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源氏物語

朧月夜の処遇  源氏物語たより654

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     朧月夜の処遇について  源氏物語たより654

  尚侍(ないしのかみ)は、内侍司の長官で二名が定員である。常に天皇に近侍し、奏請(天皇の裁可を請うこと)、伝宣(勅旨を伝えること)などを職掌とする極めて高い身分の女官である。紫式部の時代には、女御、更衣と同じ役を勤めるようになっていたようだが、それよりも七、八十年前の源氏物語の舞台になっている時代には、そのうちの一名はまだ当初の役割(事務官)も担っていたように思われる。後の玉鬘が、いわゆる事務官としての尚侍を勤めていたとおぼしい。
  ついでに、尚侍の下に位置するのが典侍(ないしのすけ)で、内侍司の次官に当たり定員は四人。実質的な事務はこの典侍がもっぱら行っていたようで、当時の女性の憧れ的官職であった。『枕草子』に、「上達部だったら左大将がいい」とか「公卿だったら頭中将がいい」とかいう段に続き
  『女は、典侍、掌侍(ないしのじょう 内侍司の三等官)』
という記述があるが、これも典侍が女の憧れの一つだった証左になる。『乙女』の巻にも、惟光が、五節に選ばれた自分の娘を、
   『「典侍、空きたるに」と申させたれば』
とある。「典侍の欠員があるところに、娘を任命していただきたいと、光源氏にお願い申した」という意味で、やはり惟光も、娘がどうせ宮仕えをするのなら、「典侍」がいいと思っていたのだ。
  『紅葉賀』の巻で、源氏と頭中将を相手に丁々発止する好色女・源典侍がこれに当たる。彼女は、年老いてはいるものの容貌も教養もセンスも良かったのだろう。

  さて、朧月夜は、尚侍(妃の一人)として、近々、朱雀帝に入内する予定であった。しかしひょんなことから源氏と恋仲になってしまったので話がこじれてしまう。なんと入内後も二人の恋は続いていて、大胆にも五壇の日に弘徽殿で忍び逢いをするという有様である。不埒千万な行為と言わざるを得ない。

  そして、あれは雷と雨の激しい晩であった。こともあろうに、彼女は、里下がりの時に、自邸(右大臣の邸)に源氏を誘い、逢瀬を持つという大胆な振る舞いに出る。雷雨の音で父・右大臣が自分の部屋にやって来るのにも気付かずにいたために、ことが発覚してしまう。
  事実を知ってしまった右大臣は娘の処遇について悩み、弘徽殿女御(朱雀帝の母、朧月夜の姉)には
  『しばしこのこともらし侍らじ。内裏(朱雀帝)にも奏せさせ給ふな』
と口封じさせる。
  ところが噂はいつか流れ出てしまって、世間のみならず帝も知るところとなった。誠にこと面倒な事態に遭遇した右大臣は、娘可愛さに必死にことを穏便におさめようと努める。「尚侍としてそのままいられるように」と弘徽殿女御に頼み込みもし、帝にも直接奏するまで動き回る。
  そんな熱意に負けたこともあろう、帝は
  「尚侍は、女御や更衣とは違って、単なる事務官としての宮仕えなので」
と言って許すことにした。しかし、これは詭弁である。事務官であることには違いはないが、朧月夜の場合は、歴とした「女御、更衣」待遇で入内したのである。それを帝が言われる「おおやけの勤め(帝の寵愛などとは無関係な事務官)」とはとても考えられないことである。
  妃の不倫ともなれば誠に重大な事件で、決して許されることではないのだが、上記のような詭弁を弄して、朱雀帝はそれを許してしまった。恐らく帝の気弱さと彼女への未練に負けてしまったのだろう。何しろ帝は、朧月夜に魂を奪われるほどに惚れ込んでいたのだから。
  結局、何か月かの参内禁止の後、
  『七月になりて(内裏に)参り給ふ』
という何とも軽微な処罰で済んでしまった。
  参内後の帝の寵愛は相変わらずで、
  「帝の近くにいつも侍らせては、愚痴を言いつつも、一方では情愛深く行く末を契ったりなさる」
のである。
  ところが、そういう帝の温情や愛情も、彼女の心を一向に動かすことはできなかった。
  『なほ、心に沁みにし方(源氏)のことのみぞ、あはれに思え給ひける』
のである。この場合の「あはれ」は「愛しい、恋しい」ということである。参内禁止数か月という軽い処罰も帝の温情も、彼女には何の影響を与えることはなかった。

  罪を一人で背負ってしまったのが、源氏である。妃との不倫が公になってしまっては、いかんともし難い。朧月夜がいかに彼を愛してくれても、それは何の力にもならない。とにかく今は右大臣の天下なのである。その逆鱗に触れ、官位は剥奪されてしまったのだ。次に彼を襲うであろう処罰は、もっと重い「配流」の措置であろう。さて彼はどうするのだろうか。

  右大臣としても苦しい立場にある。なぜなら自分の娘も重い罪を犯しているのだから。源氏だけに厳しい処罰を与え、娘は安泰というのでは、世間が承知しない。とにかく、源氏と娘の不倫については、右大臣があれほど固く弘徽殿女御にも口止めしたにもかかわらず、都のみならず国中知る事実となっていた。後に明石入道の妻が、源氏についてこう言っている。
  『京の人の語るを聞けば、やむごとなき(高貴な)御女ども、いと多く持ち給ひて、そのあまり、忍び忍びに御門(みかど)の御女をさへ過ち給ひて』
  このような情況にあるのでは、源氏だけを厳罰に処するわけにもいかない。右大臣に躊躇心が生まれるのは当然である。この躊躇心が、後に右大臣一家の首を締めることとなる。
  この段階で、娘の尚侍の地位を諦め、源氏を「配流」の措置にしておけば、後の源氏の復権はなかったはずだし、右大臣家の安泰が続いたことであろう。子を思う「心の闇」が彼を狂わせてしまった。
  それに対して、源氏の判断は賢明であった。彼は自ら愛する都を離れる覚悟をしたのである。もし右大臣が躊躇したように、彼も京に未練を持ってそのまま止まっていたら、やがては右大臣の厳しい処罰を受けるようになったであろうこと必定である。
右大臣の娘に対する甘い処遇と、源氏の自らへの厳しい処遇で、大きな差が出てしまった。


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