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源氏物語

源氏物語たより621

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     寝殿造の構造、使われ方  源氏物語たより621

  「源氏物語たより620」では、几帳の使われ方の不可解さについて触れた。これについてはいたるところで見ることができる。『空蝉』の巻を読んでいたら、あれこれ几帳に関する疑問が散見された。
  光源氏は、方違えの場所として紀伊守邸をと決め、そこに泊まることになった。その夜、たまたまやはり方違えのために紀伊守邸に来ていた伊予介(守の父親)の妻・空蝉と強引に契りを結んでしまう。源氏はその後も空蝉と逢うべく様々な方法を取るのだが、彼女は夫ある身として、それ以上源氏と関係することはしまいと頑なに源氏の誘いを拒否し続けていた。
  三度目の逢瀬(二度目は失敗)を謀った源氏は、彼女の部屋にこっそり忍びこむ。その時の様子がこう描かれている。
  『母屋の几帳の帷子を引き上げて、いとやをら入り給ふとすれど、みな静まれる夜の、(源氏の)御衣のけはひ、やはらかなるしも、いとしるかりけり』
  源氏は、几帳の帷子を引き上げて、こっそり女の所に入って行ったのだけれども、みな寝静まって静かなので、源氏の衣が品よく柔らかであるがために、かえって源氏であることが空蝉にははっきりして分かってしまう、というのであるが。
  ここで不可解なことは、源氏はなぜ「几帳の帷子を引き上げて」入って行かなければならなかったのか、ということである。前回も述べたように、几帳を避けるなり、どけるなりして空蝉に接近すれば、ことなく済んだはずなのに。1メートル少々の高さしかない几帳をもぐって入ろうとすれば、いくら源氏が絹の柔らかな衣を着ていたとしても、こそこそと品のある音がしてしまう。
  しかも彼は烏帽子を被っているのだ。烏帽子は彼らが常に着用していなければならない必需品であった。男子は成人すると、髪を束ねて髻(もとどり 丁髷のようなもの)を結った。この髻を他人に見せることは「露頂」と言って恥とされ、必ず冠(烏帽子など)を被ったのである(日本歴史大事典)。寝る時にも烏帽子を脱ぐことはなかった。
  柏木が重篤な状態に陥って臥しているところに、彼の友人・夕霧が訪ねていく。枕に頭を載せてだるそうに横たわっている柏木なのに、烏帽子はちゃんと着けている(国宝・源氏物語絵巻)。また、この源氏物語絵巻の『宿木』の巻では、六の君(夕霧の娘)と結婚した匂宮が、新婚三日目の朝、烏帽子を被って六の君を抱いているところが描かれている。彼は烏帽子を被ったまま六の君と夜を通して睦んでいたということである。
  源氏も当然烏帽子を被って空蝉の寝所に忍んで行ったのである。烏帽子は結構高さがある。この高さでは几帳の横木(手)にぶつかってしまって不都合極まりない。それなのになぜわざわざ「几帳の帷子を引き上げて」侵入していったのであろうか、さっぱり理解できない。

  ところで、源氏が最初に空蝉を犯した時の寝殿の構造やその使われ方、あるいは二人の位置関係もまた分からない。最初、源氏は寝殿の東廂に御座(寝床)を設えられる。なぜ最高貴人の光源氏が母屋に寝床を設えてもらえなかったのかも理解できないことなのだが(暑い時であったからより外に近い所ということであろうか)、とにかくこうある。
  『この北の障子のあなたに人のけはひするを』
  「障子」とは今の襖のことである。障子は、ふつう母屋の中を仕切るもので、その障子には、向こうとこちらにそれぞれ掛け金があって、隣の部屋から勝手に侵入できないように鍵がかけられるようになっている。
  さて、源氏のいる東廂から見て、北側の障子の向こうに女(空蝉)の気配がする、というのであるが、廂と母屋との間は、御簾か襖で仕切る。現代のように壁で仕切ることはしないので、この場合は襖で仕切られているのだろう。となると、「北の障子」とはどういうことになるのだろうか。位置関係が全く理解できない。
  とにかくどうもよく分からない状況の中で、源氏はもそもそと動き出す。
  『みな静まりたる気配なれば、掛け金を試みに開け給へれば、あなたよりは鎖さざりけり』
  源氏は東廂の寝床から起き上がって、母屋を仕切っている障子の掛け金を開けてみた。すると、なんということか鉤がかかっていない。もちろん源氏は喜び勇んで忍び込んでいったことは言うまでもないが、これも随分不思議なことだ。あの好色な源氏が同じ寝殿の廂にいることは分かっているのに、掛け金が掛かっていないとはどうにも納得がいかない。しかしこのことは今回の問題ではないので深入りはすまい。
  源氏は一人臥している空蝉を「好きがましきことなどはしない」と言いつつ、彼女を
  『かき抱きて障子のもと出で給ふ・・奥なる御座(おまし)に入り給ひぬ』
のである。空蝉を抱きかかえて自分の御座に連れて行って、心にもないことを並べたてては、ついに彼女を犯してしまう。
  さて、この「奥なる御座」がまた分からない。東廂は「奥」ではない。一番「外」に近い部屋である。ということは母屋の南側にも彼の御座が設けられていたということだろうか。そして、東廂に寝ていた源氏が、いつの間にかこの御座に移っていたということだろうか。もしそうだとすれば先ほどの「北の障子のあなた」の意味が納得できるのだが。

  それでは、三度目の逢瀬の場面にもう一度戻ることにしよう。ここにもう一つさっぱり分からない状況が出て来る。この逢瀬を計画したのは、空蝉の弟・小君で、彼は今は源氏と姉の間の使い走りとして奮闘している。源氏の「姉に会わせろ」というたっての願望を満たすべく、夕方、源氏を紀伊守の邸に引き入れ、まず源氏を東の妻戸(開き戸)に隠しておいて、自分は南側に回って、格子をどんどん叩いて、
  「この暑いのにどうして格子を下しておく!」
と騒いで、女房に格子を上げさせ、そこから部屋に入っている。格子は上・下二枚になっている(一枚の格子もある)から、女房はおそらく上の格子を上げたのであろう。夜でもあるので下の格子も外したとは考えにくい。とすれば、小君は下の格子をまたいで入っていったということになる。これはほかの場面にもよく出て来るのだが、そんなことが果たしてあるのだろうか。下の格子だけでも一メートルくらいの高さはある。まして夜でもあり、それをまたいで入るとは、一体どういう魂胆なのだろうか。わざわざそんな無理をしなくても、妻戸や遣戸があるのだから、そこから入れば簡単な話ではないか。平安人は不合理なことがお好きなようだ。

  これらの調度や家屋構造に関しては私が素人であるから、疑問ばかり出てきてしまうのかもしれないが、どの解説書を見ても、このことに関してはまことに曖昧な記述しかない。専門家でも分かっていないことが多いのではなかろうか。

  しかし、そんなことを知らなくても源氏物語の面白さは十分味わえることは確かである。三度目の逢瀬の時、空蝉に生絹(すずし)の単衣一枚を着て部屋から逃げ出されてしまう失敗や、それでもただでは起きない源氏の好色に対する執念は、「光源氏」ならではで滑稽である。
  実は空蝉の部屋に、この夜、軒端荻(伊予介の娘)がたまたま一緒に寝ていたのである。それを知らずに忍び込んだ源氏は、空蝉に逃げられた憤懣の代わりに
  『かのをかしかりつる火影ならば、いかがはせむ』
と思ってこの女と契ったのである。というのは、先ほど妻戸に待たされている間に、軒端荻と空蝉が碁を打っているところを、完膚なきまでに垣間見ていた彼の目に、軒端荻のふくよかな官能的な肢体は、舌舐めずりするほど魅力的に映っていたからで、
  「あの火影に見た女だったら、人違いしてもそれはそれで結構」
ということになってしまったのである。何とも呆れた果てた不徳の極みである。いずれにしても好色の天才・源氏の失敗と転んでもただでは起きない彼の執念のアンバランスが可笑しい。
 
  調度の使われ方や家屋の構造などが分からなくても、源氏物語はかくの通り面白く楽しむことはできるのだが、それでも、これらのことが理解できていたら、もっともっと生々しく臨場感を持ってその面白さや可笑しさあるいあはペーソスなどが理解できるのではなかろうかと思うと、当時の風俗に無知であることをいささか残念に思う。


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