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源氏物語

源氏物語たより625

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       首尾一貫した『夕顔』の巻   源氏物語たより625

  『夕顔』の巻は、玉上琢弥が『源氏物語評釈』(角川書店)で言うような「無理・無策」な作品でもないし、「不十分」な出来でもない。まして「昔物語に馴れてしまっている紫式部が、女・子供の慰めに作った反省の足りない物語」などでは決してない。それどころか、終始首尾一貫した完成度の高い佳作である。私は源氏物語の中でも指折りの優れた一編であると高く評価している。
  それではどうして玉上琢弥のような誤った評価が出ていてしまったのだろうか。しかもこの評価・解釈は、過去の源氏物語研究者のすべてがはまってしまった陥穽でもあるのだ。

  どうしてこんな事態になってしまったのだろうか。それは、雑然とした五条の大路で、光源氏が、見入れの程もない屋敷の切り懸けに咲いている白い花に興味を示し
  『「をちかた人にもの申す」とひとりごち給ふ』
た情況を誤って取ってしまったからである。
  そう取ってしまった要因に、次の二つがあると私は思っている。
  一つは、源氏の「独り言(ひとりごつ)」を聞きつけた随身が、即座に
  『あの白く咲けるをなん、「夕顔」と申し侍る』
と答えてしまったことである。何かの本に
 「この随身は、随分不粋なことをしてしまったものである」
とあったことを覚えている。ただしこの作者がどういう意味で「不粋」と言ったのかについは定かな記憶はないが。確かに随身の行為は不粋である。いやそれどころか、随分罪作りなことをしてしまったものである。なぜなら、このことによって、後世の源氏物語研究者に誤りをきたしてしまったからである。
  源氏が「をちかた人にもの申すと一人ごち」たのは、随身に対してではないのである。屋敷の中でこちらを盛んに伺っている「をかしき額つき」の女房たちに聞かせたかったのである。それを不粋にも随身が答えてしまった。随身が答えてしまったから一件落着してしまって、後にこの宿の女主が
  『心あてにそれかとぞ見る 白露のひかり添へたる夕顔の花』
と、源氏に歌をよこすのだが、その歌と源氏の「独り言」を切り離して考えてしまったのである。彼らは、この女主は、女と言う立場を忘れて、さかしらだって源氏様に歌を詠みかかった、と捉えてしまったのだ。
 
  もう一つの要因は、源氏の「独り言」についての厳とした錯覚である。「独り言」である以上、小さな声でぼそぼそと言ったもの、とみな思い込んでしまっている。だから「源氏の声が屋敷の中まで聞えるはずはない」と言う固定観念を形成してしまったのだ。
しかし、そうではない根拠を紫式部は処々に散りばめている。まずこの屋敷は
  『見入れのほどなく、ものはかなき住まひ』
であると直前に断っていることが上げられる。とにかくこの屋敷は極めて手狭なので、外の音がよく聞こえてくる。
  しかも屋敷の中では、
  『をかしき額づきの透き影、あまた見えて覗』
いている。「覗いて」いたのは、勿論「五条の大路を女房たちが」である。後に分かることだが、彼女たちが大勢して大路を覗いていたのは、頭中将(元夕顔の愛人)の車が通るのを見張るためである。つまり彼女たちは、目を皿のようにし耳をウサギのようにして大路を伺っていたというわけである。だから源氏の声が聞こえないはずはないのだ。 
  しかも、源氏の声は『紅葉賀』の巻にあるように「迦陵頻伽」の声なのである。迦陵頻伽は「妙音鳥・好音鳥」とも言われ、美妙な声を持ち、その声はどこまでも響き渡って行く。そういう源氏の声が、見入れの程もないところで必死に耳を澄ましている女房たちの耳に届かないはずはないのである。証拠はまだある。
  八月十五日に夕顔の屋敷に泊まった源氏が、その翌朝、耳にしたのは、なんと大路で会話をしている庶民の声であった。また、御嶽精進をする年老いた人のぼそぼそと唱える経の声まで聞こえて来たのである。これでも源氏の声が聞こえないと言えるだろうか。 
  このように紫式部は執拗なほど神経質に情況設定をしている。彼女がせっかく丹念に情況を積み上げていることを、過去の源氏物語研究者たちはみな見落としてしまった。
  全ての解釈の誤りはこれらを根源にしている。

  過去の源氏物語研究者が、見落としてしまったさらに重大な問題がある。それは「をちかた人にもの申す」を軽くとってしまったということである。この歌には紫式部が渾身の工夫を凝らした創意があるというのに。
  源氏は、この古今集の旋頭歌の「をちかた人にもの申す」の部分だけを「一人ごちた」わけではない。
  『うち渡すをち方人にもの申す我 そのそこに白く咲けるは何の花ぞも」
全体を詠ったのである。「うち渡すをち方人」とは、「はるか彼方に見渡す遠くの方にいられるお方」で、この場合はこちらを覗いている女房を指す。にもかかわらず、この随身は「古今集のその旋頭歌なら私も知っている」とばかり小賢しく答えてしまった。やはり不粋の限りと言わざるを得ない。
  さらにこの旋頭歌には返しがあるのである。
  『春されば野辺にまづ咲く 見れど飽かぬ花 幣(まひ)なしにただ名告(なの)るべき花の名なれや』
である。私が不思議に思うのは、過去の研究者たちが、この返しの歌に全く関心を示さず、問題にもしていないということである。彼らは、紫式部の壮大な意図に全く気が付いていない。
  「春されば」は「春が来ると」という意味。「幣」は、「神や人にささげるお礼の品物」という意味。歌全体としては、
  「春が来るや真っ先に野辺に咲きだす、見ても見飽きない私の大事な花。それなのに何のお礼もくれもしないで、名を聞こうたって、教えるわけにはいきませんよ」
という意味である。のどかな微笑ましい歌である。恐らく美しい女性に求婚した男に対して、女の親が笑いながら相手をじらしながら返歌したものであろう。想像するに、この親は後に多くの「幣」を男からもらって、無事結婚させたであろう。

  実はこの二つの旋頭歌の応酬が『夕顔』の巻全体を流れる主旋律になっているのである。
  源氏は自分の顔を隠したまま夕顔の屋敷に通い続けていた。そして溢れんばかりの愛の言葉を囁いては夕顔を求めた。夕顔も源氏の愛を受け入れてはいるものの、何か不安でたまらない。それは当然のことである。なぜなら源氏は、自分が誰とも名乗りもせずしかも顔すら隠して見せないのである。これでは女は「ものの変化めき」て感じてしまい、とても心底相手を信じることはできない。
  六条の廃院(なにがしの院)に連れ出されて、男と歌を詠み交わした時も、彼女は、こんな不安げなはかない歌を詠っている。
  『山の端(夕顔)の心も知らず行く月(源氏)は うはの空にて影や絶えなん』
  「源氏さまは、私の気持ちをよくご存じないままに、ある時ふっとどこかへ姿を消してしまわれるのではないでしょうか」
という意味である(多くの学者は、「山の端」を源氏、「月」を夕顔としているが、源氏を「山の端」にたとえるとは何とも失礼なことではないか)。
  この後、源氏は顔の覆いを取って氏名と身分を明かし、夕顔にも名を名乗るよう求める。しかし、彼女は
  『海士の子なれば』
と言って、頑なに名を名乗ろうとしない。

  ここまで説明してくれば、先の旋頭歌の返しの歌と源氏物語とのかかわりは明白である。夕顔は、まだ一抹の不安を払しょくできないでいた。源氏の真意を測りかね、源氏が真に「幣」を払ってくれるかどうか分からない疑心の真理状態にあったのだ。
  この晩、「ものおじを極端にする」夕顔は、不安におびえたまま寝たのであろう、悶死してしまう。源氏が最初から「幣」を払っていればこんな結末にならなかったのに。「顔を隠す」という行為が、悔やみきれないマイナスの「幣」になってしまった。

  源氏物語は、過去のさまざまな言い伝えや詩歌や物語、あるいは民俗歌謡などを下敷きにしている。
  『桐壷』の巻は、『長恨歌』を下敷きにしていることはとみに知られているところである。
   『空蝉』の巻は、伊勢の
 『空蝉の羽に置く露の木がくれて しのびしのびに濡るる袖かな』
の歌を敷いている。「(結婚する前なら、源氏様の求愛を受け入れて、たとえ時折のお出でであってもそれで満足だったのに。夫ある身ではいかんともし難いこと)今の私は、空蝉のように木陰に隠れて、源氏様を思いつつ人目を忍んで泣くしかない身」くらいの意味であろうか。まさに伊勢の歌そのもののような空蝉の生き方である。
   『若紫』の巻は、『伊勢物語』の第一段を下敷きにしていることもよく知られている。伊勢物語の主人公・業平(?)が、元服に際して奈良の春日野の領地に狩りに行く。そこで美しい女はらから(姉妹)を垣間見、恋に陥る。その時に贈った歌が
   『春日野の若紫のすり衣 しのぶの乱れ限り知られず』
で、これは『若紫』の巻の題にもなっているし、北山で紫上を垣間見ているところもそっくりである。また、衣の色の「紫」の原料は、紫草の根と言う。紫草は「ゆかり」という意味を持つ。紫上と藤壺宮は「姪」、「叔母」と言う強い血縁を持っている。『伊勢物語』との関連は濃厚と言わなければならない。
  紫式部は、『夕顔』の巻で、先の古今集の二つの旋頭歌を下敷きにし、壮大な物語を構成した。しかし、あまりに壮大過ぎて、後世の源氏物語研究者たちの目からはみ出してしまった。

 


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