源氏物語

源氏物語たより622

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     光源氏の「御心ならひ」とは  源氏物語たより622

  源氏の子・夕霧は、雲居雁との恋を、彼女の父・内大臣によって割かれ、悲嘆の底に落ちこんでしまう。食欲もなくなってしまうし、まして文など読む意欲もない。ひねもすもの思いに耽っては二条東院の自室に籠ってふさぎ込んでいる。
  たまたま新嘗祭ということで、源氏方からも五節(舞姫)を出すことになり、その予行演習が二条院の西の対で行われるという。五節は、惟光の娘で、源氏がこれを後見するという立場だったのである。
  夕霧は、五節でも見れば心も慰められるのではないかと、ふらふら二条院に赴く。常はこの西の対に入ることなどできないのだが。というのは、源氏が、夕霧がここに入ることを厳しく戒めていたからである。
  『上の御方(西の対に住む紫上)には、御簾の前にだに、もの近うももてなし給はず』
というほどのものであった。どうして彼はそれほど厳格に夕霧がここに入ることを規制したのであろうか。実は
  『我が御心ならひ』
の故だったのである。
 
  さて、この「我が御心ならひ」とは何のことであろうか。「ならひ」とは、自分の経験から割り出した習慣・習性ということであろう。源氏には優れた女性には目がないという色好みの本性がもともと備わっていた。
  そのために、源氏は過去に信じ難い過ちを犯している。それは義母である藤壺宮と密通するという件である。藤壺宮は、単に彼の義母というだけではなかった。父・桐壷帝がこの上なく愛していた寵姫なのである。その女性と密通し、子供まで設けてしまったのだ。これは尋常一様なことではない。地獄に堕ちてもさらに許さるべくもない超悪行と言ってもいいだろう。
  そればかりではない。兄・朱雀帝の寵姫である朧月夜とも長年にわたって密通を繰り返してきたのだ。とにかく美しい女性、優れた女性と言えば、即、手を出す、それが彼の本性で、男というものはみなそうだという思いが、彼の信念のようになっているのだ。それが彼の「心ならひ」となったのだ。
  その「ならひ」性が、「まめ人間」の夕霧をさえ紫上に近づけさせないという厳格さを生んだのである。夕霧は「まめ人間(まじめ人間)」としての世評がとみに高い。だから彼が自分の義母に恋心を持ちそれを犯すなどということはちょっと考えられないことなのだが、源氏からすれば安易には構えていられなかったのだ。
  「男とはみなそういうもの」と言うのが、彼の経験から生み出された確信となって、「まめ人間」の夕霧をまで疑心暗鬼するようになっていたのだから。

  このようなわけで、夕霧は、自分の義母であるにもかかわらず、生涯においてたった二度しか紫上の姿を見たことがない。それも一度目はほんの偶然なことからである。『野分』の巻で、激しい嵐(野分)を案じたまじめ人間の夕霧は、二条院に見舞いに行く。すると、屏風も風のために押し畳まれていて、見通しもあらわになっていた。その廂の間に
  『気高く清らに、さと匂ふ心地』
がするばかりの、それはそれは美しい女性がいた。紛れるはずもない、紫上であった。二度目は、彼女の死に顔である。彼女が亡くなった翌朝、源氏が茫然自失している隙に、彼女が横たわっている部屋に入り込んだ夕霧は、その死に顔をこう見ている。
  『ほのぼのと明け行く光もおぼつかなければ、大殿油を近く掲げて、見たてまつり給ふに、あかず美しげに、めでたう清らに見ゆる御顔』
  彼が紫上を見たのは、たったのこの二度だけなのである。一重に源氏の「心ならひ」のしからしむる結果である。

  そんな西の対に、五節のうちならし(予行)のためのごたごたに紛れて、彼はふらふらと入って行ってしまう。「まめ人間」にしてはずいぶん大胆な行為であるといわなければならない。
  そればかりではなかった。妻戸の間に屏風を立てて五節の仮の休みどころがしつらえられていて、そこに五節がもの憂そうにものに寄り臥していた。雲居雁と同年配で、その美しさはむしろこちらの方が勝っている。その姿を見た夕霧は、ただではいられない心境になり、
  『衣の裾を引きなら(す)』
と言う行動に出たのである。この「衣の裾」は誰の衣であるかは判然としないが、五節の衣と考えるのが妥当であろう。もしそうだとすれば、夕霧は、西の対の簀子あるいは廂の間にのこのこ上がっていったということで、これもまた随分不敵な行動と言わざるを得ない。
  さらに彼の行動は大胆になる。こんな歌を五節に詠み掛ける。
  『あめにます豊岡姫の宮人も 我が心ざす しめを忘るな  ・・瑞垣の』
  「あめにます豊岡姫」とは天照大神のことで、その大神に仕える宮人(五節)よ、あなたは私がずっと以前から心に懸けていた女性で、「私が既に注連縄を張って領有している身である」ということを忘れないでおくれ、という意味である。「瑞垣の」とは「久しい」に懸かる枕詞で、「ずっと以前から」と言う意である。
  初めて見た五節を、「私は、ずっと以前からお前を自分のものと決めていたのだから」と言うのだから驚くしかない。これにはさすがに草子地も
  『うちつけなりける』
と言って非難している。「うちつけ」には、「だしぬけだ、突然だ、軽率だ、露骨だ」などの意味があるが、どれもみな夕霧の行動に当てはまってしまう。「え!これがまめ人間?」と疑われても仕方がない行為である。彼はこの時、十二歳なのだから、現代ではとても考えられないことであるが、平安時代でもやはり「うちつけ」な行為と映ったのだろう(源氏が空蝉を犯す時にもこの手~瑞垣の~を使っている)。

  この後、夕霧は五節の弟と謀って、彼女に手紙を贈る。そのことが親(惟光)の知るところとなるのだが、親は「源氏さまの嫡男・夕霧さまなら」とかえってそれを喜び、無事結婚の運びとなる。そして大勢の子供を設ける。一方、雲居雁とは六年後、内大臣が折れて二人の結婚を許し、ここにもまた大勢の子供を設ける。そして、長年平穏な家庭生活を営むのだから、やはり「まめ人間」と言ってもよいのかもしれない。ただし、さらに後に、柏木の未亡人・落葉宮に激しい恋をし、家庭崩壊の危機を迎えるというような事件も起こす。
 
  人間と言うものは分からないもので、「まめ人間」でさえ突然狂うこともあるのだ。平穏なまま人生(家庭生活)を送ったなどという人は少ないのだろう。人生まさに不定で、概ね何らかの波風を立てながら生きるというのが人間の常と言えるようである。芸能人がしばしばスキャンダルを起こすのも、この真理からすれば無理からぬことである。
  菅官房長官が、前川なにがしが出会い系の店に出入りしていたことをあげつらって、いかにも「してやったり」という顔をしていたが、あれはまずい。別に出会い系の店に出入りしてもいいではないか、人間なのだから。むしろ、あの官房長官こそ問題である。いつも表情の乏しい顔をして、総理の言うなりを伝えるだけの「奴」に終始していて面白味がない。彼も出会い系の店に出入りし、笑顔やジョークや余裕と言うものを学んでほしいものだ。
  ただ、極端な好色行為は慎んだ方が無難であることは言うまでもない。藤壺宮との密通は、生涯恐ろしい悪行として源氏を悩ませ続けることになる。


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