FC2ブログ

スポンサー広告

スポンサーサイト

 ←具注暦に翻弄される平安人  源氏物語たより641 →紫式部の筆の冴え 朱雀院行幸 源氏物語たより643
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 郷愁
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏物語
  • 【具注暦に翻弄される平安人  源氏物語たより641】へ
  • 【紫式部の筆の冴え 朱雀院行幸 源氏物語たより643】へ
  • TB(-)|
  • CO(-) 
  • Edit
 

源氏物語

六条御息所は愛人?通い妻? 源氏物語たより642

 ←具注暦に翻弄される平安人  源氏物語たより641 →紫式部の筆の冴え 朱雀院行幸 源氏物語たより643
     六条御息所は愛人?通い妻?  源氏物語たより642

  平安時代の婚姻制度が極めて曖昧なので、正妻なのか通い妻なのかあるいは愛人なのか、その差が明瞭でなく分からないことが多い。
  ただ葵上などは、光源氏の正妻であることに問題はない。桐壷帝立会いの下で光源氏の元服の式が行われたが、その席で、帝は、葵上の父・左大臣にこう言っている。
  「あなたは、源氏とあなたの娘(葵上)とが末永い夫婦関係を結ぶときちっと契りを交わしましたか」
  しかも、元服式の夜、源氏は、内裏から左大臣邸に直に退出して、葵上を添い臥しにしている。「添い臥し」とは、「春宮、皇子などの元服の夜、公卿などの娘が選ばれて添い寝すること 広辞苑」で、事実上の結婚を意味する。こうして、彼は左大臣邸に通うようになる。原文にはないが、三日間左大臣邸に通って、三日目には大々的な所顕し(ところあらわし 披露宴のこと)をしたはずである。
  これを通い婚と言い、当時はこれが通常の婚姻形態であった。源氏の妻妾の中で、これほど明白な結婚の形を取ったのは、この時とずっと後の女三宮の時だけである。
  他の末摘花や花散里あるいは明石君などは、正式な結婚の儀もなく、なし崩しのように夫婦関係に入っている(明石君は、親の明石入道の了解のもとであるから正式な結婚とは言えるが、源氏はこれを世間に秘している)。

  紫上などは、まだ十歳という時に、拉致同然に源氏によって二条院に連れて来られて、父親(兵部卿宮)がいるというのに、その父親には秘密のうちに夫婦のような夫婦でないような関係に入ってしまった。
  葵上が亡くなってからは、当然紫上が正妻になるのかと思っていると、どうもそんな扱いもされていない。実質的には紫上が二条院(あるいは六条院)の正妻格として活躍するのだが、その立場はうやむやで、そのままの形で『若菜上』の巻までなだれ込んで行ってしまう。
  そして、女三宮の降嫁によって、紫上が正妻でないことが強く印象付けられる。彼女は、正妻でないことの苦悩と悲哀をたっぷり味わわなければならないことになる。ひょっとすると、源氏には
  「いずれ自分には、自分に最も相応しい内親王の降嫁というような状況が生まれるかもしれない」
という思いがあって、正妻の座を開けておいたのかもしれない。天皇の子であるという矜持がそういう思いを醸成していたのだろう。
  逆に言えば、紫上は、源氏の正妻たるに相応しくないということである。これは紫上にとっては悲劇である。二十数年にわたって源氏の邸を切り盛りし、源氏の心の支えとなっていたのだ。しかも源氏は「おまえほど愛しい女性はいない」と常日頃言い続けていたのである。それが、ふいに無になってしまった。もし源氏がそういう思いを持ち続けていたのだとすれば、紫上への背信と非情、そしてその不遜さと偽りは非難されなければならない。
  紫上は、「愛情だけで結ばれている夫婦がいかにもろいものであるか」ということを痛切に感じさせられ、夫婦の関係は形ばかりのものでとっくに破綻していたことを悟らされ、愕然とし涙する。そこで
  「世の中(男女の間)というものはこの程度のもの、ということがよく分かりました。ついては出家させていただきたく存じます」
と絞り出すように源氏に訴える。
  当時は結婚の届け出も必要がなかったようだし、曖昧なままに夫婦関係が続けて行くことも多かったようである。たまたま紫上は二条院(あるいは六条院)に引き取られ、源氏と一緒に生活していたし、彼の(一方的な)愛情が支えになっていたから、三十余年の人生を送ることができただけである。
  もし通い妻の一人であったら、どうであろうか。三十余年夫婦関係が保たれたとは到底思えない。源氏は
  「いったん関係した女は捨てることがない」
という殊勝な考えを持っていると何度か語られているが、果たしてどうだろうか。女三宮が他の誰にも勝れた女性であったら、年老いた紫上などは忘れられ捨てられていたことだろう。まして末摘花などが通い妻の立場であった、即座に忘れられていたはずである。二条院に引き取られたのが末摘花にとっては幸いであった。
 
  ところで、分からないのが六条御息所である。彼女は妻妾の一人だったのだろうか。あるいは単なる愛人だったのだろうか。一般には「愛人」と位置付けられているのだが、どうもそうは思えないふしがある。
  御息所は春宮の妃であったが、春宮の死後は内裏を離れ、娘と共に六条の邸で風雅な生活を送っていた。ところが、源氏にその美貌と教養の深さとその優雅さを愛でられて、強引に口説き落とされ、ついに彼の「もの」になってしまう。
  源氏は、彼女がいざ自分の「もの」になってしまうと、愛情は次第に冷めていって、通いも極端に少なくなってしまう。しかし、二人の関係は
  『世の中の人も知らぬなくなりたるを』
とあるように有名であった。父帝でさえ、二人の仲は周知のことで、源氏が彼女を冷たく扱っていることを耳にし、お説教までしている。また、葵祭りの御禊の日に、葵上が御息所に乱暴を働いたことを知った源氏は、葵上の無情で配慮のない行動に
  『かかるなからひは、情けを交はすべきもの』
と心外に思っている。「かかるなからひ」とは、「同じ夫を持つ者同士」ということで、「そういう関係にある者は、互いに温かい情を交わしあうべきもの」と源氏は思っているということである。
  以上のような状況から判断すれば、二人は明らかに「夫婦」であって、単なる愛人ではない。そもそもこの御息所は『夕顔』の巻にもうそれとなく姿を見せているし、源氏はしばしば彼女の所に通っていることも物語に出て来るのだから、少なくとも「通い妻」の範疇には入れるべきではなかろうか。
 
  源氏の正妻・葵上が亡くなった時に、世間の人々はこう言って騒ぐ。
  『「さりとも」と世の人も聞こえあつかひ、宮の内にも心ときめきせしを』
  この「さりとも」は、「源氏と御息所の間には、とかくいろいろのことはあったが、いくらなんでも、これで彼女は源氏の正妻の座に収まることになるだろう」という意味である。また、御息所の邸の人々も「いよいよご主人様は、源氏さまの北の方になられるのだ!」と期待に胸を弾ませている。
  やはり彼女は単なる「愛人」ではなく、れっきとした「通い妻」の一人だったのである。

  ただ、「通い妻」の悲しいところは、男が通わなくなったら、もうその関係は解消され、離婚ということになることだ。実に頼りなくはかない形態である。男次第で捨てられてしまうのだから確かに女にとっては不利である。
  しかし、考えてみれば、男が飽きるということは、女の方もまた男にそれほど執着しなくなっているということで、互いの愛情が薄れている証拠とも言える。だから男が通って来なくなることは、互いに都合がいいということもあったのではなかろうか。
  同じ邸にいたのでは、いくら飽きたと言っても、こう簡単に別れるわけにはいかない。雲居雁の母親などは、内大臣(元の頭中将)が通わなくなったのであろう、さっさと見切りをつけて、別の男と再婚している。そして娘(雲居雁)を、元の夫(内大臣)の邸に残して行くのだから、気楽なものだ。
 
  源氏の通いが途絶えがちになった御息所は、娘と共に伊勢に下って行く。大臣の娘として生を受け、春宮の妃となった女性が都を離れるのは、どれほどの苦痛であり屈辱であるか。しかし、それは英断であったと言える。
  源氏は、精進のために野宮に籠っている御息所を嵯峨野に尋ねて行く。その本音は、愛情からではない。「自分が御息所から冷たい男と思われたままで終わってしまうのは、世間体も悪いし自分の気持ちとしてもしっくりしない」ということにあった。
源氏の優美な姿と彼の甘い慰留の言葉に、御息所は一瞬
  『心動きて、思し乱る』
のだが、いかんせん今さら思い返すわけにもいかず、暁の別れとなる。
  彼女が、源氏に魅かれて恋々として都に残っていれば、さらなる苦痛と屈辱を味わうようになったであろうことは必定である。同居でなかったことが、彼女の英断を決断させた要素と言えなくもない。
  紫上は、悲しいかな同居であった。男女の仲の空しさ頼りなさを肌身で感じ取り、出家(離婚ということ)を切望しても、許してもらえず、源氏に縛られながら生涯を送らなければならない身となったのだから。


もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 郷愁
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏物語
  • 【具注暦に翻弄される平安人  源氏物語たより641】へ
  • 【紫式部の筆の冴え 朱雀院行幸 源氏物語たより643】へ
 

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

~ Trackback ~

トラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【具注暦に翻弄される平安人  源氏物語たより641】へ
  • 【紫式部の筆の冴え 朱雀院行幸 源氏物語たより643】へ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。