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源氏物語

切実さ・深刻さを内包する「さりとも」 源氏物語たより638

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      切実さ・深刻さを内包する「さりとも」    源氏物語たより638

  光源氏は、葵上の正日(四十九日)が過ぎるまで、左大臣邸を一歩も出ないで喪に服していた。しかし、これ以上ここに止まるいわれもなく、彼は「父院も心配しているから」と左大臣と大宮(葵上の母)に別れの言葉を告げる。
  左大臣と涙ながらに尽きない別れの挨拶を交わしているうちに時は経っていく。と、左大臣は、別れの悲しみの未練を自ら断ち切るように、こう言って出立を促す。
   『さらば、時雨も隙なくはべるめるを、暮れぬ程に(御出立下さい)』
 
  源氏が周囲を見回してみると、女房たちが、そこここの物陰に身をひそめつつ、心細げにうちしおれて集っている。そんな女房たちの様子を見た左大臣はこう語りかける
 
  『思し捨つまじき人も、とまり給へれば、「さりとも、もののついでには立ち寄らせ給はじや」など、なぐさめ侍るを。
  ひとへに思ひやりなき女房などは、「今日をかぎりに思し捨てつるふるさと」と思ひ屈じて、長く別れぬる悲しびよりも、ただ時々馴れつかこうまつる年月の、名残なかるべきを嘆き侍るめるなん、ことわりなる。
  (源氏が葵上の所に)うちとけおはしますことは侍らざりつれど、「さりともつひには」とあいなだのみし侍りつるを。
  げにこそ心ぼそき夕べに侍れ』
 
  やや難しいところもある文章なので、注釈と訳を加えながら、特に「さりとも」に迫って見ることにする。
  まず「思し捨つまじき人・・なぐさめ侍るを」の部分について。
  この「人」は、源氏と葵上との間に生まれた夕霧を指している。ここで左大臣が言いたいのは、
  「あなたの大事な子・夕霧さまが、この邸には残っていらしゃいますので、(娘が亡くなってしまったとしても)何かのついでにはお立ち寄りくださることもあるでしょう、と私はそれを慰めとしてお待ちしておりますのに」
と言うことである。
  ついで彼は女房たちの思いに話しを移していく。
  「ところが、思慮の足りない女房たちは、あなたさまがこの邸を去ってしまえば、ここはもうあなたさまが思い捨ててまった故郷くらいに考えて、あなたさまはもう再びここには来られないだろうと思って、すっかりしょげかえっているのでございます。
  彼女たちにとっては、あるじ(娘・葵上)との永遠の別れを悲しむよりは、あなたさまが時折いらっしゃっては、彼女たちと馴れ睦んでこられたそのこと自体が、今後は跡形もなくなってしまうであろうことを最も悲しんでいるのでございます。それも当然のことではございますがね」
  そして最後にまた自分の気持ちに帰って行く。
  「あなたさまは、今までうち寛いて娘の所においでになるということはなったのですが、でもいつかは打ち解けておいでになることもあるだろうと、あいなだのみ(当てにならない頼み)をしておりました」

  さて、左大臣の話の中で気になるのは、わずか六、七行に過ぎない会話なのに、そこに「さりとも」という言葉が二度も使われているということである。この言葉は物語の中にも比較的によく使われはするが、この頻度で使われるのは珍しい。
  旺文社の『全訳古語辞典』は、この「さりとも」を、
  「前文の内容を受けて、そうした現状は認めながら、なお別の事態を望む気持ちを表す。たとえそうであっも。いくらそうだといっても。それにしても」
と説明している。例として源氏物語『桐壷』の巻の、桐壷更衣が死に直面している時の桐壷帝の言葉が挙げられている。それはこんな文章である。
  『限りあらん道にも遅れ先だたじと、契らせ給ひけるを、さりとも打ち捨ててはえ行きやらじ』
  「命と言うものは所詮限りがあるのだけれども、それでもどちらが先、あるいは後と言うことなく、一緒に旅立とうとあんなに固く契ったではないか。だから大変苦しそうな状況にあったとしても、私を打ち捨てて逝ってしまうようなことは、あなたにはできるはずはないでしょう」という意味である。
  この場合、「現状」に当たるものが「更衣が死に瀕していること」、また「別の事態」に当たるのが「あんなに誓ったのだから、あなたが私より先に逝ってしまうことなどできないはず(つまり、死なないでほしい)」と言うことになろう。したがってこの「さりとも」を含めて訳すと、 
  「あんなに固く契ったのだから、たとえ大変な状況にあっても、いくらなんでも私を打ち捨てて逝ってしまうなどということは、あなたにはおできにならないでしょう」
と言うことになる。
  もうひとつ例を挙げておこう。源氏が須磨に退去したという情報を得た伊勢にいる六条御息所は、慰めの手紙を送る。その中にこうある。
  『さりとも、年月は隔てじ』
  「今は須磨にわび住まいという不遇の状況にいられるとしても、いくらなんでも御帰京なさるまでにはそれほど長い年月はかかることはないでしょう」という内容である。
  私はいつも「さりとも」をこのように「いくらなんでも」と訳しているが、ほとんどの場合、この訳でしっくりと意味が通って行く。

  さて、左大臣の言葉に戻ろう。最初の
  『さりとももののついでには立ち寄らせ給はじや』
の「さりとも」の「現状」に当たるのは、文章上にはないが「葵上が亡くなってしまったこと」。したがって全体の意味は、「娘が亡くなってしまったとはいえ、あなたと娘との間の大事なお子(夕霧)さまが、ここに残っていられるのだから、いくらなんでも何かの都合の時にはお立ち寄りくださることでしょうよ」と言うことになる。
  次に使われている
  『さりともつひには』
の「さりとも」は比較的に明瞭である。「現状」に当たるものが、「今まであなたさまは寛いでここにおいでになるということはなかった」と言うことで、それに対して左大臣が「望んでいること」は、「いずれは打ち解けて通って来られるようになるだろう」と言うことである。でもそれを彼は「あいなだのみ」であるがと言っている。頼みにはならない頼みではあるけれども、しかし、いくらなんでもいずれはそうなるであろうと言う切実な気持ちの吐露が、この「さりとも」には込められているのだ。
  源氏は、今まで葵上としっくりしない夫婦関係を続けていた。左大臣は、そんな関係が改善されることをはかない思いではあるが願っていたのだ。ところが、ついに二人は打ち解けることがないままに、死別という事態になってしまった。まさに「あいなだのみ」に終わってしまったのだから、左大臣にすれば何とも無念であったろう。この「さりとも」にはそうした左大臣の複雑・深刻な思いが籠っているのである。
  短い話の中に二度も「さりとも」を使った左大臣の心を、読者は汲み取るべきである。
  少しくどい説明になってしまったが、この「さりとも」には、もともと切実な切迫した深刻なニュアンスが含まれているようである。 

  しかし、彼がここで二度も「さりとも」を使わなければならなかったのは、娘に関わることが主たる理由ではない。
  四十九日が過ぎれば、源氏が二条院に戻ってしまう。そのことを彼は心から悲しんでいるのだ。おそらく源氏は、女房たちが想像しているようにこの邸を「おぼし捨てつるふるさと」くらいにしか思わず、これからは来ることも稀になってしまうであろう。彼にとって、娘の死は悲しいことに違いはないが、しかしそれは宿命として諦めている。どうしても彼が自分の気持ちを収めかねるのは、源氏がこの邸を訪れなくなることである。
  思えば十二歳の源氏を娘の婿に迎え、以来、左大臣はわが子のように可愛がって世話してきた。帝の子だからではない。源氏自身が持つ様々な才能や美質に惚れ込んでいたからである。正月に源氏が参内するといえば、見事な石帯を持ってきて
  「ぜひこれを帯びて参内してください」
と惜しげもなく与えている。また、源氏が衣装をまとう時などは、後ろに回って衣のしわをのばしたりしている。源氏自身が
  『(左大臣が源氏を)もてかしづき聞こえ給へる御心ばへのあはれなるをぞ、さすがに心苦しくおぼしける』
と恐縮するほど源氏を「かしづいて」きたのである。とにかく可愛くてならないのだ。そんな愛しい源氏がこの邸に来ることが絶えてしまっては、左大臣としてはやりきれない。そんな切羽詰った感情を、「夕霧さまがいられるから」とか「女房たちもあなた様のおいでを心待ちしているから」とか、夕霧や女房たちをだしにして、切々と訴えたもので、その気持ちが二度にわたる「さりとも」になって現れたのだ。

  「さりとも」という言葉にはもともとドラマが内包されているのである。最後の「げにこそ心細き夕べに侍れ」が、読者の胸を突く。時雨降る夕べが寂しいのではない。


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