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源氏物語

源氏物語たより631

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      ものの初め   源氏物語たより631

  「ものの初め」とは、もちろん「もの・ことの最初」という意味であるが、古典では「特に縁組みの初め(角川 古語辞典)」という意味で使われることが多い。源氏物語にも何回か出て来る言葉だが、いずれもみな後者の意味で使われている。
  例えば、『須磨』の巻では、光源氏が須磨に流謫の身にあるということを知った明石入道が、自分の娘をぜひとも源氏に縁付けたいと決意し、その旨を妻に語った時に出て来る。夫の話を聞いた入道の妻はこう反論する。  
  『などか、(源氏様は)めでたくとも、ものの初めに、罪に当たりて流されおはしたらむ人をしも、(婿などに)思ひかけむや』
  「娘の婿に、罪人など、考えられないことだ」と憤懣やるかたなく抗議しているのだ。

  『乙女』の巻には、源氏の嫡男・夕霧と内大臣の娘・雲居雁とが恋仲になっているのを知った内大臣が、二人の仲を裂くという話の時に出て来る。雲居雁の乳母も、夕霧がまだ位も低く(六位)若すぎる(十二歳)ことを理由に、内大臣の処置を当然のこととして、こううそぶく。
  『(夕霧さまがいくら)めでたくとも、ものの初めの六位宿世よ』
  「雲居雁さまの結婚に当たって、六位くらいの男が婿と言うのではでは・・」という不満を「六位宿世」と辛辣に表現している。
  この二つの例はいずれも「結婚」という意味で使われている。結婚こそまさに「ものの初め」に違いはない。だから、互いに不満がないような形で進めなければならないのだ。にもかかわらず、流罪の身の男を婿にしたり、十二歳に過ぎないひよこで、六位風情を婿にしたりと言うのでは、母親や乳母にとっては何とも我慢がならないことで、不満をたらたらと垂らすことになるのだが、それもむべなるかなである。

  『若紫』の巻にもこの言葉が出て来る。
  紫上は、唯一の頼りであった祖母を亡くし、乳母の少納言たちと六条京極に寂しく過ごしていた。その話を聞いた源氏は、数日後、彼女を見舞う。紫上は相変わらず子供っぽく、源氏が
  「私の膝の上でおやすみなさい。さあ近くにおいで」
と誘うと何心もなく寄ってくる。源氏が、彼女の髪や衣をいじったり手を触ったりすると、さすがに、「さして親しくもない男なのに・・」という思いからであろう、恐ろしく感じて、
  「寝ようと思っているのに」
と乳母に言いながら、奥の部屋に引き込んでしまう。すると、なんとしたことか、源氏も一緒について行って、彼女の御帳(寝台)の中に滑り込んでしまったのである。さすがに乳母たちは驚き呆れるのだが、相手が源氏様ではいかんともし難い。
  そして霰の降りしきる一夜を同じ床で過ごしてしまう。
  源氏が、紫上の御帳に潜り込んだのは、もちろん戯れである。彼女を引き取って世話をしようと言う源氏の思いは強かったことは確かであるが、しかし、この段階では、紫上が頼りの祖母を亡くして、さぞかし寂しいだろう、それが可哀そうで、という程度のもので、いわば親代わりのような気持ちに過ぎなかったはずだ。何しろ紫上はまだ十歳なのである。もとより「女」とか「性」とかの意識があろうはずはもなく、いくら平安時代であるとはいっても結婚には程遠い行為である。
  ところが、乳母の立場からすれば、そうは考えられない。これをしも結婚の一つと決めつけるのである。彼女は、その翌日、源氏が通って来ず、ただ惟光を使いにして消息を送って来ただけだったのをひどく不満に思って、こうつぶやく。
  『あぢきなうもあるかな。たはぶれにても、ものの初めにこの御ことよ』
  「あぢきなし」とは「不快」という意味である。「たとえたわぶれにしたとしても、一夜共寝をしたのだから“ものの初め”に異ならないではないか。それなのに、翌日はもう来もしないとは」という不快感からのつぶやきである。

  どんな理由があるにせよ、結婚三日間は、男は女の所に通わなければならない、というのが当時の厳然たる掟であった。乳母は、源氏がそれを破ったと憤っているのである。
  この件については、『宇治十帖』にその典型的な例が出て来る。天皇の第三皇子であり、母・明石中宮から溺愛されている匂宮が、宇治の八の宮の娘・中君と契った。しかし、皇子たるもの、そう安々と三日間も宇治まで通うことなどできるものではない。ところが、彼は、母の忠告などを振り切って、それを忠実に実行したのである。特に三日目などは、風の激しく吹きすさぶ夜、小暗い木幡山を越えて、ついに宇治にまで通って行っている。
  ましてや、源氏は京の二条にいるのである。宇治に比べれば六条京極とは目と鼻の先ではないか。それなのに「天皇の召しがあったから・・」などと嘘かホントか分からないような弁解をしたためた消息だけを寄越した。その誠意のなさに義憤を禁じ得ないのも分からないではない。

  ただ現代の我々に理解できないのは、「たはぶれごと」のように全くねんねの女の子と床を共にしただけで、「ものの初め」になってしまうというのでは、男はうっかりできない。
  本来、結婚するに当たっては、本人の同意は勿論、両家の了承もあって初めて成立するのではなかろうか。三日間通うという行為は互いに承知しているから成り立つのであって、源氏の場合は、あまりにも突然であるし意表を突いた床入りである。とても結婚の体をなしていない。
  それでも結婚としか見ないのは、乳母という存在であるがゆえであろう。彼女たちにとっては、姫君は絶対なのである。その姫君に疵を付けたくないのだ。紫上の乳母の思いはやや突飛の感を免れないが、そう考えなければ理解できないことである。

  ところが、この乳母・少納言にとっては、さらに驚くべき事態で紫上の「ものの初め」が始まってしまう。紫上の父・兵部卿の宮が、娘を引き取ると言う話を聞いた源氏は、親の元に引き取られてはこと面倒と、その直前の夜、紫上を二条院に拉致してきてしまう。呆れた乳母は慌てふためき車に乗り二条院までついて来たが、ここで車を降りるべきか否かおろおろしていると、源氏はぴしゃりとこう言う。
  『(お前が六条京極に)帰りなむとあらば、送りせむかし』
  これでは、ここで降りるしかない。

  紫上の「ものの初め」はこうして始まった。ただ、源氏が、彼女と男・女の関係を持ったのはずっと後のことで、彼女が十四歳になった時である。つまり紫上にとっての本当の「ものの初め」は、この夜をもってと言える。契りを持ったその三日目の夜、源氏は、惟光に命じて「三日の夜の餅」を用意させる。結婚三日目の夜は、新郎・新婦に祝いの餅が供されるというしきたりがあった。これをもって源氏は紫上を正式な妻と認知したのである。
  しかし、いずれにしても源氏と紫上はルールにのっとった結婚はしていない。このことが、後年、紫上の不安材料となって彼女を悩ますことになるのである。やはり「ものの初め」はきちんとさせておかなければならないということであろう。


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