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源氏物語

源氏物語たより615

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     平安人と自然観照   源氏物語たより615

  野山を歩くのに絶好な季節が今年もやって来た。冬枯れの山野でも落ち葉を踏みしめながら歩くなどはいかにも自然の中にいるという感を味わえるが、それでもやはりこの季節は、さまざまな樹木が芽吹き始め、季節の移り変わりを肌で感じ取ることができて、いい。雑木林の中に、まず初めに芽吹くのがマユミである。その瑞々しい葉は枯れ木の中で顕著に映える。ウグイスカグラも芽吹きが早い。やがてこの木の葉腋には漏斗形をした淡紅色の花が下向きに垂れて咲き、初夏には真っ赤な実となる。

  私は、職を辞してから十年間、神奈川県の公園を歩き回った。その数は72か所に及ぶ。それぞれの公園を「規模」や「起伏」や「景色」や「自然度」など十項目にして評価してみた。ちなみにそのベストテンを上げておこう。
     ① 観音崎(横須賀) ② 真鶴半島(真鶴) ③ 高麗山(大磯、平塚) ④ 衣張山(鎌倉) ⑤ 弘法山(秦野)
     ⑥ 舞岡公園(横浜)   ⑦ 子供自然公園(同) ⑧ 城ケ島(三浦) ⑨ 泉の森(大和)   ⑩ 谷戸山公園(座間)
  観音崎や真鶴半島や城ケ島などは、元々、海あり山あり文化・歴史ありの風光明媚な観光地であるから上げるまでもないが、最近では、ごく身近にある自然豊かな公園に魅かれることが多い。舞岡公園などはあまり知られていないが、特にこの時季には季節の変化を鮮やかに見せてくれる。この公園に「中丸の丘」と言う高台がある。ここから眺めると、クヌギやコナラやミズキなどそれぞれ特色ある新葉が自己を主張し、見事なまでの自然劇を演出してくれる。

  源氏物語にも自然はしばしば描かれる。しかし、その自然は「たより125」などでも述べたように、いわば「心象風景」である。たとえば、宇治の川霧は、薫の晴れない心を映したものであったり、宇治川のあらましい川瀬の音は、浮舟を死へといざなう媒介として描かれたりしている。このように源氏物語では、自然をあるがままに映し観照するということはない。
  光源氏が、野宮に六条御息所を訪ねる時の
  『はるけき野辺を分け入り給ふより、いとものあはれなり。秋の花、みな衰へつつ、浅茅が原も枯れ枯れなる虫の音に、松風すごく吹きあはせて』
などは、いかにも自然を客観的に描いているようでいて、実は源氏と御息所との心の隔ての「秋 わびしさ」を象徴する自然に過ぎない。また名文として名高い須磨の
  『須磨にはいとど心づくしの秋風に、海は少し遠けれど、行平の中納言の「関吹き越ゆる」と言ひけむ浦波、夜々はげにいと近う聞こえて、またなくあはれなるものはかかる所の秋なりけり』
も源氏の絶望的な心を詠じたものである。
  これは源氏物語が「物語」である以上、当然のことで、自然そのものを客観的に写したり観照したりしても意味がないことである。ここに随筆や日記との違いが出て来る。『紫式部日記』では、その冒頭で、藤原道長の邸の様子を
  『秋のけはいひの立つままに、土御門殿のありさま、いはむかたなくをかし。池のわたりの梢ども、遣水のほとりの草むら、おのがじし色づきわたりつつ、おほかたの空も艶なるにもてはやされて、不断の御読経の声々、あはれまさりけり。やうやう涼しき風のけしきにも、例の絶えせぬ水の音なむ、夜もすがら聞きまがはさる』
と自然をそのまま客観的に描いている。純粋な嘱目の景である。

  源氏物語の登場人物は、みな自然に対して強い関心とこだわりを持っているが、ただ彼らの自然とのかかわりは、この道長と同じように、「自分の邸に自然を囲い込んで」それを楽しむという姿勢が強い。彼らには自然の中に出て純粋に楽しもうという態度はない。その典型が源氏の六条院であろう。広大は敷地を春、夏、秋、冬の四つの町に分け、それぞれの季節に合った花々や樹木を移し植えている。
  また、「雨夜の品定め」の翌日、源氏が方違え所として選んだ紀伊守の邸もそうだ。中河から水を堰き入れて遣水を涼しく造ったというので、源氏が喜んで行ってみると案の定
  『水の心ばへなど、さるかたにをかしくしなしたり。田舎家だつ柴垣して、前栽に心とめて(草木を)植ゑたり。風涼しくて、そこはかとなき虫の声々聞こえ、蛍、しげく飛びまがひて、をかしき程なり』
  蛍まで飛ばすという凝りようである。一介の受領レベルの邸でさえ、ここまで念入りに自然を再現しようとしているのだ。
  明石入道などは、出家の身であり、また明石と言う自然に満ちた地であるにもかかわらず、邸の庭に粋を凝らしている。
『造りなしたる心ばへ、木立・立石・前栽などの有様、えも言はぬ入江の水など、絵に書かば、心の至り少なからむ絵師は、え書き及ぶまじと見ゆ』
  少々技量の足りない絵師では、とても描き切れないほど見事な庭に造り上げてあるという。出家の身には無縁であろうと思う庭の造作に、この上もない瀟洒、風流を尽くすというのだから、いかに自然に対する強いこだわりを持っていたかを知る証左になる。
彼らは閉じられた「邸」という中に自然を再現してそれを楽しんだのだ。外出の容易でなかった姫君や女房たちにとっては、それが自然に触れる貴重な機会であったといえるだろう。

  でも、平安人(万葉人も)はそうした閉じられた空間を出て、野山に出ることをこの上ない楽しみにしていたことも確かである。古今集「春」の部でそのことを見てみよう。まず編者である紀貫之の歌
  『春の野に若菜つまむと来しものを 散りかふ花に道はまどひぬ』
  桜の花が激しく散り乱れるので道に迷ってしまいました、と言う。恐らく彼は道を誤りその夜は野辺に宿を取ったのであろう。もっともこれは万葉集の次の歌を借りているのだが。
  『春の野にすみれつみにと来し我ぞ 野をなつかしみ一夜寝にける』
  次に素性法師の歌
  『おもふどち春の山べにうちむれて そこともいはぬ旅寝してしが』
  「そこともいはぬ」とは、別にどこと決めないでという意味で、どこでもいい、睦まじい連中と群れて野宿できればというのだ。
  もう一つ、古今集の中の伊勢物語の歌から、
  『春日野は今日はな焼きそ 若草のつまも籠れり 我も籠れり』
  「な・・そ」は禁止の言葉で、妻も私も春日の野で遊んでいるのだから、今日だけは野焼きをしないでもらいたい、という意味である。
  古今集には、このように自然とともに、あるいは自然に没入するといった歌が溢れかえっている。
  『枕草子』の九十九段(大系本)なども、清少納言がホトトギスを聞きに何人かの女房とうち連れて、賀茂の奥に行く場面であるが、その時のはしゃいだ様は尋常ではない。外出の楽しさとともに自然を満喫できる期待に溢れている。また223段や232段などにも、自然にすっかり同化している作者の様子がよく描かれている。
  『五月ばかりなどに山里にありく、いとをかし。草葉も水もいとあをく見えわたるに上はつれなくて草生ひ茂りたるを、ながながとただざまに行けば、下はえならざりける水の、深くはあらねど、人などの歩むにはしりあがりたる、いとをかし』(223段)
  『月のいとあかきに、川を渡れば、牛の歩むままに、水晶などのわれたるやうに、水の散りたるこそをかしけれ』(232段)

  『蜻蛉日記』の作者・藤原道綱の母や『更級日記』の作者・菅原孝標の娘などが、長谷寺や石山寺などに何度も出かけているのは、宗教的な意味は勿論であるが、外出することで自然に触れられるということも大きな目的ではなかったのか。前者の初瀬に詣でた時の初瀬川の様子を描いた部分を上げて、まとめとしよう。平安人がいかに自然にあこがれ、それを楽しもうとしていたかが分かる。
  『それ(椿市)よりたちて、(長谷寺の方に)行きもて行けば、なでうことなき道も、山深き心地すれば、いとあはれに、水の声も例に過ぎ、霧はまして立ちわたり、木の葉はいろいろに見えたり。水は、石がちなる中より湧きかへりゆく。夕日の射したるさまなどを見るに、涙もとどまらず』
 


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