FC2ブログ

スポンサー広告

スポンサーサイト

 ←噂を気にする平安人源氏物語たより636 →切実さ・深刻さを内包する「さりとも」 源氏物語たより638
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 郷愁
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏物語
  • 【噂を気にする平安人源氏物語たより636】へ
  • 【切実さ・深刻さを内包する「さりとも」 源氏物語たより638】へ
  • TB(-)|
  • CO(-) 
  • Edit
 

源氏物語

理解できない光源氏の論理 源氏物語たより637

 ←噂を気にする平安人源氏物語たより636 →切実さ・深刻さを内包する「さりとも」 源氏物語たより638
     理解できない光源氏の論理   源氏物語たより637

  葵祭りの御禊の日に、光源氏は斎院の行列の供奉を仰せつかる。一条大路を颯爽と行く馬上の源氏の有様は
  『目もあやなる御さま、かたちの、いとどしう出でばえ(人中では一層栄える)』
で、叔父の桃園式部卿などの目には「ゆゆしきまで」美しく見えるのであった。恐らく当の本人も名誉な思いに浸り高揚した気持ちで馬上にあったことだろう。
 
  ところが、翌日不快な話が源氏の耳に入る。葵上と六条御息所とが、祭り見物のための場所取りに当たって、激しい争いをしたという。数に任せた葵上方が、御息所の榻(しじ 牛車の轅(ながえ)の軛(くびき)を支える台のこと)をぶち壊してしまったとも言う。源氏は、葵上の思いやりのない冷酷な人柄に不快の念を禁じ得ない。そしてこう思うのである。  
  『かかるなからひは、情けをかはすべきものともおぼいたらのぬ御おきてに従ひて・・』「かかるなからひ」とは、「源氏を夫としている女同士」ということで、つまりは葵上と六条御息所を指している。そういう間柄の者は互いに情けを掛けあうのが筋であるべきなのに、葵上はそんなことには全く頓着なく配慮の行き届かない人柄なので、そのためにお付の人々が勝手狼藉を働くのだ、と彼は言いたいのである。

  この源氏の考え方は、我々にはどうにも理解できないことである。もちろん現在のように一夫一婦制では、まったく問題にならない問題で、妻以外に女がいたりすれば、すぐに「不倫」の烙印を押されてしまい、まして「妻と愛人は互いに情を交わすべし」などと言えば、今度は「異常人間」の烙印まで押されてしまう。
  一夫多妻制の平安時代であるからこそ、このような理屈が若干は成り立つのだろうが、それにしても不可解な論理である。六条御息所が源氏の妻の一人であるのかどうかは問題があるが、一応ここでは「通ひ妻」としておこう。一方の葵上は、本妻であることに間違いはない。
  さて、いくら一夫多妻制の社会とはいえ、妻たる者にとって、夫に他の女がいること自体、快いものではないはずだ。事実そのために、本妻と通い妻との間、あるいは通い妻同士の間で醜い争いや嫉妬の焔(ほむら)が燃えるのである。
  『蜻蛉日記』の作者・道綱の母(藤原兼家の第二妻)の嫉妬心は、それはそれは執拗なほどのもので、読んでいてもこれでは男はたまらないと思ってしまうほどである。夫・兼家が数日でも通って来ないと、激しい怒りと嫉妬の焔を燃え立たせている。特に兼家が街中の通い女のところに行ったなどと知ると、精神に異常をきたしてしまったのではないかと思うほどに憎悪の鬼と化してしまう。
  道綱の母の場合は異常すぎる面がないではないが、それでも夫が愛人の所に通うのを快く送り出す妻などなかろう。物の道理の分かった温厚な(ような)紫上などでさえ、時に嫉妬の感情を表すことがあるのだ。特に女三宮が、源氏に降嫁した時には、彼女は心身衰弱の極に達している。源氏の女問題に平然としていられたのは、花散里くらいのものである。彼女は、源氏との恋愛感情を放棄していたからできたのである。

  ところが、源氏は「かかるなからひは、情けをかはすべし」と平然と言うのだから驚く。男の身勝手これに過ぎたるはなしである。確かに男にとっては、自分の女たちが親しく馴れ睦んでいてくれれば、これはもう天国、極楽である。でも感情を持った人間である以上、それは無理な注文と言うものであるし、不可能である。
  源氏は本心からそう思っているようで、別の所でも同じような感慨を漏らしている。御禊の日に葵上から暴行を受けた御息所が気の毒だということで、彼女の家に見舞いに行く。すると、彼女は、娘が斎宮になったために身を清める必要があるということを口実にして、源氏に会おうともしない。確かに潔斎の身にある娘のいる邸では、男は禁物なのかもしれない。だが、逢わないのは車争いを根に持っていることにあることに間違いはない。源氏は、ここで再びこう思うのである。
  『なぞや。かくかたみにそばそばしからでおはせかし』
  「(一体どうなっているのだ)どちらもこんなに自己を主張することなくて柔らかに心が持てないのであろうか」(与謝野晶子訳 角川文庫)という意味であるが、妻妾が角突き合わすのは世の常であって、それはどの時代、どのような階級であろうとも変わらない真理であろう。にもかかわらず、源氏の感覚は違う.「互いに柔らかであれ」と言うだから、そんな無理難題はない。

  源氏のこの独特な感覚を育てたものは、彼の生まれ育ちではなかろうか。皇子として生まれた源氏は、多くの女性から傅(かしず)かれて育ってきた。それらの女性たちは、内心では互いにいどみ心や妬み嫉み心を持っていたのかもしれないが、それを表面に出すこと、特に源氏を前にしてそういう感情を出すことはなかったと思われる。それは、現在の皇室などを見ても分かることである。みな静かに穏やかに微笑を浮かべながら交わっている。そのような中で育ってきた源氏には、穏やかに振る舞うのが当然のことであったのだ。源氏は育ちの良すぎるお坊ちゃまであった。後に、源氏が六条院という広大な邸を造るようになる目的も、彼のこの独特な発想からである。
  『静かなる御住まひを、同じくは広く見どころありて(造り)、ここかしこに(居る女たち)て、(たとえば)おぼつかなき山里人など(明石君など)をも、集へ住ません』
  その結果、四町(240メートル四方)にも及ぶ邸が完成し、多くの妻たちがここに集い住むことになる。それは源氏を中心とした極楽浄土である。したがって、ここでは女たちは、互いに柔らかく穏やかに過ごし、いたわり合う関係にあるから、互いに相争うなどと言う図式は決して描かれるはずはないのである。
  源氏の先の二度にわたる思いは、彼のたぐい稀な生まれ・育ちから形成された論理であって、我々には想像もつかない考え方なのだが、彼にとってはごく当たり前のことに過ぎなかのだ。
  ただ残念ながら、葵上も六条御息所も、いずれも大臣家の生まれで、源氏の育った世界の埒外にあった。それに二人とも性格が強すぎ角が張っていて、源氏の思いの中に入って来てくれる女性ではなかった。


もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 郷愁
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏物語
  • 【噂を気にする平安人源氏物語たより636】へ
  • 【切実さ・深刻さを内包する「さりとも」 源氏物語たより638】へ
 

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

~ Trackback ~

トラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【噂を気にする平安人源氏物語たより636】へ
  • 【切実さ・深刻さを内包する「さりとも」 源氏物語たより638】へ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。