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源氏物語

源氏物語あより629

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      神も仏も有らばこそ   源氏物語たより629

  言葉を尽くした求愛にも、頑なに、しかも手厳しく抗(あらが)い通す藤壺宮に、光源氏は面目まるつぶれであることと、さすがにいささかの腹立ちもあったのだろう、幼児が母親に拗(すね)るような誠に幼稚な考えを実行に移す。それは宮が源氏を
  『「いとほし」とおぼし知るばかり』
懲らしめてあげよう、というものであった。「いとほし」とは、「かわいそう、気の毒、不憫」という意味であるが、ここでは「愛おしい」という意味も含まれていよう。今まで自分ばかりが宮に対して一方的に愛を求め続けてきた。にもかかわらず、これほど手厳しくつれなく抗うというのであったら、今度は宮が私のことを「不憫!いとしい・・」と思うように仕向け、相手の方からこちらにすり寄ってくるようにという企みである。
  そして実行したのが、手紙を贈ることはもとより、宮中にも春宮の所にも一切参内せず、ひたすら自分の邸に籠りきってしまったのである。何しろ源氏は、宮と春宮にとっては唯一にして最大の後見人なのである。そんな源氏が、宮や春宮からそっぽを向いてしまうようなことになれば、それは宮にとって大変な打撃である。そうならないよう恐らく折れて出て来るだろう、という源氏の魂胆なのである。

  しかし、自邸に籠れば籠ったで、宮への愛おしさは勝るばかりであるし、また春宮に会いたい気持ちも抑えることができなくなる。結局、いかんともし難いつれづれと所在なさに、雲林院に参詣することになる。経文を読んだり勤行に励んだりして諸々の憂さや悩みを忘れようというのであろう。
  確かに参籠してみるとそれなりに心に沁みることが多い。才豊かな僧による法論などによって、この世のはかなさを悟ることができるし、朝方、法師たちが閼伽棚に花や水をたてまつる音などは、仏道に専修する尊さや後の世の安穏を教えてくれる。それらに
  『さも、味気なき身をもて悩むかな』
としみじみ後悔させられる。また律師が
  『念仏衆生 摂取不捨』
と尊く経を上げている声を聞くにつれ、仏道とはこんなに尊いことなのに自分はどうして出家できないのだ、という反省がしきりに湧いてくる。
 
  と、ここまでは誠に殊勝な心がけなのだが、次がいけない。
  「自分はどうして出家できないのか」と考えた途端に、それは紫上のためだ、という結論に至り、彼女の面影が浮かんできて我慢できなくなる。そこでさっそく手紙を送る。しかも「繁く」とあるから、一日に何回も送ったということなのであろう。先ほどの殊勝な心構えは何処に行ってしまったのだろう。紫上からの返事の素晴らしさに見とれ
  『うつくしとほほ笑み給ふ』
のだから困った男である「うつくし」は「可愛い」。

  そればかりではない。
  『吹きかふ風も近き程にて、斎院にも聞こえ給ひけり』
というのだから、もう救いようがない。この斎院(賀茂神社に奉仕する未婚の皇女、王女のことで、彼女らの居所をも言う)とは、源氏が長年にわたって恋い慕い続けてきた「朝顔」のことである。その斎院が雲林院からほど近い所にあるから手紙をしたためたと言う。確かに斎院も雲林院も京都の北・紫野にある。
  それは良いのだが、斎院とは一体なんであろうか。伊勢の斎宮と同じように、ひたすら精進・潔斎し、神に仕える崇高な身である。つまり「恋」などは絶対のご法度の立場にある(もっとも伊勢斎宮が恋をする話が『伊勢物語』にあるが)。にもかかわらず「近いから」と言う理由だけで、
  『唐の浅緑の紙に、榊に木綿つけなど、神々しくしなして』
恋文を贈るのだから、恐ろしい男である。「唐の浅緑の紙」と言えば、支那から渡来の最高級の紙である。しかも神社にこと付けて、榊に木綿を付けるというのだから念の入ったことで、神をも畏れぬ所業と言わざるを得ない。朝顔からは、素っ気ない内容ではあったが、それでも返事が来た。彼女の筆跡が優美であるのを見ては
  『朝顔もねびまさり給へらんかし』
と想像を逞しくする。「ねびまさる」とは、「年齢よりは大人びて見える」という意味であるが、彼女が女盛りを迎えいっそう美しく成熟したことであろうと、ニタリとしているのである。もちろん僧坊の一室での妄想である。

  雲林院を去るに当たって、美しい紅葉の枝をつと(土産)にする。
  『おぼつかなさも、人悪きまでおぼえ給へば』
だからである。「おぼつかなく」思ったのは、紫上のことではない。藤壺宮のことで、参詣中みっともないほどに、彼女のことがずっと頭から離れなかったのだ。宮への「意趣返し」も全く効果がなかったということである。もちろん紅葉は宮に贈られた。あまりに美しい紅葉であったので、彼女の目は留まったが、なんとその枝には、それとなく(恋)文が結いつけられていた。
  源氏にあっては神も仏もない。恋のためなら精進も罪科も、あの世もこの世もない、自由奔放にして、思いのままに行動するばかりである。

  雲林院(うりんいん)は、今でも京都市北区の紫野にある。大通りを挟んだ向かいに広大な敷地を持つ大徳寺がある。当時、この雲林院は、壮大な寺領を有する天台宗の寺であった。恐らく今の大徳寺も雲林院の寺領の中に含まれていたのだろう。紅葉の名所であったと言う。ところが今ではすっかりさびれてしまって、境内にはささやかな草木が植えられているばかりで、二三分もすれば一周出来てしまうほど狭小である。参詣する人の影もまばらで、とても源氏物語の世界を偲ぶことはできない。
  百人一首「天つ風 雲の通ひ路吹き閉ぢよ・・」で知られる僧正遍照ゆかりの寺でもある。この遍照もおかしな人で、僧であるというのに「女郎花」に盛んに興味を示している。この植物に「女(をみな)」という文字が付くからである。
  『秋の野になまめき立てる女郎花 あなかしがまし花もひと時』
  『名に愛でて折れるばかりぞ 女郎花 我落ちにきと人に語るな』
  最初の歌は、雲林院の境内に女郎花がいっぱい咲いていたのだろう。いかにも若々しく艶めかしく咲いていて、それぞれが自分を誇っているように見える。でも遍照には、いかに誇らしげになまめき騒いだとて、若さなどというものはほんのひと時に過ぎないよ、と言っているのだ。あるいは、若い御婦人方が、女郎花を愛でに雲林院に参詣に来ていたのかもしれない。お節介なことだ。
  二首目は、「わたしゃ、その名を愛でて一枝折っただけじゃわ。わしが女性に近づいて堕落したなどと、人に話してはならんぞよ」という意味である。
  二首ともどうも怪しい歌である。「僧正」とは僧官の最上位の位であるというのに、「をみな 若い娘」に拘るとは。
  光源氏には、この僧正遍照の霊が乗り移っているような気がしてならない。


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