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源氏物語

源氏物語たより633

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     恋の諸相~隠す~    源氏物語たより633

  今井絵理子と神戸市議との不倫が、ニュースでとかく取り上げられて面白い。ラジオを聞いていたら、
  「新幹線の中で手を繋ぎながら寝ていたところをスクープされてしまったのだが、どうしてそんな浅はかなことをしてしまったのだろう」
という質問に対して、コメンテータの森本卓郎は、
  「あの神戸市議の年代の男にとっては、SPEEDはあこがれの的で、そのメンバーと恋仲であることをアピールしたかったのだろう」
と言っているのだが、そうだろうか、とても素直には受け取れないコメントである。公然とした晴れての恋仲ならとにかく、彼らの場合は純然たる「不倫」である。不倫は、通常許されない行為である。したがって、不倫をしている者にとっては、それを「いかに隠すか」が絶対条件になる。それにもかかわらず、新幹線というあからさまな場で手を握りながら居眠るとは信じられない行為である。
  今井絵理子の場合は参議院議員を辞めれば済むことかもしれないが、神戸市議の方はそうはいかない。妻子ある身であるし、歯科医という社会的な立場もある。それらを全て捨てるというリスクを負わなければならないのだ。
  それに何よりも、あの報道で、二人の仲は終わりを迎えてしまうはずである。「隠す」ことこそ、不倫を持続させる秘訣であるというのに。

  古歌や物語などにも、自分たちの恋をいかに隠すかがテーマとなっているものが多い。それは古来隠すことがいかに大事かということを証明するものであり、そうすることが、忍ぶ恋を長持ちさせることに繋がるからである。それではまず古歌から見てみよう。

  『あかねさす紫野行き標野行き 野守は見ずや 君が袖振る』
   (そんなに袖をお振りになって、私、困るわ・・みんなに見られてしまう    万葉集)
  『丘の崎 廻(た)みたる道を人な通ひそ ありつつも君が来まさむ避道(よきみち)にせん』
   (あの道、人は通らないでほしいものだわ。いつまでもあの人がここにおいでになるための人目を避ける道にしておきたいから          万葉集)
  『人はいさ 我はなき名の惜しければ 昔も今も知らずとを言はむ』
   (あなたはどう思われるか知らないけれども、私はあらぬ噂が立つのは嫌。だから、あなたとは今も昔も全く関係ないと言って    おきましょう    古今集)
  『名にしおはば逢坂山のさねかづら 人に知られで来るよしもがな』
   (人に知られないで逢う方法がないものかなあ    後撰集 百人一首にもある) 
  『もらすなよ 雲ゐる峰の初時雨 木の葉は下に色変はるとも』
   (人に言わないくださいね。たとえ私があなたに人知れずこっそり恋しているとしても    新古今集)

  「不倫」のみならず、恋というものは人に知られないで相逢うのが味があるのだ。「公にしたい」などというのは恋のうちに入らないと言っていいかもしれない。
  まして、光源氏の恋は隠さなければならないものばかりである。空蝉、朧月夜、そして何よりも藤壺宮との恋。みな夫ある女性ばかりなのだから。また夕顔などは、源氏とは全くの身分違いの女性である。臣下に降りたとはいえ天皇の子である源氏が、ごみごみとした五条の、ほどもない屋敷に夜な夜な通うなどは、信じられないことであるし、また許されないことなのだ。それでも通い続けた無理が彼女を不幸に陥れてしまった。
  朧月夜とはずいぶん大胆な恋をしたものだ。内裏の重要行事である五壇の修法が行われていて、帝(朱雀)が留守であるのを狙って、弘徽殿で逢引きするというのだから。また、彼女が「わらは病」を患って里下がりしている時に、こともあろうに右大臣の邸(朧月夜の里)で何日間にもわたって逢引きしている。案の定、その不義は右大臣の知るところとなり、須磨に流れて行かなければならない要因になってしまった。
  後年、朱雀帝が譲位するにあたって、朧月夜に対する恋心が、源氏に比べていかに真摯なものであり熱いものであったか」をしみしみじみと朧月夜に訴えた時に、彼女は深く源氏との過去を悔やむ。
  『などて、我が心の若くいわけなきに任せて、さる騒ぎをさへ引き出でゝ、我が名をばさらにも言はず、人(源氏)の御ためさえ(苦労を掛けてしまったことか)』
  「さる騒ぎ」とは、源氏が須磨・明石に流浪したことを指している。若気の至りで源氏様と恋愛沙汰を起こして、自分の評判が地に落ちてしまったことはとにかくとして、源氏様にも大変な苦労を掛けさせてしまった、という意味である。
  この二人の恋はいささか大胆にして危険すぎた。これは、冒頭の神戸市議と今井絵理子の恋のように、新幹線の中で手を繋いで居眠りしているようなものである。ここまで大胆に振る舞ったのは、何か源氏に意図するもの(たとえば政敵・右大臣の鼻を明かすなど)があったとしか考えられない。二人には「隠す」という配慮が欠けていた。もう少し慎重であったならば、彼女の後悔は生まれなかったであろう。

  それに比べて、藤壺宮との恋は、慎重に慎重を期すものであった。公になったら、まさに身の破滅になるからである。「我が名をばさらにも言はず」で、藤壺宮をさえ奈落に堕してしまう可能性がある。しかも、彼ら二人の愛しい子・冷泉の運命もただでは済まない。国会議員を辞めれば済む程度の問題ではない。
  二度目の逢瀬の時に、源氏は絶望的な歌を藤壺宮に詠みかける。「このように逢うことが二度とかなわないというのだったら、この夢のような逢瀬の歓喜の中に消えて行って(死んで)しまいたい」と。それに対して藤壺宮は
  『世語りに人や伝へん たぐひなく憂き身をさめぬ夢になしても』
と応える。
  「あなたが言われるように、たとえ永遠に冷めない夢の中に消えてしまったとしても、世間の噂は後世までずっと消えることはないでしょう。何とも辛いわが身でございます」
という意味である。彼ら二人にとっては「隠すこと」こそ、絶対的な条件であった。後年、藤壺宮が 
  「二人の恋が公にならなかったのは、源氏様の深い配慮によるもの」 
と感謝する場面があるが、肝心なところで、さすがに源氏は思慮深かった。

  恋にはいろいろある。中には世間に大ぴらに知ってもらいたい恋もあるかもしれないし、単にアバンチュールを楽しむ恋やかりそめの恋もあろう。しかし、まだきに公にしたくない恋やあるいは絶対人に知られたくない忍ぶ恋などもある。それこそドラマになるのであって、そのための必要にして最大の要件は「いかに隠す」かにある。隠しおおせず世間に出てしまった時には、恋(ドラマ)は終わってしまうか、身が破滅してしまうかである。


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