしてしまう。なんと自分の噂をしているではないか。その内容は
 「内大臣なんて、偉そうにしていても所詮は人の子の親ね。“子を知るは親に如かず”なんて言う格言、あれは空言よ」
と言うようなものであった。雲居雁と夕霧が恋仲であることを、肝心な父親が全く知りもしないということを女房たちは面白おかしく詰(なじ)っていたのである。これは内大臣にとっては、青天の霹靂(へきれき)である。全く予想しないことでもなかったが、まさか二人の仲がそこまでになっているとは思いもしなかったのだ。家への帰り道、彼は憤懣やるかたなく惑乱の極みに至ってしまい、思考はあれこれと錯綜する。
  「二人が結婚することは決して悪いことではない。しかし従兄妹同士であるし、そんな結婚は平凡そのものではないか。世間の人だって「なんと変わり映えしないことよ」と鼻白むであろう。
  そもそも中宮争いの際には、源氏がしゃしゃり出てきて、元斎宮を中宮にしてしまった。そのためにわが娘・弘徽殿女御はなきに等しくなってしまった。その代わりとして今度は雲居雁を春宮に入れようと思っていたのに。あるいは中宮になるという筋もあるかもしれないのだ。ところがここにまたしても邪魔が入ってしまった」
などなどと頭は混乱し、その夜は
  『心憂ければ、寝ざめがちにて明かし給ふ』
と言う状態で、何とも気持ちがおさまらない。

  そこで、その二日後、彼は大宮の所に押しかけていき、こう切り出す。
  『ここにさぶらふも、はしたなく、人々(女房たちが私を)いかに見侍らん、と心おかれにたり。・・よからぬ者(雲居雁)の上にて恨めしと思ひ、聞こえさせつべき事の出でまうできたるを。かうも思う給へじと、かつは思ひ給ふれど、なほ鎮め難く思え侍りてなん』
  何とも大上段に振りかぶった大仰で攻撃的な切り口上である。やや難しいが、要は、「不出来な娘(雲居雁)のことで恨めしいことが出来(しゅったい)してしまった。
 母をここまで恨めしいと思いたくはないけれども、やっぱり気持ちが治まらなくて」
と言うことである。しかも彼は涙を袖で押しのごいつつ言うのだから、これには大宮の方が驚いてしまった。
  『化粧じ給へる御顔の色違ひて、御目も大きになり給ひぬ』
と言う状態である。せっかく息子が来ると言う嬉しさに、念入りに化粧した顔の色まで変わってしまったばかりか、御目まで大きくなってしまった、という。あまり驚いた時や情緒不安定になった時には、人の目と言うものは瞳孔が開くという。これを「瞳孔反応」と言い、自律神経が自動的にさせるのだそうだ。それほどに大宮は情緒不安定に陥ってしまったということである。彼女はわけもわからないのでこう反問する。
  「あなた、どういうことでそんなに興奮しておっしゃるの。この歳になって、あなたから心の隔を置かれても困りますわ」
 
  そこで内大臣はことの顛末と、恨みの根拠について詳しく語るのだが、やはり彼の論理は混乱したままで分かりにくい。やや長文でもあるし難解な文章ではあるが、大事な個所なので原文のまま上げておこう。
  『頼もしき御陰に、幼き者をたてまつりおきて、自らはなかなか幼なくより(雲居雁を)見給へもつかず、まづ目に近き(弘徽殿女御の)まじらひなど、はかばかしからぬを見給へ嘆きいとなみつつ、「さりとも(母は、雲居雁を立派な)人になさせ給ひてん」と頼みわたり侍りつるに、思はずなること(恋愛沙汰)の侍りければ、いと口惜しうなん。
  (夕霧は)誠に天の下、並ぶ人なき有職にはものせらるめれど、親しき程にかかる(従兄妹同士が結婚するの)は、(世間の)人の聞き思ふところもあはつけき(浅はか)様になん、・・かの人(夕霧)の御ためにもいとかたはなることなり。
  (結婚する時には血縁を)さし離れ、きらきらしう珍しげあるあたりに、(婿として)今めかしうもてなさるるこそ、をかしけれ。ゆかり睦び、ねぢけがましき様にて、大臣(源氏)も聞きおぼすところ侍りなん。
  さるにても、かかることなんと(恋仲であることを私に)知らせ給ひて、ことさらにもてなし、少しゆかしげあることをまぜて(結婚させるの)こそ(よく)侍らめ。
  幼き人々の心に任せて、ご覧じ放ちけるを、心憂く思ひ給ふる』
  彼の言葉はあちらに行きこちらに行き定まらないのだが、要は五つの論点にまとめることができそうである。
  一点目は、雲居雁への対し方。彼女を幼い時から母(大宮)に預けて、自分は手をこまぬいていた。何しろ弘徽殿女御に手がかかってしまい、しかもはかばかしい結果を得られず嘆いてばかりいた。
  それにしても、雲居雁のことは母がちゃんと育ててくれていると思っていたのに、それにもかかわらず、思いもしない恋愛沙汰を起こしてしまうとは、悔しくて・・。
  二点目は、夕霧評。夕霧は確かに学職豊かな青年ではある。
  三点目は、彼の結婚観。雲居雁と夕霧は従妹兄同士。そんな二人が結婚すれば、世間の人は「ありふれた浅はかなこと」と思うだろうし、夕霧にとっても望ましいことではない。結婚というのは、もっと、血縁を離れた華やかなものでなくてはならない。そして相手から華々しく婿として扱われることこそ大切なことである。源氏だってそんな結婚には不快感を催すだろう。
  四点目は、母への不満。それにしても「これこれこういう状況にあります」となぜ私に伝えてくれなかったのか。それならそれで考えがありましたものを。
  五点目が、さらに母への不満。幼いからと言って二人をほっぽり放しになさるとは、残念至極。
  以上のように整理できるかと思う。

  ここには母親に対して言うべきではないことがいくつか繰り返されている。まずは「さりとも人となせ給ひてん」である。「さりとも」とは、「いくらなんでも」ということで、相当口調が強い。いくらなんでも雲居雁をお預けした以上、立派な人間として育ててくれていると思っていたのに、ということである。強い失望感を言ったものだが、母親に向かって言うべき言葉だろうか。彼は、雲居雁を幼い時から大宮に預けっぱなしなのである。その本人に「いくらなんでも・・」と言える義理はないのである。しかも彼は、嫡腹の弘徽殿女御にばかりかかずらわっていたのだ。それが中宮になれなかったと言って、急遽、雲居雁に目を付けただけである。不心得と言われても仕方ないし「口惜しうなん」とはなんともおこがましい言い草である。
  さらに、大宮が二人の関係を把握していたかどうかも確認せず、「なぜ知らせてくれなかったのか」と言い「子供の勝手に任せて、放っておいて」とはあまりに勝手な言い分で、彼の人となりに疑問さえ湧いてくる。
  彼の結婚観にも無理がある。当時従兄妹同士の結婚はごく普通に行われていたことである。藤原道長などは、更にあくどい結婚政策を取っている。後一条天皇に彼の娘(つまり天皇にとっては叔母)を入れているし、後朱雀天皇にも同じことをしている。だから従兄妹同士などはごく当たり前のことだったのである。
  ところが内大臣は、言うに窮してか「従兄妹同士では変わりばえせず、世間の人ももどき言うことだろう」と理屈にならないことを並べている。さらに夕霧の親・源氏まで持ち出してきて「彼だって面白くは思わないだろう」と言う。(源氏はこの結婚には当初から全く反対の意向は示していない)

  これに対して大宮はこう反論する。
  『げにかう(内大臣が)のたまうもことわりなれど、かけてもこの人々の下の心なん知り侍らざりける。げに「いと口惜しきこと」とは、ここ(私)にこそまして嘆くべく侍れ。(それなのに)もろともに罪をおほせ給ふは、恨めしきことになん。
  (雲居雁を)見たてまつりしより、心殊に思ひ侍りて、そこ(内大臣)に思し至らぬことをも「すぐれたる様にもてなさん」とこそ、人知れず思ひ侍りつれ。
  ものげなき程を、心の闇にまどひて、急ぎものせん(二人を一緒にさせる)とは、思ひよらぬことになん。
  さても誰かは、かかることは(内大臣に)聞こえけん。よからぬ人(女房)の言につきて、きはだけく(仰々しく)思しのたまふもあぢきなく、空しきことにて人(雲居)の名や穢れん』
  大宮の言葉は次のように整理できるだろう。
  ① もし二人がそういう関係なら、あなたのおっしゃることももっともですけどね。
  ② 私は二人の事を、全く知らないのですよ。
  ③ 「残念」という言葉は、私の方こそ言いたい言葉だわ。
  ④ それなのに、あなたは、あの二人と一緒に私に罪をかぶせるなんて。
  ⑤ あの子を世話し始めてからと言うもの、優れた人にしようと特別な努力・苦労をしてきたのよ。どうせあなたは知らないでしょ     うけれどもね。
  ⑥ あの若い二人が可哀想だからと言って、親が子の闇に迷うように、早く結婚させてあげようなんて、私が考えるわけがない     でしょ。
  ⑦ そもそもそんな話を誰があなたに告げたの。どうせ根性の曲がった女房あたりでしょうけど。そんないわれのないことを信じ     てしまって、あの子の名まで穢れるというものですわ。
  これに対して内大臣がまた憤ってこう言う。
  『なにのうきたることにか侍らん。さぶらふめる人々(女房たち)も、かつはみなもどき笑ふべかめるものを。いと口惜しく、安からず思ひ給へらるるや』
  (どうして根も葉もないことがありましょう。女房たちも私の無知を嘲笑っていることでしょうよ。何とも残念で、気持ちの整理がつきません)
と彼は言い残して、さっさと座を立ってしまう。
 
  彼が帰った後、大宮は心中無念でたまらず、
  「内大臣はもともと雲居雁に対して何の愛情も寄せていず、大切に育てようなどとは一切考えてもいなかったのに。私がこうして大切にもてなしてきたからこそ、立派に育ったのだ。それを今になって急に雲居雁に目を付けて「春宮にしよう」などと思いついただけではないか」
と憤懣やる方ない。

  二人の言葉の訳が、いささかきつくなりすぎ、下々的な言い方になってしまっているといううらみはあるかもしれない。確かに大宮は、帝の妹なのだから、もっと上品な言葉遣いであったろう。そもそも古語の持つニュアンスは、なかなか現代語に訳すことができないものだ。ただ、大宮の気持ちを忖度すれば、あるいはもっと激しい憤りが滲んだものであったかもしれない。
  とにかく話の内容は、誠に荒々しいものであることに間違いはない。二人の口から出る言葉がそれを証明している。
  「口惜し」「心憂し」「恨めし」「うらめし」「はしたなし(きまりが悪い)」「あぢきなし(おもしろくない)」「安からず」
どれも悪感情を表現するもので、それを二人はストレートに吐き出している。また、内大臣が、「・・や」とか「・・を」とか「なん」「こそ」などの強めの語句を盛んに用いているのも、彼がひどく感情的になっていることを表していると言えよう。
  いずれにしても、最高貴族の親子の諍いとは思われない言葉の強さであり厳しさである。

  源氏物語の一つのテーマとして、「親と子の問題」がある。登場人物の親たちがみなあまりにも早死にしていることもこのことと関係がある。源氏そのものが三歳にして母を亡くしている。夕霧(三歳で母を)、玉鬘(三歳で母・夕顔を)、紫上(幼くして母を)、女三宮(同)、宇治の大君・中君(同)など、いずれの母親も異常なほどの若死になのである。
  そのため、親子の様々なあり方が描かれるのだ。しかしその多くは限りない愛情に結ばれてというパターンである。源氏物語には、後撰集の藤原兼輔の
  『人の親の心は闇にあらねども 子を思ふ道に惑ひぬるかな』
の歌が、繰り返し繰り返し引かれている(『幻』の巻までに18回)。闇にくれ、子のために思い迷うほどに親と子は緊密に繋がれているということである。
  ここに登場する大宮は、夫・故左大臣ともども光源氏びいきである。もちろん息子の内大臣が可愛くないはずはない。この時も、内大臣が来ると言うので、
  『いと心ゆき、嬉しきものに思ひたり。御尼額ひきつくろひ、うるはしき小袿など、たてまつり添へて』
待っていたのである。ところが内大臣のあまりにも自分の苦労を無視した言い草に次第に感受的になってしまったのであろう。彼女の
  「そこに思し至らぬこと(あなたが思い至らぬようなことまで)」
とは厳しい。読者とすれば快哉を叫びたくなる。やはり、彼女は、雲居雁を放り出して弘徽殿女御一筋でいた内大臣のことを日ごろから快く思っていなかったのだ。だからこそ、あのように熾烈な言いあいになってしまったのだろう。肉親と言うものは、温かい愛情に結ばれる反面、いったん崩れると、恨みも憎しみも倍加し、他人との関係よりも難しくなるものだ。
  ここで、一つ補足しておかなければならないことがある。内大臣の怒りはすべて源氏に向けられているのである。中宮争いでは、娘・弘徽殿女御が負け、またまたここでも夕霧に雲居雁を取られてしまった。それが彼の憤りになって爆発したのであって、大宮が非難されるのは、実は敵は本能寺だったのである。大宮はいい迷惑を被ってしまった。

  最後に、親・子・孫三代四人による管弦の楽しみの後に、急転して親子の険悪な荒れ場を置く、これこそ紫式部得意の文章作法であることを付け加えておこう。


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