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源氏物語

切ないしののめの別れ 源氏物語たより647

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     切ないしののめの別れ  源氏物語たより647

  光源氏と朧月夜は、五壇の修法の夜、弘徽殿の殿舎で忍び逢うという大胆不敵な行動を取り、官能の美酒に酔い痴れる。しかしいずれにしても別れの朝はやって来る。こんなにわりない機会をそうそう作り出せるものではない。逢う機会が容易に持てない二人にとって、別れほど辛いことはない。朧月夜は
  「自分が招いたこととはいえ、夜が『明ける』という声を聞くにつけても、袖が涙で濡れて仕方ありません」
と嘆く。それに対して源氏もこう応じる。
  「こんな嘆きを抱きながら、この世を過ごしていかなければならないのだろうか。私の胸は悲しみにふたがれて『明く(晴れる)』こととてありません」
  「後朝(きぬぎぬ)」の別れの典型である。

  「後朝」とは、
  「衣を重ねて共寝した男女が、翌朝、めいめいの着物を着て別れること (広辞苑)」である。したがって、一人寝は「きぬぎぬ」にはならない。「きぬ」である。百人一首の次の歌もそれを詠っている。
  『きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに 衣片敷き一人かも寝ん  藤原良経』
  「さむしろ」は、幅の狭い筵のこと。
  「霜が下りる寒い夜、寒々とした筵を敷いて、しかも自分の衣(ころも)一枚だけを掛けて寝なければならないとは。ああ、あの人との共寝だったらなあ・・」
という男の「片敷き」の侘しい心境を詠ったものである。これとよく似た「きぬぎぬ」を詠った歌をもう一つ上げておこう。
  『さ筵に衣片敷き今宵もや 我を待つらむ 宇治の橋姫』(古今集)
  (彼女はただ一人で、自分の着物を寒々とした敷物の上に敷き、今夜も私の訪れを寂しく待っているのだろう、宇治の橋姫は。 詠み人知らず 「日本古典文学全集(小学館)」参照
  愛するあの人は一人寒々として私を待っていることだろう、と男が想像している図であるが、当然男も一人寝ということになる。逢えない事情が何かは分からないが、とにかく一人寝ほど侘しいものはない。

  少々横道に逸れてしまったが、本論に入ろう。同じ古今集に
  『しののめのほがらほがらに明け行けば おのがきぬぎぬなるぞ悲しき』
という歌がある。これは私の好きな歌の一つで、最初の頃は、何かほんのりとした明るい雰囲気を醸していて、声に出して唄っても楽しい歌なので、後朝の悲しみを詠ったものとは思いもしなかった。恐らくそれは「ほがらほがら」という万葉調のおおらかでのびのびとした音調からきていたのだろう。
  ところが、「きぬぎぬ」の意味を正しく理解するようになってから、作者(詠み人知らずではあるが)に対して失礼をしていることに気が付いた。
  先の小学館の「日本古典文学全集」によれば、この歌が
  「男女が逢った翌朝を意味する『きぬぎぬ(後朝)』という言葉の語源(となった歌)」とある。それにしては明るい歌である。
  当時、共寝の時にはそれぞれの衣を相手に掛け合って寝るが、当然、朝になれば男は自分の衣を着て帰らなければならない。つまり「きぬぎぬ」は、朝の到来を示すものであり、別れの辛さ悲しさを象徴するものであった。

  ということは、愛する者たちにとっては「朝などは来なければよいのに」という感情にも繋がっていく。古今集にはこの「きぬぎぬ」の辛さを詠ったものが、634番から645番までなんと十一首もずらりと並んでいる。先の「しののめの」もその一つである。さらにその中の一つ「朝など来るな」を詠ったものを上げてみよう。
  『恋ひ恋ひて稀に今宵ぞ逢坂の木綿つけ鳥は鳴かずもあらなむ』
  「逢坂」は「逢う」の掛詞。「木綿つけ鳥」は鶏の別称。「なむ」は願望の助詞。
  「こんなに恋い慕っているのになかなか逢えなかったが、今宵やっと会えた。だから鶏よ、夜明けを急かすように鳴かないでおくれ」
という意味である。なぜかといえば「鶏が鳴くということは朝が来たということになるし、朝が来たということは別れなければならないことになる」からで、恋する者の心情を素直に表していて、なるほどと思わせる歌である。
  『和泉式部日記』には強烈な話が出て来る。彼女を深く愛した敦道親王から後朝の文が届く。そこにはこうあった。
  『「今朝は鳥の音におどろかされ(起こされ)て、にくければ殺しつ」とのたまわせて、鳥の羽に御文つけて
  「殺してもなほあかぬかな にはとりの折ふし知らぬ今朝の一声」』
  凄まじすぎて、恋の情趣も覚めてしまいそうな勢いだ。

  源氏が空蝉と別れる朝にも「鳥」が登場する。源氏は、空蝉と強引に契ってしまうのだが、空蝉の方は夫ある身として源氏に心許すわけにはいかず、終始頑なな姿勢を崩さないでいた。そのうち夜が明けてしまったので、源氏はこんな歌を詠む。
  『つれなきを恨みもはてぬしののめに とりあへぬまでおどろかすらん』
  ここにも掛詞が使われている。「とりあへぬ」が、「何もしないで慌ただしく」と「鳥」が掛けられているのだ。やや難解である。
  「あなたがあまりに冷たくするので、それを恨み切ることもできないうちに、夜が明けてしまった。鶏までが、慌ただしく私に起きなさいと言っているかのように鳴いているではないか」
という意味である。「怨み言」のみならず、まだまだいつまでもいつまでも空蝉と話し込んでいたいのだが、朝はつれない。

  この他にも源氏物語にはしののめの別れの辛さを語っている場面が多い。源氏と藤壺宮、柏木と女三宮など深刻なしののめである。前者を見てみよう。宮との夜も朝を迎えてしまった時の源氏の心境がこう書かれている。
  『何事をかは聞こえ尽くし給はん。くらぶの山に宿りも取らまほしげなれど、あやにくなる短夜にて、あさましうなかなかなり』
  最初の部分は空蝉との別れと同じ内容である。「くらぶの山」とは「暗部山」のことで、いつまでも夜が明けない山という。そういう山に宿りたい気持ちではあるが、あいにくの夏の短夜で、逢ったがためにかえって嘆きは一層深くなってしまった、という意味である。

  六条御息所との朝の別れもあるが、これは今までのニュアンスと一風変わっている。
  源氏は、故春宮の妃・六条御息所を強引に口説き落として、自分のものとしてしまったが、やがて夜離れ(よがれ)が多くなり、二人の間に隙間風が吹くようになる。
  それでも彼女の所に通って行ったある朝、女房に帰りをそそのかされて、源氏はしぶしぶ起きて帰途に就く。御息所は床から起きもせず、頭をもたげて戸外を見ている。源氏も、彼女にはもう関心がないのか、前栽の花々やそこにいる可愛い女童の姿に見とれている。そして送りに出てきた女房を簀子の隅に座らせて
  「このまま別れてしまうのも惜しい美しい姿だな」
などと戯れて、女房の手を握ったりする。
  古今集にこんな歌がある。
  『ながしとも思ひぞはてぬ 昔より逢ふ人からの秋の夜なれば  凡河内躬恒』
  「秋の夜は長いと一般には言われているけれど、必ずしもそうばかりは言いきれないものがある。昔から逢う人によって長くも短くも感じられるものと言われているから」
といういささか皮肉な歌である。しかし、真実でもある。あまり気に入らぬ人と義務的に共寝する夜はどんなに長く感じられることか。
  先の場面で、源氏は御息所との朝を
  『(女房にもうお起きにならないと)いたくそそのかされ給ひて、ねぶたげなる景色に、(別れを)うち嘆きつつ出で給ふを』
とはあるのだが、実際には飽きが来ているようで、後朝の別れの辛さは少しも感じられない。おそらく六条御息所も「あまり気に入らぬ人」の中に入りつつあったのかもしれない。

  同じしののめでも「逢う人から」で、思いはさまざまになる。
  (ちなみに凡河内躬恒は、私の一番好きな古今集の中の作家である)


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